第530話 願わくば次善の未来を

 枢機卿会議四日目、最終日はなにごともなく終わった。

 最後まで元気に枢機卿たちを煽り散らかしたアクエリカは、元気一杯伸びをして、上機嫌で議場を後にする。


 当たり障りのない挨拶をして見送る有力枢機卿たちも、匂い立つ内心は様々だった。

 見た目通りに上機嫌なのは、アクエリカの他にはトビアスくらいのものだ。


 ジョヴァンニはいかなる狙いがあったのか、教会分裂を阻止されて業腹のようで、にこやかなのは外見そとみだけ、実際はかなりイライラしているのが察せられて怖い。

 ヴァイオレインもいつも通りの優雅な笑みを浮かべているが、どこかそわそわしている様子だった。昨日の回勅表明の際も〈護神派〉側で喋っていたので、アクエリカへの敵対感情ではないことだけはわかる。


 レオポルトは気難しい顔をしているのは相変わらずだが、昨日からなにか思索に耽っている様子だった。今はデュロンと視線が合っても、逸らさずまっすぐに見つめ返してくる。

 そしてサレウスは、最終日だからというわけでもないのだろうが、今日は早々に議場から消えることはせず、車椅子を自ら影の魔術で押し、デュロンたちの方へやって来る。


 用件は、他でもない。彼に掛けられているという死の呪いを、ヒメキアに解除を試みてほしいという依頼だった。

 アクエリカとデュロンの三人で、執務室まで同伴し、いざ不死鳥の魔性が放たれるが……前評判通りと言うべきか、頭脳系や精神系にのみあるという瑕疵は、実在のものであることが再確認された。


「ごめんなさい、教皇さん……あたしが治してあげられたらよかったです……」


 しょんぼりするヒメキアを、サレウスは穏やかな口調で慰める。


「よい……よいのだ……誰にでもできることとできぬことがある……いくらお前とて万能ではないことはわかっている……身から出た鯖だ、甘んじて受け入れよう」


 会期中いつ呼び出しても良かったのに、なぜこのときまで遅らせたのか、デュロンにはサレウスの態度と感情からわかった。

 一縷の望みが潰える恐怖に立ち向かうため、時間がかかったからではない。無理なものは無理だろうと悟っていたから、最後にいちおう、確認としてやってみただけなのだろう。


「……アンタ、死ぬのか」


 ついまろび出た質問とも感慨ともつかないものを、デュロンは口に戻すこともできず、二の句を告げないでいると、サレウスは平静そのもので答えた。


「そうとも、私は死ぬ……だが見方を変えればあと一年の猶予がある、せいぜい足掻いてみせるさ」


 思いのほか前向きな言葉に、デュロンとヒメキアは顔を見合わせて驚くしかない。

 その様子を見て、サレウスはどこか頽廃的な微笑を浮かべ、揶揄からかい混じりに忠告してくる。


「私より自分たちの心配をすべきだな……デュロン・ハザーク、ラムダ村でお前と話した際は『燻っていた火』という曖昧な表現をしたものだが……案の定と言うべきか、この四日間市外近辺ではいまだ信奉衰えぬ、お前たちの両親のシンパがジリジリと待ち構えていたようだ……もちろんお前と姉を新たな旗頭とし、今度こそこの教皇庁に革命の嚆矢を突き立てんと欲するゆえ……今回ばかりはベナンダンテの掟に救われる形となったやもしれぬな」


 呆気に取られるデュロンの反応を勘違いしたようで、サレウスはゆっくりとかぶりを振る。


「ああ、誤解を招くような含みが言外に生じたかも知れぬが、私は〈銀のベナンダンテ〉撤廃に関して、是とも非ともしておらぬ……アクエリカが死ぬというのも悪くはないが、その女が新たな教皇となるというのも、したがってまた悪くはない」


