10 放課後の教室で
「昨日のお話、せっかくですけどお断りしようと思いますの」
放課後の教室。
残っているのはあたしと王子の二人だけ。正確には王子の従者が教室の入り口前に控えているので三人だけれど。
締め切った窓の外からは明るい声が微かに聞こえている。この学校で部活動にいそしむ生徒は少ないけれど、ゼロでもない。
「理由を聞いてもいいかな」
王子はやっぱり困ったような微笑を浮かべてあたしを見た。
すうとゆっくり息を吸ってから、一晩考えていた答えを紡ぐ。
「間違いなく良いお話だと思いますが、あのお話を受けるのは殿下の厚意に甘えすぎですし、何より殿下に対して不誠実すぎます」
「僕はそれでもいいと言っても?」
「はい。たとえ殿下がよくても、わたくしも、きっと周囲も納得できませんわ」
昨日の今日で断るのもどうかと思ったけれど、かといってずるずる引き延ばすのもよくない。
王子が自分で言っていたとおり、あたしが断っても王子は公爵家をないがしろにするようなことはしないだろう。ファンから天使の称号をもらうほどのいい人だ。
「代わりにどうするか、もう決めている?」
「いえ。まだ卒業まで時間もありますし、ゆっくり考えようかと」
「そう」
王子が視線を少し落としてから、またあたしを見てふわりと笑った。
「わかった。君たちにとって一番いい道が見つかるといいね」
それを聞いて、できるだけ態度に出さないように内心ほっと息をつく。王子ならそう言ってくれるとは思っていたけれど、実際に聞けると安心する。
「――と、格好つけられればいいのかもしれないけれど」
ん?
「僕、諦めは悪いんだよね」
……え?
「今の話を踏まえると、つまり君たちに〝三人で幸せになろう〟と思ってもらえればいいわけだ」
「わたくし、そんなこと言ってませんけど!?」
不誠実なことはできないとは言ったけど、その解釈おかしくない!?
口をぱくぱくさせたあたしの手を、王子が取る。ダンスのエスコートをする時みたいに。
「僕の正式な婚約者を決めるまで、まだ一年あるからね。僕ももう少し頑張らせてもらおうかな」
なんでだよっ!
失礼のないようにゆっくり手を引こうとしたら、教室の扉が大きな音を立てて開いた。
「ちょっと待ったあっ!!」
「あ、アルカ!? あなた今日は先に帰るって――」
「これまでほとんど関わってこなかったのに、急になんなんですか! シルヴィア様は渡しません!」
あたしと王子の話を聞いてたの!?
教室の入り口にいる従者に目を向けると、彼はさっきまでと姿勢を変えずに涼しい顔をしていた。あいつ絶対アルカの盗み聞きに気付いて黙認してたな!
「だって、このままだと君に持っていかれそうだったから。そんなわけで、アルカもよろしくね」
「嫌ですー! よろしくしませんー!!」
大股で駆け寄ってきたアルカがあたしの腕に絡みつく。
片手は王子にとられ、片手はアルカがくっついて動かせない。王子は笑顔を崩していないけれど、アルカと王子の間に火花が散っている気がする。
なんだこの状況。
おまえら乙女ゲームのヒロインと攻略対象だよな?
「まずはそうだね、親睦を深めるために三人でお茶でも飲もうか。準備させるよ」
「飲みませんってば。ねっシルヴィア様!」
「いやでも、殿下のお茶会のお誘いを断るわけには……」
「ええー!?」
「はい決まり。じゃあ行こうか」
「うー……」
あたしから手を離して歩き始めた王子の背を、アルカが不満げな顔で見つめている。
目の前の展開についていけず、あたしはただ目を瞬くのだった。
(終)
***
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