葉次との決着 あれから1年後――
「これは、契約。呪いの子どもは嘘をつかない。言い当てられたら死ぬ。創造主でも同じだよ」
呪いの子どもがカルトの所有するスマホから話す。容赦ない呪術だ。
「じゃあね」
ヨージは手を振り、笑いながら倒れた。
その途端、ヨージの心臓は止まった。そのまま眠るように死んでいくヨージ。駆け寄り、脈を測る。
死んでいる――。呪術を自分自身にかけてしまうなんて、なんて馬鹿なのだろう。そして、非常に感覚が狂っている。壮人の代わりになれなかったことで、生きる意味を見いだせなくなっていたのだろうか。1年間もの間、消息を絶ち、何を思いどうやって生きていたのだろうか。
まだ温かい体にはヨージの魂が生きているような気がして、何度も何度も揺さぶり名前を呼ぶ。しかし、カルトにはただ呼ぶことしかできない。どうすることもできなかった。恋人、友人だと思っていた大切な人を立て続けに亡くしたカルトは、ただ無力感しかなかった。
ヨージの死に顔は、とても美しい顔をしていた。
よく見ると、兄である真崎壮人ととてもよく似ていた。血は半分しかつながっていないが、実の兄弟だということを今更ながら実感する。
二人とも優秀で天才なのに歪んで闇に落ちていくところ、人を愛する方法がわからないところ。全てがそっくりだ。一見すべてを兼ね備えていそうなのに、本人たちは抱えきれない悩みがあった。結果的に悪へと衝動が動いて止められなくなってしまった。人は与えられた力をどう使うのか、それは本人の判断と生き方に委ねられる。他人が何かできることなんて微々たるものだ。
それでも考える。
どうやったらあの3人を救えたのだろう。もっと前に気づいてあげられていたら――。後悔は尽きない。
そして、ヨージの死亡により、呪いのアプリの存在もこの世から消えた。開発者が消えるとアプリの存在もなかったことになるらしい。世の中から呪いのアプリが消えた。人々は、呪いのアプリが消えたと騒ぎ出し、ネット上ではデマを含め色々な噂が飛び交った。録音した音声は捜査本部で確認された。彼の本当の目的や自白も取れたが、これ以上事を大きくしても、法律で裁けないし、世間を混乱させるだろうという判断が下った。呪いのアプリの開発者が幻人を名乗っていた秋沢葉次だということは世間に伏せたまま捜査本部は解散となった。
あれから――秋沢葉次がこの世を去ってから、1年ほど経つ。カルトは様々な事件を解決するべく仕事に打ち込む。
大切な人をたくさん失った。一層カルトは仕事人間となっていた。
ある意味、ヨージのようにカルトは悲しむ心を捨てた部分があった。
もしかしたら、最初から悲しむ心がカルトには欠けていたのかもしれない。
ネットのニュースで話題になり、警察に相談もある気になる話があった。
最近新たに洗脳アプリというのが出回っているらしい。
アプリをインストールすると洗脳女神に洗脳されてしまうという情報だが、その正体は一切不明だ。洗脳という名の犯罪行為が後を絶たない。女神のささやきは本人の思考を停止させ、悪事を働くらしい。警察の管轄内なので、捜査自体はやりやすい。しかし、うわさが本当ならば、誰かに操られているのなら、その根源を絶たないと洗脳犯罪は増加の一途をたどる。
すっかり秋の空になったと澄んだ青空を見上げる。あの頃を思い出す。ヨージと過ごした時間。最期の時――。あんなに人生を濃厚に辛辣に生きたのはある意味、秋沢葉次くらいかもしれない。道路に落ち葉が舞い散る。風が吹くと色づいたあざやかな色合いの落ち葉が踊りだす。ヨージが好きだと言っていた季節は秋だった。まるでヨージは秋の彩られた木々。中身は朽ち果てた落ち葉のような人間だった。少し寂しげだけれど、色づく木々と冬が来る前の澄んだ空が好きだと言っていた。