 いきなりドギツイ毒を吐かれたが、アクエリカが気になったのはそこではないようで、眉をひそめて反問した。


「サレウス聖下、あなたの『最悪』の話は聞き飽きました。たまにはあなたの思う『最善』の話も聞かせてくださる?」

「なるほど、一理ある……」

「いえ、一理というか……ポジティブな展望の一つくらい、普通あると思いますけど」

「すまぬな……悪い想定ばかりしているので、パッと出て来ぬ」

「そんなんだから〈死教皇〉なんて呼ばれて、挙げ句に死と仲良しになってしまうのよ」

「返す言葉もない」


 アクエリカとサレウスは、まるで世話焼きな娘とその老いた父のようで、良いか悪いかは別として、互いにある種の信頼を帯びている。

 サレウスは少し考えた後、おもむろに口を開いた。


「そうだな……私の思う『最善』は、私以外の誰も死なずに、教皇選挙が終わること」

「無理でしょうね。わたくしたち〈五枢要〉に絞っても、二人か三人死ぬと見ているわ」

「だろうな……」


 あっさり断言するアクエリカの意見を、サレウスも肯定する。

 デュロンも抱いた疑問を、ヒメキアが代わりに口にしてくれた。


「ごすうよう……ってなんですか?」

「ああ、この四日間の内になんとなく決まったんですけどね。『次代の教皇選挙において有力視される枢機卿』とか、『五人の有力枢機卿』とか毎回言うのめんどくさいでしょ。だから、ヴァレンタイン枢機卿、ステヴィゴロ枢機卿、バルトレイド枢機卿、グーゼンバウアー枢機卿とわたくしの五人を、そう呼称するようになったの。もちろん候補はすべての枢機卿だから、公称とするには尊大なため、あくまで便宜的な通称だけど」

「なんだかかっこいいです!」

「ああ、いいよな、〈四騎士〉とか〈五枢要〉とか、〈ラスタード四大名家〉とかよー。俺もなんかに数えられてみてーわ」

「そんなデュロンに朗報よ」

「すげー嫌な予感」

「知っての通り、教皇選挙は枢機卿が枢機卿を選ぶというものね。なので選挙権も被選挙権も持たないどころか聖職者、いえ、体制側ですらないにも関わらず、『我らこそ教皇を選ぶ権利を持つ闇の貴族なり』と僭称する悪党の集合が、ここゾーラのあるプレヘレデ王国、我々の地元ミレインのあるラスタード王国、その東の隣国イノリアル共和国の三国に跨って存在しているのよ。誰が呼んだか〈七選皇伯〉」

「朗報要素なんもねーよな」

「ちなみにそいつらはみんなわたくしのことが大嫌いですから、そろそろ妨害を仕掛けてくる頃かと思うわね。今後はそいつらに対処して、可能なら一匹ずつ潰す流れになります」

「しかも次の仕事の話だった。最悪だ……」

「聖下もお人格ひとが悪いわね。最善の話をしてと言ったのに、なぜ最悪の話をするの?」

「最悪な話をしたのはお前だと思うが……」

「ご、ごめんなさい! あたし、お話の首を折っちゃいました!」

「お話くんを殺してるわねヒメキア、腰よ」


 とっ散らかった話の筋を、秩序の象徴である教皇が軌道修正する。


「ではもう少し現実的な話をしようか……私にとっての『次善』の結末は、アクエリカとその部下たちが、幸せになって終わること」

「……意外ね、そこにわたくしも含めてくださるとは。さっきわたくしが死ぬのも悪くないとおっしゃってませんでして?」

「また『最悪』の話に戻ろう……私がもっとも恐れているのは、選挙に落ちて教会から脱したお前が、野良の怪物となって暴れることだ」

「自分で言うのもなんだけど、さもありなんという感じではあるわね」

「だろうとも……教会と信仰はこの女を縛る枷なのだ……そういうわけだから、お前たちには期待している。この女を頼むぞ」

「失礼しちゃうわ〜。二人とも、なにか言って差し上げて?」

「おー、任せてくれよ、聖下」

「あ、あたしがんばります!」

「この子たちも失礼しちゃうわね〜。わたくし怒りました。これ以上くたばり損ないと話していると、くたばり菌に感染するわ〜。さっさとミレインに帰って新鮮な空気を吸いましょう。それではお暇いたしましてよ〜」


