第7話 突然の訪問




 辛かった謁見が終了したベルシュカは足早に自室へと向かう。

 帰り際に横目でチラリとみた際、視線に気付いたフランシスは皇帝には見つからないようにニヤリと微笑んだ。


 恐ろしいほど嗜虐的に。


 ベルシュカはその微笑みを思い出し、ブルリと肩を震わせる。

 心なしか周囲の気温が下がったような気さえする。


「……殿下、顔色が悪いですよ。それに汗も……」


「こ……これは謁見の間が少し暑くて。それにこんな厚手のドレスを着たのも数日ぶりですし」


 ベルシュカの異変に気の利くアンナは心配の言葉をかける。

 細やかさは素晴らしいが、今はそこは重要なところではない。


 自室につき、ソファへと腰掛けたベルシュカはようやくほんの少し落ち着くことができた。


 アンナの入れてくれた紅茶を飲みながら、ふぅと息を吐く。


「ほんっとあの腹黒宰相…………なんで断らないのかしらっ」

「たしかにそうですよね。いつもの宰相閣下であれば陛下の言葉でもうまく交わすはずですよね」


 ベルシュカは頷き、ガチャンとティーカップをテーブルへと置く。

 はしたないとは思いながらも、だんだん冷静になってきてから今度は腹が立ち始めたのだ。


 あのニヤリとした笑み、気に食わなくてしょうがない。


「たしかにいつもだったら私の教師なんて面倒なこと引き受けないでしょうね。少しでも仕事が増えるようなことあれば、いつも私に嫌味を言ってくのだし」


 ベルシュカは以前の記憶を思い出す。


 金銭の問題やら貴族とのトラブルなど、こう言ってはあれだが色々世話になってくれているところもある。

 ベルシュカはこの性格なので、良く揉め事を起こすのだ。


 それが周囲を巻き込み、小さい反乱まで起きそうになったこともある。

 だがそれもフランシスの手腕のおかげで免れているのだ。


 けれど。

 そのトラブルの後には毎回、



『おい、そこの小娘様。これ以上僕に命令をかけないでいただけませんかね』



と、くどくどと嫌味を向けてくるのだ。


 まあすべてベルシュカの招いたことが原因となってるので、嫌味の一つや二つ言いたいことは理解できるのだが。


「ほんっと、父様の前でもあんな不敬を働いてばかりでよく首が飛ばないわね」


 皇女のベルシュカに向かって常に小娘様と呼ぶ。

 小娘と呼ばれるのも癪だが、その言葉にあえて『様』をつけてくるのがいやらしいところだ。


 頭の中のモヤモヤを吐き出すようにテーブルのお菓子に手を伸ばしていると、部屋の扉がノックされる。


 アンナがその主を確かめようと扉に近づくが────その前にガチャリと開かれる。


 ベルシュカは驚き、急いで振り返る。

 そこには──。



「ああ小娘様、こんな時間からおやつですか。太りますよ」



 先程のあったばかりである宿敵、フランシスが立っていた。

 ベルシュカは突然の訪問にびっくりしすぎて「あ、え……」と言葉にならない声が口から漏れる。


「宰相閣下、ここはベルシュカ第三皇女殿下の私室でございます。こちらから扉を開ける前に入室されるのは無礼かと」

「ああ、申し訳ございません。ノックしたので大丈夫かと」


 アンナが注意をしたがフランシスは軽く流す。

 そこでようやくベルシュカはこの状況を理解した。

 厚かましい男に腹が立ったベルシュカはソファに座ったまま口を開く。


「あなた、ここはレディの部屋なのよ。一体何を考えていらっしゃるの?」


 なるべく怒鳴り散らさないように気をつけながら、問い詰める。


「ああ、そういえばあなたも一応レディでしたね。こんな時間からおやつを口にしていたのでてっきりお子様か….……もしくは子豚かと勘違いしておりました。申し訳ございません」


「……はぁ?」



 これにはプチンときたベルシュカは勢いよくソファから立ち上がり、ドア付近で腕を組むフランシスの元へと足を進める。

 そして目の前まできたベルシュカは思いっきり自身の高さのあるヒールの踵で踏んでやった。


 痛みで叫ぶか、それとも苦痛で顔を歪めるか。

 そう思ったベルシュカはフランシスの整った顔をみて驚く。


 「気が済みましたか?」


 フランシスは表情ひとつ変えずに言う。

 

 死ぬほど痛いとはいかないものの、痛みを感じないはずはないのに。

 ベルシュカは驚き、フランシスの顔を見つめる。


 その碧眼の奥にはほんの少しの痛みや苦痛の感情さえ宿していなかった。


「……まあいいわ」


 完全に勢いを失ったベルシュカはそっと足を戻し、フランシスから離れる。


 この男は本当に人間なのだろうか。


 その整いすぎた美貌と恐ろしいほど完璧な政治的手腕、そして先程のこと──。


 ベルシュカはなんとなく気味の悪さを覚えた。


 そんな様子とは裏腹に、フランシスは勝手にベルシュカの座っていたソファの対面に座る。

 そして図々しくもアンナへと紅茶を頼む。


 小さくため息をついたベルシュカは諦めてソファへとかけた。

 

 アンナの入れた紅茶を飲みながら、フランシスに問いかける。



「で、今日はどんな用事でいらっしゃったので? 先程のあったばかりなのに」


「僕もあなたの顔を1日に2度も見るとは思いませんでしたよ。でも一応確認しておきたくて」


「…………一体なにを?」


 ベルシュカは怪訝な顔で男を見つめる。


「……っとその前に。そこの召使い、少し部屋から出ていなさい。それと、会話の内容を聞かないように耳栓でもしていなさい。あなたはすごく耳がいいと聞いているから」


 フランシスはアンナへと目線を送る。

 ベルシュカは頷き、退出を促した。


 そして部屋に二人となる。

 なんとなく居心地の悪さを覚えたベルシュカは紅茶を一口含む。


 最初に口を開いたのはフランシスだった。






「あなた、本当にベルシュカ・フランベルクですか?」





その言葉にベルシュカは含んだ紅茶を吹き出しかけた。


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