最終章 『黒猫と「人」』 #26.
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師匠が僕を拾ってくれた日から今日でちょうど17年が経ったらしい。僕は17歳になった。この歳になっても僕は本当の自分の誕生日を知らない。だから師匠が公園で僕を拾ってくれた日を僕の誕生日という事を師匠が決めた。
暑かった季節が終わって、いつの間にか昼間でも凍えるような冷たい風が吹く冬を迎えた。それから師匠と優子、バーの女の子たち全員で初日の出を見に行き、新しい年になってから既に3週間ほどが経った。
「おめでとうニケ! 祝! 17歳!」
「おめでとー!」
「おめでとうございまぁーす!」
「おめでとう」
「おめっとーニケくん!」
「おめでとうございます」
いつものようにバーの営業が終わって片付けをしていたら、サプライズという事で今日は休みだった風花と真希、それに優子も駆けつけてくれた。つまりバーのメンバーが全員集合して僕の誕生日を祝ってくれている。未だかつてこんなにいっぱいのおめでとうを言われたことはない。間違いなく主役が一番焦っている。散弾銃が店内で撃ち込まれたかと錯覚するほどのクラッカーの乱発が僕の心臓をぐるぐると掻き乱した。女の子たちは満足そうな顔で口角を上げて僕に笑顔を向けている。
「ど、どうしたの? 今年の誕生日は」
僕がおろおろとしたまま師匠に尋ねると、師匠は胸を張って荒々しく鼻を鳴らした。
「無粋なやつだな! 今年のお前の誕生日は盛大に祝いたいってオレが言ったからみんなに集まってもらったんだよ」
明らかに声量を間違えている師匠の大きな声が店内に響き渡り、みんなのニヤニヤした視線が一斉に僕の方を向いた。
「そ、それはそれは。皆さん、どうもありがとうございます」
「ニケくん、カタいよ!」
「そうそう、もっと大人の余裕、見せて」
「まぁニケくんらしいっちゃ、らしいですー!」
いきなり本日の主役が茶化される始末。まぁいつも通りの流れということで、少し心の中が軽くなった気がした。ぐるぐるになっていた心臓も元の動き方に戻った。
「確かに。ニケさんらしいです」
「ま、まぁみんながこんなにしてくれるのは確かに嬉しいけど……。こういう時は、どう反応したらいいんだろ……」
僕と優子の距離は遠ざかってはいない。むしろ、この1年間で大分近づいたと思う。けれど、僕が物語を書き終えた事で優子との話題が減ってしまったり、奥手すぎる僕の性格が災いして今一歩決め手に欠けたりしているのも事実だ。敬語で話される回数も前ぐらいに戻ってきた気がして、そこに寂しさがあるのは否めない。
「さぁニケ! 17歳の抱負でも言ってもらおうかぁ!」
師匠がニヤニヤしながら僕にマイクを向けるように拳を握って僕の口元に近づけた。6人分の視線を感じながら僕は咄嗟に頭を回転させた。
「そ、そうだなぁ。周りの人を大切にする、とかかな?」
「カタイなぁ!」
師匠の一言で部屋中にみんなの笑い声が響いた。まぁみんなが楽しんでくれているならそれでいい。
「じゃあこれは細やかだけどオレやみんなの気持ちがつまったプレゼントだ!」
優子がキッチンの方からゆっくりとした足取りで大きな箱を持ってきて、それを僕の目の前に置いた。優子が中身を焦らすようにゆっくりと取り出す。そこから出てきたのは魚の形を型にした、車のタイヤぐらいの大きさがある巨大なケーキだった。あまりの大きさに僕は文字通り、息を呑んだ。
「どうだ? すごいだろ。みんなの気持ちの結晶。おい、ニケ。なに固まってんだよ! ビックリしすぎて言葉も出てこねえか!?」
僕は嬉しさよりも、驚きや疑問の割合が頭の中を多く占めた。
「どうして魚の形なの?」
第一声がそれではない気もするけれど、僕の質問に対して師匠はそれを受け止めるように腕を組みながら穏やかな声で笑った。
「んー、それはまぁお前が好きそうな食べ物の形がいいかなって話になってさ」
「好きな食べ物はシチューだよ」
「バーカ。んなの昔から知ってるよ。みんなにニケは何が好きそうか聞いたら、魚って意見が一番多かったからそうしたんだよ」
「さ、魚ってすごいザックリしてるね……」
すると、今度は京子が大きな鍋に入ったビーフシチューを慎重に運んできた。京子の隣に立って、一緒に持つよと言って手を差し伸べる師匠の顔を見た京子は、花が咲いたように顔が明るくなった。そして2人はその大きな鍋をゆっくりとテーブルの真ん中に置いた。
「京子、重いのにありがとう。ニケ! シチューももちろんあるに決まってるだろ! さ、ちょっと時間は遅いけど今日ぐらいは気にせず食べよう。我ながらビックリする程美味かったぞ」
師匠は笑いながらみんなの分を取り分け始めた。僕よりも先に皿を差し出す京子を見て、よっぽどお腹が空いてたんだろうなと思えて少し笑えた。それから師匠が全員分のシチューを取り分け、僕らはシチューと魚のケーキを囲むように席についた。
「じゃあ改めまして。ニケの17歳を祝して! そして! 全ての出会いに感謝して! いただきまーす!」
「どんな音頭だよ」
「いただきまーす!」
師匠のヘンテコな音頭をきっかけに、僕らのパーティが始まった。仕事疲れもあってか、確かにシチューはめちゃくちゃ美味しかった。普段師匠が作ってくれるシチューよりも今日の方が格段に美味しく感じるのはどうしてだろう。みんなが僕の誕生日を祝ってくれている嬉しさよりも、女の子たちが全員一緒の場にいて全員が笑い合っている空間を見る事が出来ている嬉しさの方が圧倒的に勝っていた。特に、みんなと笑い合う優子の自然な笑顔を見る事が出来て僕は一層嬉しくなった。
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