 あまりにあんまりな言い草に、さしものサレウスも激したかと思いきや、彼がアクエリカを呼び止めた理由は、ずっと寛容なものだった。


「待て……お前と私が面と向かって話すのも、これが最後やも知らぬ……だから今言うが」


 胡乱げに振り向くアクエリカに、サレウスは噛んで含めるように言って聞かせる。


「私は知っている……お前の見果てぬ夢を」

「見果てますが? というか、どうかしら? あなたに肚を見せた記憶はなくってよ?」

「いいから聞け……夢のいいところの一つは、叶えた後でも新しく見られる点だ……」

「……」

「忘れるな……救いはどこにでもある。お前がそう望むのなら」

「……教皇聖下らしい、含蓄に富んだお言葉を頂戴いたしまして、ありがとうございます」


 皮肉めいた口調のわりに、殊の外真剣に受け取ったようで、ここに来て初めて真剣な表情と口調で、そしてだからこそぶっきらぼうに言い捨てて、アクエリカは退室した。


 この美しい背中について行っていいものか、いまだ迷う……そう思っていたのだ。

 ヒメキアを庇うオノリーヌを、彼女が助けて攫われた、ちょうどあのときまでは。



 三人が議場に戻るため回廊を歩いていると、見知った顔に出くわした。

 というより、話すために待ち構えていたらしい。


「やあ、アクエリカさん。元気?」


 ベニトラ・ドーメキを従えたトビアス・グーゼンバウアーは、昨日のイザコザであちら側に加担したことは忘れたのか、ずいぶん気さくに話しかけてくる。

 身構えるデュロンとヒメキアをよそに、アクエリカは笑顔で挨拶を返した。


「ええ、絶好調でしてよ」

「それは良かった。ああいう形になっちゃったけどさ、これからもアクエリカさんとは仲良くしたいわけ。いいかな?」

「構わなくってよ。昨日あなたが〈護教派〉についたことに、あなたの宗教的・政治的、いずれのイデオロギーも関係ない。ただなんとなく面白そうだったから。でしょう?」


 トビアスは悪びれもせず笑ってみせる。


「まあね。もし同じことを逆サイドから、アクエリカさんとヴァイオレインさんから誘われてたら、オレはそっちについてっただろうね」

「とんだ蝙蝠野郎だわ」

「仕方ないんだ、処世術ってやつさ。知っての通りオレは運だけの男。〈五枢要〉の中でも実力、実績、発言力に影響力、すべてが最下位。だけど、それがいいのさ。あんたたち上位者が揉めに揉めてる最後の最後、美味しいとこだけ掠め取っちゃうかもよ。ほら、言うでしょ……残りものには福があるってさ」


 アクエリカはさらに深い笑みで応じた。


「あなたを倒すビジョンは、すでにわたくしの頭にあります。二人零和有限確定完全情報状況で再起不能に陥れて差し上げますから、移住先を決めておくことをお勧めするわ」

「普段のオレは運が悪いが、諦めも悪いんだ。今からチェスの練習でも始めようかな」

「悪足掻きも自由でしてよ。では」


 枢機卿同士の「また会おうね」は、見ていてすこぶる心臓に悪い。

 満足げに背中を見せるトビアスと、一礼して去っていくベニトラを見送り、デュロンはまだキメ顔を維持しているアクエリカに尋ねた。


「ほんとにわかったのか? あの人に勝つ方法」

「彼を降参させる算段は立ったわ。だけどそういう状況に持っていく方法は未定」

「半分くらいハッタリだったんだな」

「アクエリカさん、かっこよかったです!」

「ふふ、そうでしょう、ヒメキア? さ〜、アホどもの相手は終わったから、今日の夜までと、明日の昼までは、街に出てお土産を買い漁ってくるわよ〜。その後ミレインに帰りましょうね〜」

