第13話 尋問
ベルシュカは暗闇の中にいた。
周囲には己の忠実なる僕であるアンナと、そして鎖に繋がれた男一人。
「うっ……」
「目を覚ました?」
ベルシュカが無愛想な声でつぶやく。
意識を覚醒させた男は瞬きをしたあと、ゆっくりと周囲を見渡した。
そしてそのまま眼前に立つベルシュカに視線を向けた。
「怖い?」
男──クローティ伯爵の瞳には紛れもない恐怖と驚嘆が垣間見える。
私はその様子を見て口角を上げた。
「……俺はどうして……」
「ああ、あなたの飲んだワインに一服盛らせていただいたの。パーティー会場で倒れたあなたを看病しますって言って連れ出し、この状態に至るって感じかしら」
そう、ベルシュカはクローティ伯爵を尋問する計画を事前に計画していた。
アンナが提出した実行案に了承の意を伝えただけともいうのだが。
回りくどく調査するよりも、それならいっそのこと本人に意図を尋ねるべきだろうと考えたからだった。
けしてベルシュカの本意ではない。
これも全て己の平穏な生活のためだと言い聞かせて、ベルシュカはクローティ伯爵に目線を向けた。
「あなた、私に暗殺者を差し向けたわね。それは第二皇子のユリウスを次期皇帝にするため?」
「……さぁ、どうでしょうか」
流石に簡単には口を割らないだろうと思ってはいたが、この状況でもクローティ伯爵は不適な笑みを浮かべていた。
暗闇の中で濁った二つの瞳がベルシュカを射抜く。
少しだけ怖気付きそうな心に喝を入れ、ベルシュカはなるべく残酷な笑みを見せた。
「答えないっていうのね。あなた、本当にそれでいいの? 私が今まで拷問してきた人間の中で最初は何も答えない奴はたくさんいたわ。……けどね、その人間も全員最後には何もかもしゃべったわ。これまで寝た人間の数も、恋人の弱みも、自分の密かな性癖すらね」
金に輝く神を指に絡めさせ、近くに置いてある椅子に腰掛ける。
そして艶然と足を組んだ。
静かな部屋にこくりと生唾を飲む音がこだまする。
ベルシュカは足元にいるクローティ伯爵の顎を自身の靴先であげた。
「さぁ、答えなさい」
ベルシュカは出来うる限り女王然とした口調で言った。
足元で見上げるクローティ伯爵の瞳には畏怖の感情が灯る。
「……もし答えれば、何もしませんか」
「さあ? あなたのそれはあなたたの答え次第よ。まあ答えなければ、死よりも恐ろしいことが待っているから、早く答えた方が楽に決まってるけど」
その言葉が決め手だった。
クローティ伯爵は観念したように、自身の計画を語りだした。
この計画ではやはりベルシュカを暗殺し、他の第一、第三、第四皇子も亡き者とする。そして第二皇子を次期国王にしようとする予想通りの安易な計画だった。
その単純さと杜撰さに、隣で話を聞いていたアンナは何度鼻で笑ったことだろうか。
結果、暗殺者から自分の正体が割れてしまうという残念な結果になった。
あほらしい。
ベルシュカもは鼻白んだが、少しだけ有益な情報も得ることができた。
「この計画を立てたのはわ、私ですが……暗殺者を紹介してくれた人間がいます。そ、そいつに唆されたんです」
「へえ。全部あなた一人が仕組んだ計画ってわけじゃないのね。……で、その暗殺者を紹介したやつって一体誰なの?」
「そ、それが分からないんです……」
クローティ伯爵の答えに隣で黙って聞いていたアンナが眉尻を上げた。
このような粗末な計画で何度も手間取らせられたアンナはベルシュカ以上に鬱憤が溜まっていたのだろう。
暗殺者を手ずから始末し続けてくれてのはアンナたちなのだから。
アンナはベルシュカに「私にクローティ伯爵の尋問する許可をください」と懇願してきたため、了承する。
「分からないって一体どういうことですか」
アンナはクローティ伯爵の首にある鎖を強く引っ張り、鋭い視線で睨みつける。
機械のような無表情だけにより恐ろしいものだった。
「そ、それは……相手は覆面で顔を隠していて……」
「一度も顔を見ていないと?」
クローティ伯爵は頷いた。
どうやら偶然街に出向いた際、裏路地にある『グレンディの宿木』という宿と酒場の隣接した場所で出会った男に紹介されたらしい。
「『グレンディの宿木』って私は聞いたことないけど……アンナは?」
「優秀な情報屋や他国からの密輸を取り扱う闇商人が出入りするところです。たしかそこは第二皇子殿下の管轄だったはず」
「はい。ユリウス様のシマです。そこでみかじめ料や裏金を巻き上げて自分の懐に入れています。私もたまにそこへ出向くことがありますが、覆面の男に会ったのは初めてでした」
先日のフランシスとの勉強会で初めて知ったことなのだが、基本的にこの国の皇族は自分のシマを持っているらしい。
そこで商売をしたりと何かしらの金儲けをし、自身の懐に入れるのが当たり前とのことだ。
ちなみにベルシュカはそんなこと今まで一切興味がなかったので、持っているシマはひとつもない。故に自分の懐を潤す金銭源すらないということなのだ。
「よく顔も知らない胡散臭い人のことを信用しましたね」
アンナは平坦な口調でいう。
その中にはわずかに軽蔑するような真意が感じられる。
「べ、別に信用したわけじゃなかった。けど、依頼料はいらないと言われたから勝手に暗殺してくれるなら都合がいいと思って……」
「バカなんですかあなたは。利用されただけだと気が付かないなんて、第二皇子の支持者もたかが知れてますね」
相手が目上の貴族だというのにずけずけとものを言うアンナだったが、言われた側のクローティ伯爵は何も言い返すことがなかった。
おそらくアンナの醸し出す冷酷な威圧感に圧倒されたのだろう。
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