第14話 試練


 結局その後、アンナに怯えたクローティ伯爵から重要話を聞き出すことはかなわなかった。

 所詮彼も使い捨ての駒だったようで、根幹に関わることは何も知らないようだった。


 私とアンナは相談し、クローティ伯爵の言っていた『グレンディの宿木』についての調査を開始することとなったのだがーー。



「この件、おそらく第二皇子殿下は関わっていらっしゃいませんね。自分の仕切りの場でむざむざ事を起こすほど彼の方は無能ではありませんし」


 アンナの言葉に頷く。

 たしかにベルシュカの兄弟たちは皆狡猾を絵に描いたような人間ばかりだ。 

 裏で後ろ暗いことはいくらでも行なってきている第三皇子がそのような悪手を打つはずないだろう。


「それもそうね。……ということは一体誰が私に暗殺者を差し向けたのか……結局分からずじまいね」


「いいえ、この件についての真犯人はすでにわかっております」


「……え?」


 アンナの言葉に唖然とする。

 この数少ない話の中で、どこに真犯人へと繋がる要素があったのだろうか。

 ベルシュカは前のめりに尋ねる。



「そ、それは一体誰なの?」



「はい、その犯人はーーーー」



 ベルシュカはその言葉に空いた口が塞がらなかった。

 理由を聞いて納得を覚えたが、なぜ彼がこんなことをしたのか訳がわからなかった。






「というわけで、私を狙った暗殺者を差し向けた真犯人。それはーーーー陛下ですね?」


 謁見の間。

 そこでベルシュカは父である皇帝陛下と対面していた。

 陛下はにやりと口元を緩めて私を見やる。

 じんわりと手に汗が滲んでいることが分かり、自分が緊張しているのだと自覚する。

 こくりと唾を飲み込むと、陛下は口を開いた。


「どうしてそう思った? 私が可愛い愛娘をこの手にかけようなどと思うはずないだろう」


「いいえ、私の調べたところそこまさかでした。……とは言っても、私が絶対に死なないとわかってて暗殺者を差し向けているようにしか思えませんでしたが」


 私にはアンナという存在がいるわけだし、下手に殺されることなど100%ありえない。

 それなのにわざわざ暗殺者を差し向けてきた理由は未だ想像もできなかった。


 もしかして国庫を食い尽くさんばかりの浪費が原因かと一瞬思ったが、別段殺さずとも陛下ならどうにでもなる。

 

「……ふむ、そうか。どうして私が愛娘に暗殺者を差し向けていると考えた? 理由を述べてみよ」


 陛下は王の威厳を醸し出しながら横柄に言葉を述べる。

 場が緊張感に包まれ、警備兵たちは一様に冷や汗を掻き、顔をこわばらせていた。

 対してベルシュカは平然した様子でいつものように艶やかに微笑みを浮かべる。


「簡単なことです。真犯人の根城が第二皇子のしのぎの場の範囲ないでしたかは」


「……それなら第二皇子が犯人ではないのか?」


「そう見せかけようとする罠でしょう。もしこれが第二皇子の仕業なら間抜けすぎます。何故わざわざ自分のテリトリーで工作を行う必要があるでしょう」


 陛下は立派な髭を撫でながら、口元を緩ませて言う。


「そう思わせようと考え、わざと自分の目の届く範囲で行った可能性は」


「あり得ません。仮にも皇女である私を暗殺するという罪を犯すのに、そこまでのリスクは負えないでしょう」


「……ベルちゃんの言い分はわかった。では、何故私が犯人だと?」


 ベルシュカはアンナに聞いた答えを一文字一句違えず答えた。


「あの皇子を利用しようと考えることが出来るのは陛下くらいしかおりません。しのぎの場である『グレンディの宿木』で堂々と動いたということは、第二皇子の了承を得る必要がありますが、皇女暗殺のリスクを抱えながらも了承せざるを得ない相手は陛下しかおりませんから」


 陛下はベルシュカのは言葉を聞き、顔を俯ける。そして次の瞬間。



「わはははは、さすがベルちゃん。お見事だ。そう、私がお前に暗殺者を差し向けた犯人だ!」


 心から楽しそうに笑う陛下に呆気に取られ、呆然と立ちすくむ。

 そんなベルシュカを尻目に陛下は続けた。


「それだけの理由でよく答えに辿り着けたな」


「え、ええ。他にも理由はあってーー」


 気を動転させながらも私は陛下の質問に答えた。


 最初、陛下に謁見する際に違和感を覚えたこと。

 以前の陛下ならばベルシュカが暗殺者を差し向けられる前にその行動を阻止するだろう。

 そして仮にそのことを知らないとしても、ベルシュカに甘い陛下がどうにかしてしまうに違いないのだ。


 そこがまず違和感を覚えたポイントでもあった。


「それに、この暗殺騒動自体、色々と分かりやすすぎでした。まるで、真犯人は見つかりたいと言わんばかりの行動ばかりしており……」


「それはそうだ。私は見つかっても構わないからこそ、行動を起こしたのだから」


 そう言って大きく頷き、玉座の手すりに肘をついてベルシュカに視線を送る。

 ベルシュカは心臓が早鐘を打っていることを自覚していた。


 なにせ皇帝の行為を皇帝に訴えるということ自体、危険極まりないことだとわかっていたからだ。

 それでもなお直接話をしたのは、陛下ーー父親のことを信じたい気持ちがあったからだった。

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