第三章 第三話

 二年前のあいをすくったおれと叔父と叔母と母親と父親は元来つながっていた時空をまたいであお神社へと帰還した。おれたち家族がかえってくるまで父親の助手はタブレット型PCで計算をつづけていた。うすぐらいかおつきの助手がいう。「教授 この宇宙はばらばらになった時空の再接続で ぎりぎりの直径をたもってますが そもそも 一度ひきちぎられた時空のあつまりなので まもなく巨大な余震で再接続不可能なくらいに『ごちゃまぜ』になるかとおもわれます」と。父親がきく。「余震まで何分だ」と。助手はこたえる。「現在のゆるやかな微分値がふたたび指数関数的発散へとむかうのならば 余震まで『九秒』です 八 七――」と。父親はさけぶ。「みんな てのひらをつなぐんだ 量子レベルでつながっていれば ばらばらにはならない」と。こうやっておれは叔父のてのひらをにぎり叔父は叔母のてのひらをにぎって叔母は母親のてのひらをにぎった。あいあお神社にたどりついていない。あいはやんちゃなところはあるが約束はまもる。「世界がばらばらになったら あお神社にくるんだ」と約束したのだ。助手はつづける。「五 四 三――」母親は父親のてのひらをにぎって父親は助手のてのひらをにぎる。助手が「二 一」といったときだった。あお神社の周囲のじぐざぐの時空をまたいで現在のあいがはしってきた。おれはあいのてのひらをにぎる。助手がかぼそいこえでさけぶ。「余震きます」と。一瞬の間隙があって巨大ながらの球体がくだけちるごうおんがとどろいた。本震とは相違してごうごうたる破裂音だった。あお神社も周囲の暗闇もすべてがはじけとんでおれたちみんなはちようきゆうにねじれたせんじようの時空のトンネルのなかへとすいこまれてゆく。同様に『全人類』が時空のトンネルのなかへとすさまじいいきおいですいこまれていった。おれたち全人類は『みた』。せんじようの時空のねじれのなかに映写される『人類の歴史』をみた。四〇〇万年前に直立二足歩行をする猿人があらわれてけんらんごうなる四大文明がそびえたち古代ギリシャや古代ローマ帝国の戦争の歴史をへてキリスト教が世界にひろまり十字軍の遠征やレコンキスタや百年戦争がありぶんげい復興期と大航海時代をへてアメリカ合衆国の独立やフランス革命や産業革命があり明治維新をまたいで第一次世界大戦が勃発し第二次世界大戦という最大の悲劇をのりこえて人類は戦争の世紀を超克していった。これらの時代をかんしたおれたち人類は『もうひとつの現在』をみつめた。おれはみた。初恋のひとに告白した叔父や過去の自分自身をすくった叔母や次男の自殺を阻止した母親や四〇歳の親友と再会した父親をみた。助手がかたてでタブレット型PCを凝視しながらいう。「これらは量子論的に分岐しながらも 隣接した宇宙でのできごとですね 過去はかいざんされると現在がかわるのではなく もうひとつの現在ができるわけです でも これは危険な状況です 多元宇宙までもがビッグ・リップに干渉されているとなると これから 『すべての宇宙が破裂する』可能性があります」と。

 おれたちは覚悟せざるをえなかった。

 せんじようにねじまがった時空のトンネルをぬけて文明のはじまりから現代の世界までながめてきたおれとあいと家族と人類は最後に『ビッグ・リップが発生している現在』までおしながされていった。みんなでてのひらをつなぎながら父親が助手にきく。「ビッグ・リップで時空がかくはんされて かくはんされた時空の最涯てまでたどりつくと なにがおこるんだ」と。助手はいう。「これは教授がおととしに発表した論文にあるとおり 『時空が破裂すると全人類は破裂のいきおいでゲーデル解までふきとばされる』という可能性があります」と。おれとあいと家族と人類はどうもうなるいきおいで世界のおわりをつきぬけた。世界のおわりのおわりは完璧に時空がねじれていた。過去も現在も未来もひとつの『点』でありひとつの『点』のなかに全人類があつまっていた。厳密には宇宙のはじまりから世界のしゆうえんまでのすべての時空と全人類の霊肉がめまぐるしく『渦』をなす世界に幽閉されていた。助手がさけぶ。「これはまだ世界のおわりではありません ここはたしかにゲーデル解であり 時空の特異点ですが 『ひとつの宇宙の特異点』にすぎません ぼくの計算にまちがいがなければ 『これからすべての宇宙 無限個の宇宙 すなわち窮極集合のすべてが崩壊』します」と。すぐに状況を理解したらしい父親が『点』のなかに密集した全人類にさけぶ。「全人類のみなさん てのひらをつないでください 世界がおわっても 量子レベルで接続されている個体はつながったままでいられるはずです みなさん 『世界でいちばんかけがえのないひと』のてのひらをにぎってください おそらく 我々はこれから 『そのひとと永遠に一緒に存在する』ことになります」と。助手が絶叫する。「最大余震まで一〇秒 九 八 七 六――」おれたちはしっかりとみんなのてのひらをにぎっていた。助手がちからなくさけぶ。「――三 二 一 最大余震きます」と。同時に『点』に凝縮されていた時空は完全に崩壊しおれたち全人類はまた霊肉が分離して『宇宙のそとがわ』へとすいこまれていった。宇宙のそとがわははくの世界となっており無限個の宇宙がうかんでいた。マルダセナの対応によって予測されていた『二次元の膜宇宙』が複雑なる智慧の輪状のじゆつなぎになってえんえんとつづいている。おれたちがはじきだされた膜宇宙が静寂をどよめかせながらがらのかけらのかたちに崩壊してゆくと連鎖的に左右の膜宇宙が壊滅していった。こうやって無限個の膜宇宙が沈黙したまま破裂してゆきおれたち全人類の視界は『それぞれの世界の出来事が映写されたがらの破片』のうずまきでみたされていった。すると無限かける無限個の宇宙の破片はきらめくがらの団塊となって一方向へとすいこまれていった。宇宙のかけらがすいこまれてゆく最涯てには白銀の巨大な薔ばらがうかんでいた。

 おれたちはしっかりとてのひらをにぎりしめた。

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