第5話 判決
カツーン カツーンと長く響く足音で、リンは目覚めた。
石の地下牢は寒かったが、寝台の寝心地は悪くなかった。楽しかった旅の夢が見られたのが良かったのかも知れない。
(あの兄ちゃん、元気でやってるかな?)
ウィルの淋しそうな金色の瞳を思い出すと、キュンと胸が締め付けられそうになる。
一緒に居たのはたったの十日。その間、彼は自分の素性に関する事を一言も話さなかった。ただ、自分はいらない人間なのだと、自虐的な言葉を呟いただけだった。
彼は身分のある人間で、食べる苦労などしたことがない筈なのに、どうしたらあんな風に傷ついた目をするようになるのだろう。
ウィルと別れた後、諸国を旅しながら、リンはずっと疑問に思い続けていた。
(ま、おいらたちにはわからない苦労があるってことだな)
結論はいつも同じ。わからない事はわからないままだ。今後も知ることはないだろう。
寝台に横たわったままぼんやりしていると、ガヤガヤと賑やかな声が聞こえて来た。地下牢には場違いな、元気な女たちの声だ。
牢の前に現れたのは、前掛けをしたおばちゃんの軍団だった。ここで働く下女か何かだろう。みな腕まくりをしている。
「さぁさ、始めちまおう!」
貫禄のあるおばちゃんの一声で、リンは牢屋から連れ出された。風呂に入れられ町娘が着るような薄緑のワンピースを着せられた。
「何するんだよ!」
「暴れるんじゃないよ。お前さんはこれから法廷に立つんだ。薄汚れた格好で陛下の御前へ出るなんて、例え罪人でも許されないんだよ!」
「……陛下の……御前?」
おばちゃん軍団の手で綺麗になったリンは、あっという間に法廷とかいう場所につれていかれた。
そこは玉座の目の前だった。
左右には偉そうな奴らが大勢座り、中央に設けられた四角い柵の中にリンは立たされた。貴族や軍服を着た男たち全員の目がリンに注がれている。
やがて王冠を被った白髭のじいさんが玉座に座ると、その脇に立つ軍服の男が口を開いた。
「お前の名前は?」
彼の言葉が自分に向けられた質問だと理解した瞬間、リンの体はぶるっと震えた。
「リン」
「では一年前、レラン王国の差し向けた呪者の捕縛に協力したリン、で間違いはないか?」
「……はい」
恐る恐る頷くと、軍服の男は王様に一礼して下がって行った。
「リンとやら。そなたの協力のお陰で王女の呪いは解けた。例えそなたが戦場荒らしだとしても、恩人を処刑する訳にはいかぬ。もちろん、そなたが二度と戦場荒らしをしないと約束すれば、の話だ。どうだ、約束出来るか?」
王様の話は、想像していたのとは違っていたが、リンは即座に頷いた。
「よしよし。これでそなたは晴れて自由の身だ。だが……ひとつ困ったことがあってな」
「困ったこと?」
「そうじゃ。もう一人、そなたと共に呪者を捕らえた者がいただろう? 名をウィルフリートと言って、王籍には入っておらぬが、我が息子のひとりだ」
リンはハッと息を呑んだ。
どこから現れたのか、ウィルが玉座の隣に進み出たのだ。
「この者は、呪いを解いた褒美に何でも望むものをやろうと言ったら、そなたを探してくれと言いおったのじゃ。他には何もいらぬ。爵位も返上し、平民になっても良いと言い出したのじゃ。よって、我はウィルフリートに望むものをやろうと約束した。そういう訳で、そなたはウィルフリートの預かりとなる。晴れて自由の身とは言ったが、その約束は忘れてくれ」
「は?」
王様の言っている事がまるで飲み込めなかった。
口をパクパクさせているうちに、裁判は閉廷したのか王様は去ってゆき、集まっていた人々も興味を失ったようにガヤガヤと立ち去って行った。
ガランとした広間に、柵に囲まれたリンとウィルフリートだけが残された。
「リン!」
ウィルが足音を響かせて、大股で近寄って来る。
その姿を目にした途端、視界が白く輝いた。床から玉のような光が湧きだし、天井に向かって昇ってゆく。
キラキラと輝く光の中で、ウィルが手を伸ばしてリンを柵の中から抱き上げた。
「呪者を届けてすぐ、お前を探したんだ。でも見つからなくて……いつモラード王国に戻ったんだ?」
金色の瞳に射竦められていたリンは、ハッと我に返った。抱き上げられているのが恥ずかしくて顔が熱くなってくる。
「お、下ろしてくれよ! とにかく、下ろせって!」
ジタバタするリンを、ウィルは仕方なさそうに床に下ろした。
「た、旅に出て半年くらいでさ、アスールの裏町で金を巻き上げられたんだ。仕方なく、戻って来たのさ」
リンは腕組みをしてプイッと横を向いたが、町娘のような格好のせいか、何だか決まらない。
「そうか……俺にもお前みたいな力があれば、すぐに見つけられたのにな」
シュンとした気配に振り向くと、リンを見つめる金色の目が僅かに陰っている。
「ほ、褒美はいらないって言ったじゃないか! おいらの事なんか気にしなくていいってのに……はぁ、まさか王子様だったとはな」
「王の子なのは本当だが、王子ではない。生まれは西の辺境だ。頂いた爵位も返上したが、結局小さな領地をもらったんだ。リン、一緒に来てくれるよな?」
リンは答えられずに目を逸らしたが、どこを向いてもウィルの視線が追って来るようで、ひどく居心地が悪かった。
会えたことは嬉しかった。でも、自分とウィルがいかに違うかを見せつけられたようで、どうにも堪えがたいざわめきが胸にある。
「なっ、何でおいらがついて行かなきゃいけないんだよ。おいらにはおいらの人生ってもんがあるんだからさぁ」
叫び出したい気持ちを抑えて呟くと、ウィルは瞳から陰りを消し去って、心底可笑しそうに笑いだした。
「女の格好をしてると、妙にちぐはぐな感じで可愛いな」
「は? 話題をすり替えんなよ! そもそもおいらが女だっていつから知ってたんだよ?」
「あの泉で気づいた。リンには悪いけど、この判決は覆せないんだ。だって、これは王命だからね」
人の悪い笑みを浮かべたウィルは、リンをもう一度抱き上げた。
「リン、旅の続きをしよう」
そう言って笑ったウィルの瞳は、陰りのない金色に輝いていた。
おわり
戦場荒らしと謎の剣士 滝野れお @reo-takino
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