「やった! あたしみんなのぶん買うよ!」


 デュロンがウォルコから任されたのは、ヒメキアの〈守護者〉という役目だ。

 ヒメキアを守ることができ、彼女が幸せである限り、アクエリカがどう仕切ろうと、とりあえず不満はなかった。




 教皇庁に付随する宿舎の一室にて。ヴァイオレイン・ヴァレンタインは陽が沈みかけ薄暗い部屋で灯りも点けず、ただなにかに備えてうずくまっていた。


「……まだ……? まだなの……? エリカちゃんどれだけ私を焦らすつもり……!?」


 アクエリカほどの極端な汗かきではないが、長い髪から幾筋もの雫を垂らす彼女は、部屋が完全防音なのをいいことに、痺れを切らしてついに叫んだ。


「どういうことなの!? どうして私を殺しに、刺客の一人も寄越さないの!? まさかステヴィゴロ枢機卿がすべての首謀者と認識して、カンタータの背後にいたのが私だと気づいていないなんてことはないわよね……!? 他の凡骨ならいざ知らず、エリカちゃんに限ってそんなことがあるわけないけど……!」


 自分で自分の髪を引っ張り過ぎて顔の皮まで歪め、魔女のような形相になっていたヴァイオレインだったが、ふと気づきを得て力を緩め、一気に恍惚の表情となって歓喜で床を這い回った。


「そうだわ……! きっとエリカちゃんはまだ、私を試してくれてる……! このわたくしが直接手を下すに足る女になりなさいと、そう言っているのよ! 聖女の一人で足りないのなら、次は〈七選皇伯〉の一人を動かしてみようかしら? それとも〈四大名家〉の白か赤を嗾ける……? ああ忙しくなってきたっ!! これが! この感情こそが愛っ!! エリカちゃんへの愛が! 留まるところを知らず溢れてくるわ!! エリカちゅわわわわんんん!!!」


 例の「エリカちゃん椅子」にウネウネとまとわりつくヴァイオレインの様子を、したくもないのに認識していたヴァレリアンは、以下のように感じたという。

 うわぁ……。こいつ、もう、ほんとダメかもしれん……。なんでこうなった? マジで縁切りたくなってきたんですけど……。




 聖騎士ゴルディアンとともに宿に戻ったレオポルト・バルトレイドは、明日の朝発つ準備を整えつつも、ふと窓の外を見て考え込む瞬間を多く迎える。

 どこか上の空な主の様子を見かねて、話しかけてくる聖騎士に、枢機卿は静かに反問した。


「狼のもっとも恐ろしい点はどこだと思う?」

「やはり……奴らのことを考えておられたのですね」

「まあな」


 答えないゴルディアンもゴルディアンだが、答えを待たずに勝手に喋るレオポルトもレオポルトだ。


「パワーやスピードやスタミナ、凶暴や冷酷は脅威だが本質ではない。感知能力や適応能力、これらも目覚ましいもののまた違う」


 結論ありき、しかも己の経験ありきの語りは良いことでないと自覚はするが、気の置けない腹心が相手だ、遠慮なく問わず語りを続ける。


「儂が思うに……それは『』だ。といっても、ここで言う情とは優しさとか、肉親への愛とかそういったものではない。恐怖や混乱、自失や狼狽……これらと無縁である点だ」


 話しているうちに当時のことを思い出してきて、声の震えを自覚するバルトレイド。


「胆力、覚悟、冷静さ、精神の強さ……言葉にすると安く聞こえてならんな……死の間際でもティータイムと同じくらいリラックスして思考でき、一発逆転の大博打を親友とのチェスにも劣らず平常心で始められる……そしてなにより己の命を駒の一つと考えられる、透徹し切った合理的回路……獣の賢さは、人間や魔族のそれとは違う。無駄に複雑化することなく、単純なことを単純なままに判断・遂行する能力だ」

「奴らは……ハザーク夫妻は、魔族ですらなかったと……?」

「少なくとも儂の主観ではそうだったよ」


 悪魔憑きの魔族は間違いなく魔族ではある。だが狼の悪魔が憑依したガレナオ・ハザークの強さときたら、〈四騎士〉が四人がかりでなお手こずらされるレベルだった。当然レオポルトなど相手にもならない。奴の末期の記憶に残らなかったに違いない。

 レオポルトにトラウマを与えたのはもちろんのこと、ハザーク夫妻は彼らを見事誅滅した〈四騎士〉にすら、キャリアや有り様を左右しかねないほどの、多大な影響を与えているのだ。当代〈四騎士〉の共通点として「職務上なにか(誰か)を演じている」というのが挙げられがちだが、もう一つの共通点がこれである。


