第11話 生徒と教師
翌日。
悪夢のような日がやってきた。
「殿下、今日からよろしくお願いしますね」
「フランシス……え、えぇ……こちらこそ」
そう、宰相フランシスによるお勉強会だ。
この日のことを考えるだけで、精神的苦痛で夜眠れなくなりそうだったがやってきてしまったので仕方がない。
ベルシュカはフランシスと机を挟んで向き合うようにして席に着く。
机の上には何冊かの書物が置かれ、タイトルに『ていこくのれきし』と書かれている。
「ねぇ、あなた私を馬鹿にしていない?」
「滅相もない。私はごくごく真面目に仕事に取り組んでおりますよ」
フランシスはにこりと笑いかけてくる。その瞳の奥にははっきりと分かる嗜虐心が見え、私は背筋を凍らせた。
フランシスは書物を渡してきたので受け取り、中身を確認する。タイトルから子供用の教材だと分かり青筋を立てていたが、文章を読んでいくと分かりやすい内容で驚いた。
「た、たしかに子供用にしては内容もしっかりしているとは思うけど……もう少しマシな書物はなかったの?」
「申し訳ございません。殿下のその小さな脳味噌でも理解できる書物は王立図書館にも収容されていないみたいなのですよ」
直接嫌味を言われて不敬罪に処してやろうかとも思ったが、こちらから勉強を頼んでいるのだ。
多少の誹謗も寛容に受け止めようと心を押さえる。
ベルシュカは大きくため息をついたあとフランシスに向き合った。
「……わかりました。じゃあ、さっさと始めてちょうだい」
「おや? 罵倒はされないんですね。意外です」
そう言って肩をすくめたフランシスは書物の内容を解説し始める。
予想外にきちんと教師を務めてくれて肩透かしだったが、その数時間だけで多くの知識を得ることができた。
……時々入る嫌味を除けば、このフランシスという男はいい先生だ。
どうやらこのフランベルク帝国はよその国から『悪の帝国』と呼ばれているらしい。
理由はさまざまあるが、この国に集まる人間たちは基本的に悪人が奴隷ばかり。
一晩にして成り上がることの出来るものもいれば、いっきに財を失うこともあり、そこらの浮浪者から一旗あげて大金持ちにまで成り上がることの出来る夢の帝国。それがフランベルク帝国なのだ。
その代わりといってはなんだが、リスクも大きい。
この国では騎士団や自警団などの法を司る組織は汚職まみれで、ほとんど機能していない。
つまり詐欺の被害に遭えばその被害者が悪いことになり、暗殺されれば暗殺された方が悪い。そういう国なのである。
だからこそ好んで悪人たちは集まり、金を儲けるために悪事を働く。いや、悪事は当たり前のことなのだから悪とはすでに悪事とは言えないだろう。
「で、この国の皇帝陛下であられる父様はその中でも突出した悪人てわけね」
「はい。陛下のお若い頃はそれはもう恐ろしいと評判だったそうですよ。悪党を束ねるものは大悪党でなければなりませんからね」
確かに、と思わず納得する。
このフランシスという男を制御して自らの片腕にしてしまうことができるのは、父様くらいだろう。
正直ベルシュカには無理だ。
「今日はここまでになります。次回までに指定したページを読み込んでおいてください」
「もうこんな時間なのね。国の成り立ちとかよくわかったわ。今日はありがとう」
苦手な相手ではあるが、しっかりと教えてもらったので率直に礼を伝える。
するとフランシスはそんなベルシュカの様子に驚いたのか、目を見開いた。
「小娘様が素直に礼を言うなんて……明日は槍でも振りますかね?」
「失礼ね!」
ベルシュカは口を尖らせ、抗議する。
なんだかフランシスの口調がいつもに比べてどこか柔らか異様に感じ、強い悪感情を抱くことができなかったのは今日過ごした時間のせいだろうか。
ふと、フランシスは無表情になる。
ベルシュカは突然のことに心臓を跳ね上げた。
フランシスはすこぶる美形だ。
だからこそそばで真剣な顔をされると心臓に悪いのだ。
いくら嫌味で苦手な人間であっても、やはり美形は徳だと内心悪態をつく。
そんなベルシュカの思いもいざ知らず、フランシスはいきなら顔を近づけてきた。
顔を赤らめてしまったのは、条件反射だ。
「殿下は意外と愛らしいお方なんですね。顔立ちは私好みでしたが、意外と性格も好みかもしれません」
「……っ、はぁ? な、な、な、なにを言ってるの!?」
「言葉通りの意味です」
急な告白に頭が狼狽し、フランシスと目を合わせることが出来なかった。
心臓は先程以上に音を立てて高鳴り、顔は燃えるように熱い。
「ば、馬鹿なこと言ってないで早く帰って!」
「ふふふ。可愛らしいですね。……あ、そうそう。そういえば暗殺者を差し向けできたものの正体、クローティ伯爵だと私の方でも調べがつきました。一応証拠もあるので、おっしゃっていただければそちらもお渡しする準備ができていますので。……まあ既にご存知だとは思いますが」
背中を押して部屋から追い出そうとしている私にさらりと告げ、フランシスは部屋を後にした。
ベルシュカは体を脱力させる。
クローティ伯爵の件は昨日の暗殺者騒動で分かってはいたが、証拠も既に握っているとはなんとも仕事が早いことか。
暗殺者に加え、訳の分からないフランシス相手に私は疲労で倒れそうになるのだった。
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