第4話 決めたこと

数日が経ち、ベルシュカは完全に日常に戻った。

 医師の診察を受けて、やはり異常はなかった、ら

 ただ、今まで通りの生活とはいかない。

 

 

 この数日間でベルシュカはいくつか自分の中で決め事をした。



 まず大前提として前世の記憶のことは誰にも言わないということ。

 

 ベルシュカには心の底から信用できる人間が一人もいないのだ。

 なぜなら悪虐非道で気まぐれな地位ある者にそう簡単に近づこうとするものはいなかったからだ。

 ベルシュカ自身も周囲に下僕さえいれば事足りたし、むしろ取り巻きのうるさい声がよく勘に触っているくらいなのだ。  




 生まれたときからの付き合いである召使いのアンナ。

 彼女は正直よく分からなかった。

 いつも何を考えているのか全くもって予想がつかないのだ。


 ベルシュカの命令には忠実に従うし、むしろ逆らったことなどないといってもいい。

 どんな嫌な命令にも顔色ひとつ変えないのだ。


 アンナは召使いであり、そしてベルシュカの護衛役でもある。

 彼女は大の男よりも遥かに強く、ベルシュカが暗殺者や賊に狙われたときもあっさりと倒す腕前を持っていた。

 

 むしろこの宮殿に仕える召使いなどの使用人らはほぼほぼ武術の心得があるのだ。

 雇う際の条件として『身元保証人がいること』と『武術の心得があるもの』となっているとアンナから聞いたことがあった。


 

 そんなわけで完全に心を許せるものがいないため、前世のことは話さず、そして前世の記憶があることがバレないように過ごすと決めた。

 もし話したとしても頭がおかしくなったと疑われるのが落ちだろうが。



 ただひとつこれには問題がある。



 これまでのベルシュカの行いを今のベルシュカが出来るのか、ということだ。


 正直、悪烈な行為などなるべくはしたくない。

 聖女だったときは絶対に悪になど屈しないという明確な意思があった。

 でも今のベルシュカにそこまでの強い意志はない。

 

 前世の聖女らしい清らかな心はここにはもうない。

 かといって以前のベルシュカの苛烈さも持ち合わせていないが。


 なるべく人を傷つけずに平凡に生きていければ最善だと思うくらいだった。



 今まで人を傷つけに傷つけてきた人間が何を言うか、傷つけられた人間はそう思うかもしれない。

 でも、ベルシュカは死にたくないのだ。


 

 生き汚いと罵られても生きていきたいというのは聖女よりも今世の人格が作用しているのかもしれない。





 結論。


 


『これからは死なないように、なるべく人を助けていきよう』




 そう判断することとなった。



 これにはまずいくつかの問題を解決しなければならない。



 ひとつは皇帝の庇護がなくなっても、自分ひとりの力でいきていくこと。



 もうひとつはここ最近増えたベルシュカを狙う暗殺者。それを差し向けた真犯人を見つけるということ。

 

 

 前者は簡単にはいかないだろう。



 ベルシュカには実母がいない。

 すでに亡くなっているからだ。


 実母がいさえすれば、その実家のツテを借りることが出来たかもしれない。

 実際、ベルシュカの異母兄弟らはそのツテを使って財を蓄えたり、地位を気づいたりしているらしい。


 皇子、皇女だからといって慢心していられるほど甘い世界ではないらしい。

 

 ……元々はそんなこと知ろうともしてなかったが、ここ数日の間にアンナから仕入れた情報だ。


 本当に以前の自分の不勉強さには呆れてものが言えない。

 まあ周囲のことなどどうでも良かったのだから仕方がない。



 あとはあり得ない話だが、ベルシュカが皇帝になれば話が早い。

 全く持ってそんな気微塵もないが。


 フランベルク帝国には皇太子というものは存在しない。


 一応ベルシュカ以外には5人の皇子と2人の皇女がいる。

 まあ皇子の第四皇子と第一皇女、第二皇女は暗殺されて今は存命してないが。


 つまりベルシュカは皇帝の一人娘ということだ。溺愛されるのも納得がいく。


 ということは、4人の皇子と皇帝の座を争わなければいけないのである。

 これでは可能性はほぼないといっても過言ではない。


 なにせ兄弟たちは皆何かしらに秀でており、そしてなによりベルシュカと負けず劣らず一癖も二癖もあるものばかりなのだから。




「殿下、ご準備が整われたとのことです」

「分かったわ」



 ベルシュカは本日皇帝に呼ばれていた。

 意識を取り戻し、回復したと報告をしなければならないためだ。

 皇帝専属の筆頭医師のことについてもお礼を言わねばならない。


 そして何より、陛下自身が心配でたまらないから早く顔を見せてほしいとアンナの方から催促があったためだった。 

 陛下がベルシュカの部屋を直々に訪ねるというのは後継者問題がある以上、無用な軋轢を生んでしまうので仕方がない。


 陛下が次期皇帝を指名しない理由は分からないが、なにか思惑でもあるのだろう。

 


「それでは行きましょう」



 最後に姿見に体を移してドレスを翻す。


 鏡にはいつも通り手触りのいい金髪と、皇族特有の真っ赤な瞳が映っていた。


 今日は淡い紅色でフリルがふんだんにあしらわれているデコルテが綺麗に見えるドレスに、耳飾りやらペンダントやらの装飾品をつけている。

 どれも陛下からの見舞いの品で、届けられた際は表情を失ってしまった。

 ベルシュカに激甘すぎだと。



 宮廷騎士5名と召使いのアンナを引き連れて部屋を出る。

 久しぶりのかっちりしたドレスに肩が凝りそうだった。



 さあ、出発だ。


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