急募)バスの隣席を同僚に座らせない方法

優麗

急募)バスの隣席を同僚に座らせない方法

『憂鬱な1日』とは何時から始まるのだろうか?


 その問いに明確な解は無く、人によっては『起きた瞬間』であったり『仕事の開始時刻から』と答える人も居るだろう。でも、私にとっての憂鬱の始まりはそのどちらとも違う。


「美空ちゃんおはよう! 今日もお隣、失礼するねっ!」

「……どうぞ。」


 バス内で小声ながらに話しかけてきた同僚(異性)の言葉をただただ頷くしかない、このときから私の憂鬱な1日は始まるのだ。



******



 私が働く職場は良く言えば交通の便に長けていて……悪く言うならば、なんらかの交通手段を用いなければ通勤できない、工場地帯の只中にある。

 『どうしてそんな所で仕事をしているのか』や『どんな仕事をしているのか』と言った疑問はこの際、置いておくとしよう。このご時世、お仕事があるだけましだ。


 兎に角、その職場へ通勤するのに私は他の交通機関よりも多少割高にはなるものの高速道路を利用するため通勤時間が短く(それでも30分以上かかるけど)、かつ必ず座席に座れる高速バスを利用している。

 勿論、割高になる分の交通費は会社で負担してくれる……なんてことはない。自腹だ。それでも、満員電車の窮屈さを経験しないで済むなら安いものなのである。

 真夏の満員電車は地獄の釜で煮込まれているのと大して変わらない。我が身を煮込まれる事になるぐらいなら、私は潔く身を切る方を選ぶね。


 そう、交通機関にはなにも文句はない。文句があるとするならばそれは毎日隣席に座ろうとしてくる同僚がいることだけである。



 私が乗る高速バスは先頭の乗車口から入って中央に通路が伸び、そこから前方向きの席が通路を挟んで左右2席ずつで計49席になっているのだけれど(1番後ろの席だけ5席あるのだ)、私が乗る時間帯ではこのうちの窓側座席全てが人で埋まる。通路側の席は日によるけれど、凡そ半分ほどは埋まっているだろうか。


 私は一足早く乗車の列に並ぶため窓側の席に座ることができているが、並ぶのが遅い同僚は決まって通路側の席に座ることになる。

 そんな状況下でどうして同僚が私の隣席に座ろうとするのかと言うと、だいたい想像は付く。


 見知らぬ人の隣に座った場合、その人が先に降りるのであれば一度立ち上がって降りる場所を譲らないといけないのだけれど、それが手間なのだろう。私自身、同様の理由からなるべく窓側の席に座るようにしているので気持ちはよく分かる。

 その点、私の隣であれば私が降りる時に一緒に降りれば良いのだから手間が掛からなければ、なにより乗り過ごす心配もない。同僚にとってはさぞ都合が良い隣席なのでしょうね。



 それでも、だ。それでも仮に私が同僚の立場であったなら、私は同僚の隣席には座らない。

 誤解しないでほしいのだけれど、なにも同僚が嫌いでそう言っているのでは無い。単純に私が仕事とプライベートを分けていたいからである。同僚に限らず、会社で関わる人には隣に座って欲しくない。バス内ではまだプライベートな時間でいたいのだ。



 それならば、どうするか。果報は寝て待てと言うが、同僚がいるせいで寝れないのだから寝るより練るしかない。即ち、画策だ。

 つまり私の最近の悩みとは、『如何にすれば同僚が隣席に座らないようになるか』なのである。


 まず大前提として『隣席に座らないで』とストレートに伝えることはできない。

 そんなことを言った日には仕事に支障をきたすだけでなく、バスが満席で仕方なく隣席になってしまった際に非常に気まずい空気を味わうことになってしまうだろう。それは流石に私も本意ではない。


 また、バスの時間をズラすのもナンセンスだ。

 なぜ同僚の為に私が時間をズラさないといけないのか。その時点で私のプライベートは侵害されていると言っていいだろう。この時間のバスが私にとっても都合良いのだ。


 それなら私が通路側の席に座れば解決するんじゃないか……と思うかもしれないけれど、それは根本的な解決とは言えない。

 私だって窓側の席の人が立ち上がる度に場所を開けないといけないのは嫌だし、しかも私が通路側の席に座った時に限ってなぜか通路を挟んで向かい側の席に同僚が座っていたりするのだ。こうなるともう、良いところなんて何も無い。



 以上を踏まえて私がまず第一に実践してみたことは香水を男性ウケしないものに変えてみることだった。

 あまりキツすぎる香水だとその後の仕事に差し障りがあるので気持ち程度ではあるけれど、『香り』と言うものは案外馬鹿にできない。

 好みじゃない香りを隣で嗅がないといけない日々が続くとなれば、否が応でも私から足が離れていくだろう。

 そう、好みじゃない香りなら。


「あれっ、もしかして香水変えた? その香水……めっちゃ僕の好みなんだけどっ!! まさか、僕の為に!?」

「たまたまです。 明日からは元に戻します。」


 そんなわけあるか。そう言ってやりたかったが、よくよく考えてみると同僚を追い払うために変えたのだから同僚の為と言えば同僚の為ではある。なにより自分の為なのだけれど。

 関心がなかったがために同僚の趣味嗜好を知ろうとしなかったことが、今回の敗因と言えるだろう。



 だがしかし、一つ目の策が敗れただけで即時撤退する私ではない。なんと言っても、私には一撃必殺の第二案が控えているのだ。


 次の日、同僚が私の隣席へと近づいたタイミングで私は『コホッ、コホッ』と咳払いをしてみせた。すると、どうだろう。同僚は私の体調が優れないのかな?と思うだろう。

 巷ではコロナなる厄介なウィルスが流行っている。そんな状況で体調不良者の近くに座りたがる者は居ない。正に完璧な策である。



「美空ちゃん大丈夫? もしかして、風邪?」

「体調不良とかではないので、大丈夫です。」


 ところがどっこい、同僚は世話焼きタイプであったらしい。違う、そうじゃない。私がして欲しいのは心配ではなく放置なのだ!

