香り売ります

糸井翼

1話

この街のお祭りに足を運んだのは、何年ぶりだろうか。もともと人混みは好きではないけれど、ここ数年は子育てに忙しくて、そんな余裕は本当になかった。かつて一緒に祭りを歩いた相方も、仕事であまり時間をとれなかったし。今は、相方に代わり、少しお兄さんになった息子が一緒に歩いてくれる。

りんご飴、チョコバナナ、焼きそば、それから、それから、薄暗い中で明るい屋台の数々。こういうお祭りだと無性に買いたくなる。小さな街のお祭りとはいえ、メインの通りは家族連れや学生でかなり人が多い。私はお店に気を取られてばかりはいられない。息子の手を離すことはできない。

「はぐれないで、ぼんやりしないでね。」

ついつい口うるさく言ってしまう。息子はちょっと嫌そうな顔をした。

「わたあめ食べたい!」

息子が手を引っ張る。四百円。少し高いが、お祭りの雰囲気を味わうと思えば、これくらいの値段は仕方ない、と思うことにする。この雰囲気、この時間を楽しんでほしい。

息子がその顔よりも大きいわたあめに必死にほおばる。昔、私もお祭りでわたあめを食べたはずだが、わたあめってどんな味がするんだっけ。甘いのかな。

「おいしい?」

「うん。」

私のお祭りのイメージは、わたあめとかき氷、あと、スーパーボール。小さい頃、お母さんと行って、買ってもらった記憶がおぼろげにある。

「ちょっと向こうで食べようか。」

人混みが落ち着く脇道を指さす。息子は頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る