第9話 宰相の1日 フランシスside
悪逆令嬢ベルシュカ・フランベルクはこの帝国の問題児であり、そして国の全てを食い散らかす害虫。
宰相であるフランシスはずっとそう思い続けていた。
なにせ生まれてこのかた浪費しかしていないからだ。
けれど、先日のベルシュカの様子を見てフランシスは違和感を覚えた。
これまでと比べ、言葉の言い回しやその悪辣さを感じられなかったからだ。
ベルシュカが誰か別のものと入れ替わったか──または何か別のものに取り憑かれたのではないかとさえ考えている。
だが今のフランシスにとってそんな些細なことはどうでも良かった。
今のベルシュカになぜか興味を持ったからだ。
「この資料、経理担当のものに回しなさい。それとこの資料に陛下から署名を」
フランシスはいつも通り宰相補佐管理室にて執務を行いながら考えていた。
いつもの2倍はある書類は全てベルシュカの教育を担当することになったせいだ。
だがフランシスにとってこのような仕事量など屁でもない。
あの小娘の秘密を知りたい。
何を考えているのか、知的好奇心が揺さぶられる。
だからこそ、普段であれば断固拒否するであろう先生役など引き受けたのだ。
フランシスはベルシュカの仮面を剥がしてやろうとほくそ笑む。
そんなこんなで仕事をしていると、背後の窓が叩かれる音がした。
注意していなければ聞こえないほど小さな音だ。
「…………少し出てくる。仕事を続けていなさい」
フランシスは部下に書類仕事を任せ、部屋から出る。
そして誰も知らぬであろう宮殿の隠し部屋に足を運んだ。
そこにはすでに全身黒尽くめの人間が待っている。
「頭の悪いことを考える蝿の始末は終えましたか?」
「はい。全て無事完了いたしました。何も異常はございません」
黒尽くめの男はフランシスの子飼いの部下だった。
自身の子飼いには表沙汰には出来ないような裏仕事をさせる者たちが揃っている。
彼らがいたからこそ、フランシスはこの若さで宰相にまで上り詰めることができたと言っても過言ではない。
今回も貧民街でなにやら他国に帝国の情報を売りつけようとしていた人間がおり、それをまとめて片付けることを命じたのだった。
特に異常がないのであれば問題はない。
フランシスはふと、ベルシュカに言われた暗殺者について思い出した。
ベルシュカにああは言ったが正直フランシスがわざわざ調べてあげることはない。
この帝国では暗殺者に狙われて殺されるのであれば、殺された方が悪い。
そして逆も然り。
つまり全て殺された方が悪いということだ。
こういうところは戦争とよく似ているとフランシスは感じた。
勝てば官軍、負ければ賊軍というやつだ。
だが、なんとなく気が向いたために部下へと命令を出す。
「ベルシュカ・フランベルクに暗殺者を差し向ける者の正体を探れ」
と。
そしてそのまま何か進捗があれば伝えるよう命じ、自身は部屋を出た。
誰かに目撃されないよう遠回りをしつつ、宰相補佐管理室の前の廊下まで出る。
無表情で歩いていると、向かいから歩いてきた女がすれ違う前に声をかけてきた。
「宰相閣下、少しお話しよろしいでしょうか?」
見覚えのある──つい先日ベルシュカの部屋で見かけた召使いだった。
「たしかあなた──アンナと言いましたか。アンナ、アンナ……ああ、どこかで聞いたかと思いましたがあなた、狂信者アンナですね」
「……そう呼ばれることもあります。宰相閣下に名前を覚えていただけてるとは光栄の然りです」
アンナは恐ろしいほどの感情のない声、そして表情だった。
「それで……その狂信者が僕に何か用か? あいにくと仕事が立て込んでいるので素早く澄ませていただくと助かるのだが」
「はい。もちろん我が主人ベルシュカ殿下のことでございます」
そう言ってフランシスに真っ直ぐ視線をよこす。
その視線はまるで切れ味の良すぎる刃のようだった。
そして恐ろしいほどの狂った心を宿していた。
「殿下になにかしようものなら───宰相閣下といえども…………口には出来ないような目に合わせて差し上げますので。どうかご承知おきください」
フランシスは大声をだして笑い出しそうになる。
一介の使用人であるものに宣戦布告をされたのは初めてだった。
しかもこの言葉はただの脅しではないと、女の目が語っている。
アンナはそのまま言葉を言い残して去っていった。
残ったフランシスは憤るのでもなく、むしろ興味深いと感じていたら。
さすが狂信者。
フランシスはそう思ったのだ。
なぜベルシュカの召使いであるただの女がそう呼ばれているのか。
それはアンナという女が『悪の申し子』とも呼ばれるベルシュカ・フランベルクの信奉者一味だからであった。
この女は忠誠以上の狂信を主人に抱いているらしい。
元々そういう癖があったのか、きっかけがあったのかは分からない。
正直どうでもいい。
けれどベルシュカを信奉する信者たちはこのアンナを中心に動く。
宗教とは怖いもので、彼らはベルシュカのためならば命もいとわない。
むしろ進んで死ぬものばかりらしい。
つまりベルシュカを殺すにはまずこの狂信者たちを相手にしなければならないということだった。
ちなみにこの事実をベルシュカ本人は全く知りもしないだろう。
興味すらないはずだ。
権力に固執することなく、ただ勝手気ままに悪をばら撒く。
それが『悪逆令嬢ベルシュカ』であり、そんな女だからこそ狂信者なんてものが生まれるのかもしれない。
そんなことを考え、フランシスは仕事部屋へと戻っていった。
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