 しかも、『大丈夫』と言ったにも関わらずその日一日中同僚は私の周りから張り付いて離れなかった。その場で第二案は永久封印することが決定した。



 こうなったらもう、起死回生の第三案に期待するしかない。


 私が乗る高速バスは高速道路を通る関係上、必ずシートベルトを閉めなくてはいけないのだけれど、伸ばすベルト部分は通路側の席と窓側の席の間に収納されており、それを席の反対側まで伸ばしてシートベルトにする。


 そこで、同僚が私の隣席に近づいたタイミングで大袈裟な動作をしながらモタモタとシートベルトを閉めようとすると、どうなるだろう。


 そう。私の動作が妨害になり、同僚が私の隣席に座れなくなるのだ!

 この策を思いついたときにはあまりの悪魔的発想に自身に恐怖を覚えたほどである。まさに起死回生の名に相応しい奇策と言えるだろう。



「美空ちゃんは不器用で可愛いなぁ。」

「ベルトが引っかかっただけです。」


 ただ、それも私の隣席前で仁王立ちになった同僚の姿を見た瞬間、恐怖の対象は私から同僚へと変わった訳だけれど。

 そこまでして私の隣が良いのか。なんなの?私の隣席好きすぎないか?


 モタモタとシートベルトを閉める私に同僚は「待つから急がなくていいよ。」と言ってくれたが、『いや、待つなよ』と内心でツッコミを入れた私は悪くない。



 ならばと方向性を変えて対抗してみたこともある。と言うのも、同僚は私の『顔』を見て隣席に座っているのだろうから、それならずっと俯いていれば私だと分からず他の席に座るのではないかと考えたのだ。

 女性の搭乗者は少ないけれど、可能性は十分にある。あると思っていた。

 結果は全敗。その注意力は仕事の際に活用してほしかった。


 こうなったらもう隣席に荷物を置いて座れないようにしてやろうと何度思っただろうか。しかし、そんなことができるだけのメンタルがあるなら、そもそもこんな苦労していない。



 百歩譲って、隣席に座られたとしても話しかけてこないなら、まだ我慢は出来た。


「いやぁ、それにしても今日は寒いね。 美空ちゃんは寒くない? 美空ちゃんオススメの防寒対策ってなにかある?」

「余計なお喋りをせずに体力を温存させる事ですかね。」

「なるほど、物静かな美空ちゃんらしい対策だね!」


 だと言うのに、同僚は席に腰掛けると必ず私に声を掛けてくるのだ。しかも内容がまるで無い世間話なのである。それ、今しなくちゃいけない話なの???

 と言うか、本当に寒いのだろうか?私の嫌味に一切動じていないのだから、面の皮だいぶ厚そうだけど。



 内容はともかくとして、話しかけてくるのは先輩である私を立てての行動だと思うのだけれど、完全に余計なお世話である。

 普段職場では一切立てようとしないのに、なんでこんな時にだけ私を持ち上げようとするのだろうか。席に座っているのに立たされているってなんかもう意味がわからない。


 気付かなかったことにして何度かスルーしたこともあったが……まさか私が返事をするまで話しかけ続けるとは思ってもいなかった。メンタル強すぎ。


 そもそも、この同僚が話しかけてくるのはなにもバス内に限った話ではない。と言うのも、仕事中でも何かに付けて話しかけてくるのだ。

 しかもその内容が「美空ちゃんの作る書類は本人に似て何時も綺麗だね~。」と言った感じで、実にどうでも良いことばかり。口ではなく手を動かした方がいいんじゃないかと何度思ったことだろう。


「これでも星野さんより数年長く、このお仕事してますからね。」と、暗に『私の方が先輩に当たるのに、下の名前にちゃん付けで呼ぶんですね』と言ってみたこともあるのだけれど、同僚は全く気にした素振りを見せなかった。

 なんなら同じように「僚くん」と呼んでみても喜ぶだけなのだ。なんなの?無敵なの?



******



「と言うわけなのだけれど、どうしたら良いと思う?」

「どうしたらって……。」


 ついに万策尽きた私は同僚との攻防を親友に相談してみることにした。

 これまでにも様々な内容で相談させて頂いており、その全てにおいて問題解決に貢献してきた親友の事だ。私には無い新たな視点で対抗策を練ってくれるに違いない。


「なんと言うか……同僚にご愁傷さまと言いたいわね。」


 そう思っていたのに、悩んだ末に彼女が出した結論がそれだったのである。

 待って欲しい、困っているのは同僚ではなく私の方なのだけれど。

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