第10話 手がかりと暗殺者


 その日ベルシュカは次の舞踏会で着るためのドレスに頭を悩ませていた。


「こんなにたくさんドレスがあるのに、また新しいものを注文しないといけないって……無駄遣いじゃない?」


 ベルシュカの独り言を聞くものはいない。

 なにせ一人でドレスルームに篭っているからだ。


 周りには豪奢なドレスばかり。この部屋はベルシュカ専用の衣服や装飾品を収納する場所なのだ。


 アンナ伝いに聞いたことを思い出して、思わずため息をついた。


『陛下からの伝言です。数日後に帝国創立記念として貴族たちの舞踏会が催されるから、そのための準備をしておいてくれ──とのことです。……ベルシュカ様、至急ドレス職人をお呼びいたします』


 アンナはベルシュカの返事を聞くことなく、そのまま部屋を退出していった。

 まあそれも当然のことだ。

 ベルシュカは社交会や舞踏会のたびに新しいドレスを新調するのが当たり前で、今回もいつもと同様にそのための職人を呼ぶと考えたのだろう。


 正直、今ベルシュカはドレスなどどうでもよかった。むしろたくさん持っているのだから、今回くらい新調しなくてもいいんじゃないかと思うほどだ。

 けれど、記憶を取り戻す前から社交界のファッションリーダーといえばベルシュカでと言われるほど、流行に敏感で一度着たドレスは二度と袖を遠さないほどだったのだ。


 周囲のドレスを見て、これら全てを売却すれば少しくらいお金になるかなと考える。

 そんなことをしていると、ドレス部屋の扉が開かれてアンナともう一人───啓一郎おそらくドレス職人がやってきた。


「……そちらは?」


「ベルシュカ様、御前を失礼致します。ドレス職人をさせていただいます、ウィルソンと申します」


 ウィルソンと呼ばれた男は細身の中年だった。

 こんな男がドレス職人なのかと目を瞬かせる。

 男がベルシュカに近づき、跪いた。


「顔を上げなさい」


 そしてベルシュカがそう言ったその瞬間。


「ああああぁぁぁっ!!!!!」


 男は腰に隠していたナイフを振りかざしてきたのだ。

 驚いたベルシュカ反射的に避けようとするがその前に。


「遅いです」


 ベルシュカのそばで控えていたアンナが男の腕を捻り上げ、ナイフを床へと落とした。

 アンナは床に落ちたナイフを足で踏みつけつつ、男を地面に組み伏せた。


 ベルシュカはというものの、あまりの突然の事態に茫然自失していた。

 まさか突然見知らぬ者に狙われるとは思わなかったのだ。

 記憶を取り戻してから初めての事態に心臓がバクバクと音を立てているのがわかる。


「……一体どういうこと?」


 ベルシュカは男を取り押さえたアンナに尋ねた。

 アンナはそのまま男の首裏を叩き、気絶させてから口を開く。


「申し訳ございません、殿下。この男はおそらく暗殺者です。少し前に目をつけてはいたのですがなかなか顔を出さず、殿下の御前ででしたら正体を表すと踏んでこうなった次第でございます」


「……そう」


 アンナは無表情に告げる。

 以前もこのような事態はいくらでもあった。

 わざとベルシュカを狙う者を泳がせて、いざ凶器を出したところを取り押さえる。

 そうすることによって目撃者がベルシュカということになり、王族であるベルシュカが主張すれば必ずそのものは罪になる。


 もし仮にベルシュカが見ていないところで捕まえたとしても、その暗殺者の裏にいるものによって匿われたり処分されたりすることもあるのだから、この方法が一番手っ取り早いのである。

 

 ベルシュカ自身も自分のドレスを汚されたりすることがなければ気になることもなかったため、今までこの方法が使われてきていたのだ。

 

 ベルシュカは息を小さく吐き、アンナに告げる。


「誰が私を狙ったのか吐かせなさい」


「かしこまりました」


 そう言ってアンナはお辞儀をし、男を引きずりながら部屋を退出した。

 ベルシュカは一人きりになり、大きくため息をついた。


 ものすごく怖かったのだ。


 アンナの目前で態度に出すことができなかったが、一人きりになり今は身体がガタガタと震え出す。

 顔を青ざめさせてひっそりと呟いた。


「前の私、どうかしてるわ」



 

 しばらくしてベルシュカは自室に戻り、ソファにかけていた。

 するとアンナがいつもと変わらない無表情でベルシュカの元へとやってくる。


「男が口を開きました。頼まれたそうです────クローティ伯爵から」


 クローティ伯爵。

 その男の名前を聞き、ベルシュカは顔を歪めた。


 そのクローティ伯爵は30後半の優男で、第二王子の支持者であった。

 その優しい面からは想像もできないほど悪どい男で、加虐趣味のサディストと噂をされている。


「どうしてクローティ伯爵が?」


「恐らく殿下が次期皇帝へと選ばれる可能性を危惧してのことでしょう。第二王子は王位への執着が目に見えて分かるほど強いと言われております。その支持者であるクローティ伯爵も第二王子が皇帝となれば自身も甘い蜜を吸えると考えて、今のうちに他の候補者を消すべきだと考えているのではないでしょうか」


 ベルシュカは俯き、考え込んだ。

 正直王位だの継承権だのどうでもいい話だ。ベルシュカは安全なところで普通に暮らしていきたいのだ。


 これからどうすればいいのだろうか。


 ベルシュカは先のことを考え、頭を抱えることとなった。


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