かつて、人の心とAIを組み合わせた呪いを作ってしまった秋沢葉次という男がいた。呪いの子どもはヨージの分身だったのかもしれない。彼は、特別な呪術力と優秀な頭脳を持っていたから可能だった。ヨージ以外にそんな人間はいないと思っていた。もう、そんな不可思議な出来事はできないと思っていた。しかし、それは思い込みだ。
この世界にどれくらい人間がいると思っている? 誰かが、何かのために人々を恐怖に落とし込む。またやりがいのある仕事ができそうだ。今日も事件が起きる。彼女も婚約者も当分作る時間は取れそうもない。もしかしたら、カルトにそんな相手は必要がないのかもしれない。
「さて、仕事に行くか」
今日も刑事、岡野カルトは捜査に走る。朝寝坊をしたいので、基本朝食は食べないことが多い。
「カルトさん、洗脳アプリの捜査協力しようか?」
いつもの通勤の路地に待ちわびたように芳賀瀬まりかが立っていた。
まりかは東王大に入り、今は大学生となった。将来はカルトのような捜査に関わる仕事をしたいと言っている。彼女は武道の経験があり、現在は目標ができたので、武道を再びはじめたとのことだ。
「俺たちは刑事だ。関係者以外の捜査協力は認められていない。それに、一般人が容易に近づくのは危険だ」
「実は、洗脳アプリを作っているんじゃないかっていう人がうちの大学にいるんだけどなぁー」
「マジか?」
「でも、一般人は捜査協力はお断りなんだよね。大学に行ってきまーす」
「それを早く言え」
「朝ごはんおごってくれたら協力しようかなー」
まりかは非常に神経が図太く頭の回転が速い。7歳も年下の学生に振り回されっぱなしだ。
「で、誰なんだ?」
カルトは核心に迫る。
にこりとしながら、まりかは朝食をねだる。いつも行く喫茶店を指さすまりか。
「あそこのモーニングがおいしいから、まずは食事しながらでしょ」
「あそこのトーストはお値段以上だよな。カリカリ感ともちもち感が半端ないんだ」
想像しただけで、よだれが出そうだ。食欲には勝てない。
朝食を抜いてきたカルトは腹が減っていることに気づく。
「あの喫茶店を見つけたのは私が最初なんだからね」
相変わらずの艶のある黒髪をなびかせるまりか。彼女とはあの事件以来、大学に入学してからも何かと接点があった。今は、カルトに対して敬語を使わないまりか。相変わらず手のひらで泳がされている感じがする。
結とは真逆の性格のまりかとは意外と気が合うことに気づく。トーストの食感とか焦げ具合がいいとか、そういう些細な点が合致する。今は、こういう時間が一番大事だ。壮人と結の墓参りもまりかと一緒に行ってきた。元婚約者が勝手に入籍していたという情けない事実だったが、壮人も結もカルトにとって二人は大事な人だ。まりかは一緒にただ祈ってくれた。
婚約者が略奪され、死亡した一番辛い時。傍で励ましてくれたのは芳賀瀬まりかだった。そして、兄の芳賀瀬志郎の存在も大きかった。高校時代を共に過ごした人物で唯一生きているのは芳賀瀬志郎だ。
トーストを頬張るまりかとコーヒーの香りに包まれる時間は最高のひとときだ。
――そして新たなアプリの脅威が忍び寄る。人の心のスキマに入り込み洗脳するアプリ。自分の意志とは関係ないことをしてしまうという恐怖のアプリがあるらしい。これはまだ噂の域だが――
【警告】
もしかしたら、あなたのスマホに洗脳女神のアプリがインストールされているかもしれない。今すぐアプリ一覧を見てみることをお勧めする。
完
14日後に死ぬ呪いのアプリ 響ぴあの @hibikipiano
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