第6話 苦手な男
フランシス・テプラーという男はその身ひとつで成り上がった男だ。
元々はとある地方貴族の庶子として生を受けたがめきめきと頭角を表す。
そして20代半ばという若さでこの国の宰相職にまで上り詰めていた。
当時、フランシスが宰相になることに反対する勢力は大きかったが、気づけばその勢力の勢いは衰えていった。
ベルシュカはその理由こそ知らないが、おそらくフランシスが何かしら裏で手を回していたに違いない。
彼の仕事の手腕は素晴らしく、ベルシュカが財政を圧迫して民衆の生活を苦しめているはずなのに反乱が起きることは全くなかった。
その才能があったからこそ、皇帝は彼を宰相として立てるに至ったのだろう。
ベルシュカはフランシスという貴族といえど庶子の子がそのような国の重職につくことが気に食わなかった。
なので数々の嫌がらせ等をしたが難なく交わされる。
その嫌がらせに対する恨みなのか、フランシスはベルシュカに対して非常に辛辣であった。
それもあって今度は皇帝である父に訴えるに至るのだが──。
ベルシュカを溺愛する皇帝もフランシスを宰相職から外す事を認めなかった。
彼の能力はこの国にとって必要なのだ。
そして同時にフランシスのようなものを帝国の要職から追い出し、もし仮に他国へといってしまえば損害も計り知れないのだ。
それほどまでの傑物なのである。
……非常に煩わしいほどに。
ベルシュカがこの男が苦手な理由はそれだけでない。
なにか薄寒い気配をごく稀に感じさせることがあるからだ。
ベルシュカはこの男は今まで出会ったどんな人間よりも危険な人物だと考えていた。
幼い頃から命を狙われ続けてきているベルシュカは勉学は出来ずともそのような危機察知能力だけは高いのである。
伊達に16年も生き抜いてきてない。
頭の中で宰相フランシスに対する思いつく限りの罵詈雑言を並べる。
そしてベルシュカは口を開いた。
「もちろん。お偉い宰相様にはわからないでしょうけど」
「ほお…………僕にわからない事があると」
「そうよ、人の心っていうのは貴方が思うほど単純じゃないのよ。頭でっかちな貴方にはわからないでしょうけれど」
ベルシュカが皮肉を交えて答えると、フランシスの切長の瞳がすっと細くなる。
ああ、これはもしかして面倒なことになったかも知れないと思ったベルシュカは少しだけ後悔した。
のちに嫌味をたっぷり言われるかもしれない。
ベルシュカに直接嫌味を向けることが出来るのは、この宰相か兄弟たちだけなのだ。
ベルシュカは内心の焦りを態度に表さないようにしながらも、皇帝になにかしらの助けを求めて顔を向ける。
だが、皇帝の口から出たのはまったくもって頓珍漢なことだった。
「うむ、二人は仲がいいよのお。ベルちゃんがこんなに生き生きと言い合いができるものはフランシスくらいじゃろ」
ベルシュカは顎が外れそうになるほど驚嘆した。
同時に皇帝の目の節穴具合に頭痛が起きそうになる。
「…………父様、それは激しく誤解を受けていらっしゃいますわ。むしろこの無神経男は私の生涯の仇とも言えるくらいなのです」
「ほうほう、生涯の友か。なんと素晴らしい!」
最近、皇帝の耳が遠くなっていないかと心配になる。
ベルシュカは大きく嘆息をし、何も反応がないフランシスに視線を向けた。
フランシスはまったくもって否定も動揺もせず、我知らぬという様子だ。
その態度がまた癪に触る。
舌打ちをしそうになるが、ここは抑えなければと小さく深呼吸をした。
そうしていると少しだけ落ち着いてきた気がするとベルシュカは思った。
だが、そんな気持ちを一瞬でぶち壊すようなことを皇帝は口にした。
「そうじゃ、いいことを考えた。
────ベルちゃんの教師をフランシスに頼むのはどうじゃ」
「…………へ!?」
思わず耳を疑うような発言に思わず大きな声が出そうになる。
ベルシュカは焦りを隠せずに皇帝へと言う。
「……その、それはちょっと……」
「大丈夫じゃ。フランシスはこの国1番の明晰な頭脳を持っておるし、何よりなんでもしっている。むしろ、この者以上に適任なものはいないじゃろ」
「…………と、父様。宰相はただでさえ公務で忙しいでしょう? そんな私の教師になる時間なんて取れませんよ」
このままでは宰相が専属教師に決まってしまう。
慌てるベルシュカを置いて、皇帝は髭をさすりながら答えた。
「ううむ、たしかに此奴は忙しいからの。じゃが1週間のうち1日、それも数時間程度あけることは可能じゃろうて。それ以外のときは別の教師を派遣すればよい。ベルちゃんにもきっと良い経験となるぞ。うむ、良いな────フランシス?」
皇帝は我決めたとばかりにフランシスに問う。
このままでは大の苦手である宰相と週に一度は邂逅し、教師と生徒というなんとも最低な関係になってしまうかも。
そう考えたベルシュカは最終手段として、フランシス自身に目を向ける。
敵に助けを求めるのは最低な気分だが、もうこれしか方法はない。
フランシスもベルシュカのような我儘な小娘を相手するのは勘弁願いたいことだろう。
だがベルシュカの気持ちに相反し、フランシスはにこりと微笑んだ。
「陛下、その業務───受けさせていただきます」
フランシスの瞳の奥になにか空恐ろしいものをみる。
ベルシュカは漠然とした不安に身を震わせた。
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