第4話 呪者
「なぁ兄ちゃん。呪者を見つけたら、どうやって捕まえるつもりなんだ?」
結局、翌日のオアシスでも追いつけず、その後も砂嵐に見舞われたりと不運が続き、リンと剣士の旅は続いた。その間、リンは何度もウィルの素性を探ろうとしたが、彼は呪者のこと以外はなかなか話してくれなかった。
黙っているのもつまらないので、リンは馬に揺られながらも呪者の話題を口にする。
「捕まえはしない。殺すだけだ」
「えっ、殺すの? 呪いってのは、呪者を殺せば解けるものなの?」
リンが驚いて聞き返すと、ウィルは口を噤んだ。背中しか見えないが、きっと困った顔をしているに違いない。
「もしかして兄ちゃん、わからねぇのか? おいおい……殺しちゃった後で結局呪いが解けなかったら、どうするつもりなんだよ!」
リンは腕組みをして考え込んだ。
呪者の居場所を教えて金貨は貰うが、捕り物は高みの見物を決め込むつもりだった。だが、どうやらそうもいかないらしい。
「わかったよ! 仕方がないから、おいらが協力してやるよ!」
呪者に追いついたのは、旅を始めて十日目。ベルデ共和国の南の港町だった。船を待つ乗客たち用のテラスで、優雅にお茶を飲んでいる所へ乗り込んだ。
「ねぇおっちゃん! あんたあの船に乗るのかい?」
「何だ小僧。何か用か?」
勝手に向かいの席に座り込んだリンを、蛇のような目の男が睨みつけた。
「おいらも船に乗りたいんだ。おっちゃんはあの船に乗って何処へ行くの? レラン王国?」
「違う。あれは西のアスール王国行きの船だ」
「え、アスールなの? おいら、おっちゃんはレランへ帰るんだと思ってた。……ってことは、おっちゃんは祖国を捨てるつもりなの?」
「なっ、何だお前! 何を────」
立ち上がろうとした呪者の肩を、ウィルが背後から押さえて再び座らせると、リンが行儀悪くテーブルの上に肘をついて身を乗り出した。
「お、おまえら、まさか、レラン王が差し向けた追手か?」
「へぇ、レランからも追われてるの? おいらたちは正義の味方だから、おっちゃんが呪いを解くと約束すれば命までは取らないよ」
「モラードの追手……なのか? た、頼む。レラン王は残酷な男だ。命令に従わねば殺されるが、従っても殺される! 俺は二度とあの国へは戻らない!」
蛇のような目をした呪者は、意外と肝の小さい男だった。
「王女の呪いを解く方法は?」
後ろからウィルが凄むと、呪者は懐から緑色の石を取り出した。
「これが、呪い石だ。これを壊せば、呪いは解ける」
ブルブル震える手からウィルが呪い石を受け取る。
「兄ちゃん待って! まだやんない方が良い。万が一嘘だったら、壊した物は戻せない。こいつを連れて帰って、一緒に呪いを解くんだ!」
「わかった。王女の呪いが解けたら、お前の命は取らないしアスールへ送ってやる」
ウィルの言葉を聞いて、呪者は萎びた蛇のような顔でコクリと頷いた。
────ちゃりん。
リンは、十枚の金貨を手のひらの上で転がした。
夢にまで見た大金なのに、案外嬉しくないものだなと不思議に思う。
ウィルは帰路の準備を始めている。呪者を護送するために、友好国であるベルデ共和国の兵を借りるらしい。一人で様々な手続きをするウィルは貴族そのもので、旅の間とはまるで別人のようだった。
「……おいらは、お役御免かぁ」
二人で過ごした十日間は、リンにとって過酷な日常を忘れられる楽しい旅だった。こんな旅がいつまでも続くとは思っていなかった筈なのに、もう終わりだと思うと淋しさが込み上げてくる。
帰路はリンの助けなど必要ない。ベルデの兵たちが居れば、ウィルは役目を全うできるのだ。
貴族や国の正規軍の中に戦場荒らしの小僧は場違いだし、一緒に行くのは気が引ける。
港に停泊する大きな船をリンはぼんやり眺めた。海は光を受けてキラキラと輝き、白い鳥が大きく羽ばたきながら青い空を飛んで行く。
リンの心は、波にたゆたう船のように定まらなかった。
「おい、リン! 帰るぞ!」
船着場に佇んでいるリンの元に、手続きを終えたウィルが戻って来た。
さっぱりとした貴族らしい服に着替え、無造作に下ろしていた黒髪も今は後ろに撫でつけてある。
彼のその姿を見た瞬間、リンの心は定まった。
「なぁ兄ちゃん。ここで別れようぜ。せっかくベルデまで来たんだ。おいら、もっと旅を続けたいんだ。この通り金もあるしね」
「え……」
ウィルは驚いたように目を瞠っている。金色の目が寂しげな光を浮かべたのは、きっとリンの気のせいだ。
「何故だ? モラードへ帰れば……王女様の呪いが解ければ、お前にももっと褒美が出るんだぞ?」
「褒美ならこれで十分さ。旅に飽きるか、金が尽きたら帰るよ」
リンは強がってニカッと笑った。
楽しい旅が、終わりを告げた瞬間だった。
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