第三章 第四話(最終話)

 最大余震によって発生したちようきゆうのうずまきにのみこまれながら全人類は一所懸命にそれぞれの『いちばんかけがえのないひと』のてのひらをにぎった。恋人とてのひらをつなぐ天涯孤独の学生。義理の家族とてのひらをつなぐ飛行機事故の遺族。自分たちの離婚ではなればなれになった息子とてのひらをつなぐ父親。一緒のゆめをもってばくしんしてきた友人とてのひらをつなぐ少年。していたところをすくってくれた牧師とてのひらをつなぐ孤児――。人種も性別も思想も年齢も超越して全人類は恋人や家族や子供や恩師といった『いちばんかけがえのないひと』とてのひらをにぎった。『これから全人類はそのひとと永遠のときをすごす』ことになるのだ。おれもあいや家族とてのひらをつないでいた。あいとおれの反対側では父親と助手がてのひらをつないでいた。そのとき最大余震の震動で助手は愛用のタブレット型PCをてばなしてしまった。「あのPCには 阪神淡路大震災でなくなった ぼくの家族の写真ファイルがっているんです」とさけんで助手はやむにやまれず父親のてのひらをふりほどいた。父親は懸命にてのひらをのばしてきく。「きみは だれのてのひらをにぎるつもりだ」と。助手はにこりとしていう。「ぼくは家族も親戚もいませんから 永遠に孤独です」と。父親はさけぶ。「それはいけない きみも一緒にきなさい」と。父親が奮励努力して助手のてのひらをにぎるとさらなる余震が発生しおれたちはぐにゃりとねじれておれはあいのてのひらをはなしてしまった。叔父が必死におれのてのひらをにぎっていう。「おまえにとって いちばんかけがえのないひとはだれだ」と。おれはなんのわだかまりもなく微笑して叔父のてのひらをはなした。明滅する宇宙の破片がうずまいているなかおれはあいをめがけて時空をおよいでゆく。背後から叔父のこえがきこえる。「それでいい 人生は二回もないんだぞ」と。叔母のこえがきこえる。「あの子を絶対にまもるんだよ」と。母親のこえがきこえる。「かけがえのないひとをかなしませちゃだめだよ」と。父親のこえがきこえる。「絶対に後悔するんじゃないぞ」と。助手のこえがきこえる。「みじかかったけれど きみもぼくのかけがえのない家族です」と。家族全員のこえがきこえる。「いくんだ 正樹」と。おれは一瞬だけ背後をかえりみていう。「バイバイ」と。おれは全身全霊をとして時空のうずまきのなかをおよいでいった。途中全人類がそれぞれにかけがえのないひとのてのひらをにぎったことを確認した。全人類は全人類にいっていた。「わたしは あなたをつれてゆきます」と。「ぼくは おまえをつれていくんだ」と。時空のねじれのなかで体勢をくずしたあいが最後のちからをふりしぼっておれにてのひらをのばした。おれは自分のてのひらをのばしてあいのてのひらをにぎりしめる。おれとあいはおたがいにひっぱりあって抱擁する。おれはいう。「おれは きみをつれてゆくよ」と。

 すべてがおわろうとしていた。

 おれとあいはてのひらをつないで世界をながめた。いな。世界のおわりをながめた。全人類は『いちばんかけがえのないひと』と一緒に永遠をすごすのだろう。おれにとって『いちばんかけがえのないひと』はこのひとだったにすぎない。すべての『いちばんかけがえのないひと』が『いちばんかけがえのないひと』なのだ。あいはおれにいった。「まだ やることがのこってるよね」と。おれはうなずいた。おれとあいはくの時空の特異点であるいわゆる『ゲーデル解』をばたあしでおよいでいってみつけた。宇宙の破片のひとつに本震が発生したときのあお神社がうつっている。唐突に時空が長岡空襲のときの長岡市とつながっておどろいているおれがいる。おれとあいは長岡空襲のさなかの長岡市へとおりたってそのときのおれをみちびいた。おれとあいはてのひらをつないだままそこからレイテ島や第二次世界大戦中の日本列島や第一次世界大戦中の欧州戦線をとびこえていった。予想どおりにそのときのおれはいまのおれとあいをおいかけてはしってきてくれる。おれとあいはそのままねじれた二兆個をこえる時空をはしってそのときのおれをあお神社へとたどりつかせた。おれとあいはおなじようにおもいでの時空へとむかって帰還できなくなったおれの叔父や叔母や母親や父親をみちびいてゆきおなじ時空のあお神社へとつれていった。そのときのおれと家族が二年前のあいをたすけているうちに現在のおれとあいは初詣でおれとわかれてしまったときのあいをみちびいて余震ぎりぎりでおれたち家族がきびすをかえしたあお神社へと到着させた。こうやっておれとあいは『やるべきことをすべてやった』。さらに目的地へとむかって時空を超越し巨億の全人類の人生をながめていった。人類で最初に夫婦となった猿人たち。奴隷制度のなかでも恋人と愛しあった奴隷たち。幾度もくりかえされた戦争にたおれた軍人たちとかれらを殺戮して凱旋した偉人たち。藝術に人生をとしながらひとつの作品もひさがれなかった藝術家たち。衝突の世紀のなかでくりひろげられた巨万巨億の喜怒哀楽の群像劇。超弩級の災害に翻弄されたおれたちの故郷に生滅したなかまたち――。おれとあいはかたりあった。おれはいう。「みんな必死に生きてきたんだな ひとりのこらず くるしくて せつなくて やるせない人生をさ」と。あいはこたえた。「そんで みんな本当にしあわせをねがってた」と。おれとあいは目的地をみつけた。静寂につつまれた暗闇のなかで孤島のかたちであお神社がうかんでいる。おそらくあお神社の半分がビッグ・リップにのみこまれなかった量子論的宇宙におけるあお神社だ。境内の灯籠がきらめいておりかろうじてあお神社の全貌がみえる。おれとあいは『その宇宙の破片』にとびおりてあお神社の屋根のへりにすわった。暗闇の最涯てをながめると『世界でいちばんかけがえのないひとたち』とてのひらをつなぎあった全人類とばらばらになった世界が事象の地平線のかなたへととおざかってゆく。おれはいう。「みんな しあわせになるのかなあ 永遠の愛って こんなもんなのかなあ」と。あいはいう。「永遠の愛なんて存在しないよ 愛っていうのは 全部永遠なの」と。おれはわらった。あいはふてくされてしまった。おれはあいのてのひらをつよくにぎった。

 こうやって永遠の物語はおわった。

 これから永遠の物語がはじまるのだ。


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『きみをつれて~宇宙大震災』中篇小説 九頭龍一鬼(くずりゅう かずき) @KUZURYU_KAZUKI

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