5話
息子はわたあめを食べ終えて、ちょっと飽きていたようだ。まだ話がしたい。長くなりそうだから、息子にもう一つお菓子を買ってあげることにした。近くで売っていたかき氷。味はイチゴだ。息子はめったに食べられない大きなかき氷に目を輝かせている。しばらくは大丈夫だ。
「すみません。で、続きなんですけど、いいですか。」
「どうぞ。」
「誘拐されているから、時間感覚なんてもうないわけですよ。何日そこにいたのかわからないし、もしかしたら、一日だけだったかもしれないんです。とにかく、子供の私には長く感じた。でも、解放されるってことになったんです。」
「突然、その見張りに、明日の朝、解放だ、と言われました。私は、『おじさんはどうするの?もう会えないの?』なんて聞いたような気がします。両親ともに仕事が忙しくて、こうやって遊んでくれる大人もいなかったですからね。犯人は笑って、まあ、苦笑いだったんでしょう、何も答えてくれなかったと思います。」
「次の朝、私はまた目隠しをされて、車に乗せられて、どこかで降ろされました。そこで目隠しを外してもらえるのかと思ったら、そうではなくて。たぶん、その見張りの犯人が私をおんぶして、どこかまで連れて行ったんです。そのとき、正直、汗臭くて。今思えば、あの人も誘拐計画の途中で、数日お風呂に入っていなかったんでしょうね。だから、男性の汗の匂いが、どうも誘拐のその感じとつながってしまうんです。」
「私ももちろん疲れていましたし、その汗臭い背中で、目隠しさせられたまま、寝ちゃったんだと思うんです。だから、どうやって家に帰ったのかもよくわからなくて、でも、気が付くと布団の上でした。」
「起きると、母が眠そうな顔をしながら、私のそばにいました。それで、おはよう、って言うんです。両親は何事もなかったかのように接してきました。誘拐なんて知らない、夢でも見ていたんだろう、って言うんです。確かに、誘拐事件のことを近所の人に聞いたりしましたが、誰も知っている人はいなかった。普通はそんな事件があれば騒ぎになるはずじゃないですか。」
「私も幼かったので、まあ、その後は特に何もなく暮らしていたんですが、何か月か経って、母親とあの犯人が近所で話しているのを見てしまったんです。」
「そのときはその犯人とわかったんですか。」
「顔を見た途端、あの人だ、ってなったんです。記憶が戻ってくる感じでした。でも、犯人と母が顔見知りだったなんて、とにかくショックでした。幼い私でも、誘拐事件の真相がわかってしまいました。つまり、お母さんが誘拐事件に関わっていた。」
思わず力が入って、お母さんと言ってしまった。彼女は優しい顔を変えていない。我に返り、少し恥ずかしくなった。
「これで私のお話は終わりです。」
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