 十年前当時弱冠十四歳でありながら、すでにオスティリタに迫る念動魔術を修めていた〈白騎士〉は危機感を覚え、「強大な魔術を用いた強大な物理攻撃(弓術)」という、彼女自身も仮想敵がよくわからなくなるほどの入念な対策技術を練り始め、今やメインの戦闘スタイルに定着している。


 魔力も膂力もパワー一辺倒だった〈赤騎士〉は搦め手の重要性を意識し始め、ヴァイオレインを教皇候補として担ぎ上げたかと思うと、これまで部下に丸投げだった聖務や雑務に勤しみ始め、今では聖騎士の理想像とすら呼ばれるに至っている。


 ジュナスにすら不可能だったとされる「複数系統の魔術における神域到達」を火・風・土を擬似人格の発現と制御による別個鍛錬で成し遂げた〈黒騎士〉だったが、できることはすべてやらなければ以後の世界を戦い抜けないと痛感したようで、すぐに水を極め四大元素をコンプリートしたが、特に満足した様子がない。


 一番わかりやすいのが〈青騎士〉だ、能力で直接、現身うつしみとなっている。レオポルトは奴の顔を見るたび震え上がるが、〈青騎士〉自身も鏡を見るたび気分は良くないと聞く。死んだ後まで生者を悩ませる、なるほど確かに彷徨亡霊ベナンダンテだ。


 大別すると〈白騎士〉〈青騎士〉は夫ガレナオに、〈赤騎士〉〈黒騎士〉は妻シェミーズに強い影響を受けていることになる。レオポルトはというと前者のようでいてどちらかというと後者だ。魔力を含む血を別立てで用意すれば、魔力のない者でも悪魔を召喚できる。が、オノリーヌとデュロンの母親が恐ろしいのは、ただ悪魔を運用し、夫に憑依させていたというだけではない。


 誰でも思いつくが誰も実行しないことというのがある。あの夫婦は頭がおかしいので、そういうやつを平気でやったのだ。

 ガレナオの方はわかりやすい。普通に戦って〈四騎士〉に勝てるなら良し。しかしたぶん無理なので、〈青騎士〉に自分を殺させて模倣させ、ということになる。


 おそらく息子デュロンのためなのだろうが、自我や人格は別者でガワだけというのが、どういうなにを想定した策なのか見当もつかない。バカの考えることはわからないというやつだ、わかりたくもない。

 ハグでもして在りし日の父の温もりでも思い出させてやろうというのだろうか(←自分で考えておいてレオポルトは「儂の発想気持ち悪」となった)。


 シェミーズの方は……レオポルトは正直かなり狙いの見当がつくのだが、これを言うといよいよおかしくなって誇大妄想を口にしていると思われる可能性が高い。証明する機会にも恵まれない上、一日目午前の会議で散々話題にしたことを蒸し返していると思われるのがオチだ。

 オノリーヌも弟から話を聞いて、この考えに至っている可能性が高い。まさか彼女がそれを使って打って出てくるとは思えないが、彼女とベルエフ・ダマシニコフの動向には一層注意を払うべきと思える。ともかく……。


「……メリクリーゼが言っていたな……儂を、内戦中に前線に出ていた将校だと……」

「ええ」

「体験は語り継ぐものではない、得た者が行動原理とするものだ。ここから儂のするべきは」


 先日ウォルコ・ウィラプスが召喚した、狼の悪魔を見て確信した。仮に……仮に、もっとも単純に考えたとして……今の〈青騎士〉に狼の悪魔が憑依し、肉体の主導権を奪われたとしたら、十年前の再来となる。

 いや、もっと悪い。そのとき教皇庁にいる他の四騎士は、当時と違い最大三人となるわけだが、ストレートにそういう狙いだとしたら?


 あるいはまさにこういった疑心暗鬼を煽るという策なのかもしれない。だが……。

 レオポルトが超えるべき相手は、救世主ジュナス? 破壊天使オスティリタ? 違うのではないか?


「〈死〉を司る〈青騎士〉……そろそろ彼奴あやつと向き合う時期なのかもしれんな」

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銀のベナンダンテ 福来一葉 @fukurai

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