第12話 舞踏会


 悪魔のようなフランシスとの勉強会の数日後。その日は舞踏会が催されていた。


 豪奢なシャンデリアに華々しいドレスを見に纏った女性、花のような香りが所狭しと満ちている宮殿のパーティールーム。 

  

 両家の子息や女たちが集まり、社交を兼ねて踊り明かす。社交界デビューしたばかりの少女たちは両親や兄姉に連れられて、海千山千の紳士は葉巻を燻らせ、皆各々に楽しんでいる。


 今宵は帝国創立記念のパーティーだ。

 

 そんな中、ベルシュカは周囲に集まる令嬢たちの相手に大忙しだった。


「今夜も殿下にお会いできて光栄ですわ」

「階段から落ちたとお聞きしましたが、ご体調はよろしいのですか?」

「ドレスもよくお似合いです! どちらでご注文されてお品なのですか?」


 どの令嬢もベルシュカとの繋がりを求めて集うのだ。どんなにベルシュカがわがままで傍若無人でも、帝国の皇女で陛下のお気に入り。仲良くなりたい人間は数多くいた。


 以前のベルシュカならばそんな人間など眼中になく、ただ周りに蔓延る羽虫だと無視していたに違いない。

 だが今のベルシュカにとって無視をするというのは良心の呵責を覚えることだった。


「…………今日は気分が優れませんの。またの機会にしてちょうだい」


 以前のようには出来ないので、なるべく遠ざけてもらうためにわざと冷たく接する。

 するとはけていくようにベルシュカの周囲から人がいなくなった。……大方、今日のベルシュカは機嫌が悪いのだと悟ったのだろう。


 それでもわざわざベルシュカに声をかけてくる猛者もいる。


「殿下、ご機嫌いかがですか。今宵のドレスもよくお似合いです」


「あらあらフランシス。ご機嫌麗しゅうございます。先日は勉強会感謝いたしますわ。ちなみにこのドレスもあなたの好みに合わせたわけではありませんので、勘違いなされないように」


「先日の言葉を引きずっておられるのですか? ……殿下は見た目とは反して、案外ウブなお方なのですね。とても可愛らしくて、私好みです」


 シニカルな笑みを浮かべるフランシスに青筋を立てそうになるが、人目を考えて堪える。


 この男は一体どこまでベルシュカのことを揶揄うつもりなのだろう。


「生憎とあなたと言葉遊びをしている暇はないんです。今日の私には目的があるので邪魔をしないでいただけますか?」


「……目的、ですか。ふむ、それは暗殺者に関わることですか」


 フランシスの質問に答えることなく、ベルシュカは嫌味を込めて微笑みを浮かべる。


 彼のいうことは当たっていた。


 今夜、ベルシュカは暗殺者を差し向けた黒幕であろうクローティ伯爵に直に接触するつもりだった。


 もともとクローティ伯爵とは幾度か会話をしたことがあったが、そこまで詳しく人柄を知っているわけではない。

 記憶の中では食えない男、ただ外面は非常に紳士だったと思い出されるだけだ。


 そんなクローティ伯爵に軽く揺さぶりをかけ、上手くいけばボロを出してもらうつもりで今夜の舞踏会に望んでいるである。

 ちなみにまた命を狙われる危険性を加味して、近くに専属護衛を五人ほど待機させてあった。


「あなたには関係ないことよ」


「残念。せっかく証拠も手に入れて差し上げたというのに、私を利用しようとは思わないんですか?」


 フランシスは不敵な笑みをこぼす。

 私は鼻を鳴らし、冷笑を向けて言う。


「あなたを利用しようとしても、逆に利用されるのがオチですわ。私はあなたほど頭の出来は良くないし、得体の知れない男をリスクとして抱えておきたくないですので」


「……ふふ、殿下は手厳しい。そんなところも以前に比べてすこぶる好みです」


「勝手に言ってなさい」


 私は手に持ったワイングラスを傾け、口に含んだ。

 目前に立つフランシスから目線を逸らすと、標的の男が視界に入る。


「クローティ伯爵……。宰相、私はこれで失礼するわ。今宵の舞踏会も楽しんでちょうだい」


「殿下にダンスのお誘いをしても断られるのは確実ですから、今夜はひきましょう。……クローティ伯爵に嫉妬してしまいそうです」


 ふざけたことをぬかすフランシスを置いて私はクローティ伯爵の前に立った。

 

「今晩は、今宵は楽しんでいらっしゃる?」


「……第三皇女殿下、ご無沙汰しております。はい、楽しませていただいております。殿下からお声をかけていただけるなんて至極光栄の至りにございます」


 クローティ伯爵は紳士的な笑みを浮かべ、頭を下げた。

 その様子からはベルシュカを影で暗殺しようと考えているとは微塵も感じさせない。


 大した狐だと内心思いながらも、ベルシュカはニコリと笑みを浮かべた。それはもう、極上の笑みを。


 その笑顔を見たクローティ伯爵はこくり、と唾を飲み込む。見たところ少しだけ頬も上気しており、視線の中に仄かな熱を感じさせる。


 ベルシュカは自身の美貌をよくよく理解していた。色仕掛けというものはときとして大いに役立つことがあるのだ。男を惑わすために。


「ええと……その、殿下の飲まれているワインはいかがですか?」


「クローティ伯爵はワインにご興味がおありになるの? これはプロルセルス共和国の96年ものかしら。そこの給仕から受け取ったの。……あなたもいかが?」


「い、いただきましょう」


 クローティ伯爵は少しばかり汗をかきながら、給仕からワインを受け取る。


 そして彼はワインを口に含んだ。


 だがその途端、突如クローティ伯爵は地面に伏した。

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