5.勘弁してくださいよ

 五乃ごだいが気まずくなるのもおかしいはずだが、どうにも、いたたまれない。


 よっぽどの顔をしていたのか、鳳澄ほずみが画面の中で、ひらひらと手を振った。


「重くなる話じゃないってば。とにかく諸々もろもろ、環境を変えて、心機一転しんきいってんがんばろうってことよ! レンと同じ。だからさ、けっこう本気で、初詣はつもうで、行こうよ!」


 ヒューマノイドが後ろ手を組んで、五乃ごだいに歩み寄る。五乃ごだいは大きくため息をついて、苦笑した。


「……神さまが混乱しそうだな。その状態でお祈りしたら、八百万やおよろずの神さまとキリストさま、どっちの管轄かんかつになるんだ?」


「ありがとー! 疲れてるレンのために、ホント、御休憩ごきゅうけいもセットで良いからさ!」


「ホテルだって、入り口に防犯カメラくらいあるんだぞ。こんな特殊性癖とくしゅせいへきのおもしろ画像、られてたまるか」


 実際問題、鳳澄ほずみ三鷹みたかが冗談にしていたように、日本文化ジャポナイズされて美少女キャラクター型のヒューマノイドなんか普及しようものなら、そういう方向の特殊営業が発生するかも知れない。先駆者になる気は、五乃ごだいには毛頭もうとうなかった。


「それにしても、じゃあ、人間関係も就活もゼロ基盤きばんでスタートか。けっこう大変だな」


「レンこそ大げさよ。あたしだって、高校までは普通に日本で通ってたし、友達ならいっぱいいるよ。就職のあてだって、実は今から……」


 もうすぐ駅が見えるタイミングで、雑談が止まった。


 いや、ヒューマノイドが、動きそのものを止めた。五乃ごだいが、いぶかしんでモニターをのぞくと、鳳澄ほずみがほとんど画面外に身体を伸ばしていた。


「ごめん。なんか受付で、もめてる。あ……元カレだ」


「なんだって? おい、大丈夫なのか?」


「すごい騒いでる。警備の人も……警察沙汰けいさつざたになるかな、こりゃ」


「ロス市警か。悲惨だな」


 荒っぽさで、ジョークどころか度々ニュース映像にもなる、ロス市警だ。五乃ごだいが肩をすくめる横で、ヒューマノイドが、見るからに自動制御っぽく座り込んだ。


「んー、さすがに後味が悪くなっちゃうな。あたしの名前、叫んでるし……ちょっと行ってくる。待ってて」


「はあ? 待つって……この状態でか? おい! こっちは深夜の道端みちばたなんだぞ! おい、鳳澄ほずみ! おい!」


 慌てて叫んでも、どうやら遅かった。正座したような格好のヒューマノイドの、頭部モニター画面は、運営会社のロゴマークが踊る待機状態になっていて、肩の白色LEDも消灯した。


 大晦日おおみそかから新年になる直前の遊歩道に、ぽつんと、おかしな物体と五乃ごだいだけが取り残された。


「……いつまで、だよ……?」


 五乃ごだいは、途方に暮れた。他にすることがなかった。


 この後に及んで、放置して帰るわけにはいかないが、運ぶ手段もない。呼ぶとしてタクシーなのか、宅急便なのかロードサービスなのか、それすらわからない。


 周囲には、飲み物の自動販売機さえ、ない。そして寒い。


 五乃ごだいは観念して、星を見上げた。


「元カレとか、もめるとか……本当に元気だよ。世の中、みんな」


 どうしようもなく、れたため息が出た。


 五乃ごだいも、この年齢までに、それなりの恋愛経験があった。現在が独りなのだから、そのすべてに失敗したということだ。


 思い出しても楽しくはないが、こんな仕様もない、暗くて寒い空白時間は、楽しく過ごそうとしても無理だ。


 五乃ごだいの恋愛は、いつも、そんな感じだと思わなかった、と言われて終わった。相手や環境が違っても、結果が同じだったので、原因は五乃ごだいの側にあるのだろう。


 修正できなければ、また同じ結果を繰り返す。と言って、一人で気がついて修正できるくらいなら、この年齢まで苦労していない。


 わからない、わかりにくいと不貞腐ふてくされていたが、それがそのまま相手の感想だったのかも知れない。


 鳳澄ほずみと、申しわけ程度の三鷹みたかの言葉に、なんだか目のうろこを取り替えたような気づきがあった。感謝するのはくやしいから、初詣はつもうでの神さまに、代わりに感謝しておこう。それで来年、御縁ごえんがあればもうけものだ。


 五乃ごだいは駐機状態のヒューマノイドの、肩に腰かけて、誰にともなく笑った。


「にしても、あいつ……なんか、就職のあてがあるみたいに言ってたな」


 ぶった切られる直前の、鳳澄ほずみとの会話を思い出す。五乃ごだいの脳裏に、警告灯の赤い光がまたたいた。


「理事長さんと仲良くしてて、一条いちじょう先生せんせいもいるし……まさか、病院にくる気なのか? そうなったら、たまったもんじゃないな」


 帰国を決めた理由は、はっきりしないことを、ごちゃごちゃ言っていた。そういうこともあるだろう。人生に一大決心なんて、あんまりない。


 なんとなくとか、ちょっといい感じとか、運命だって多分、その程度のものが集まってできている。


 五乃ごだいは、もう変わる新年の空に、星に、願いのようなものを指折り数えて祈りながら、芯まで冷える寒さに耐えていた。



********************



 結局、ロス市警の大ざっぱな事情聴取も含めて二時間ほど放置された五乃ごだいは、新年早々に風邪かぜをひいて、こじらせて寝込んだ。


「なになになに? レンくん、あれから鳳澄ほずみちゃんとなんかあったの? もしかして、お泊まりデート? 聞きたい聞きたい!」


五乃ごだい、娘ももう大人だ。うるさいことを言う気はないが、おまえなりに、真剣に考えた上でのことなんだろうな? 一度、妻にも、ちゃんとした挨拶あいさつをだな……」


「誤解も早とちりも、いいところです。勘弁かんべんしてくださいよ、もう」


 取らざるを得なかった数日間の有給休暇の後、興味本位フルスロットルな三鷹みたかと、複雑に重い一条いちじょうにせまられて、五乃ごだいはしばらく頭を抱えた。



〜 冬の星に願いのようなものを 完 〜



<後書き>

ちょっとおかしなSF、しんみり日本のゆく年くる年、ついでにくるロボ、な続編です。

読んでいただいた皆さま、ありがとうございます!


そもそもの出発点(ハーゲンダッツに乗っ取られた)に戻って、赤と緑の国民的カップ麺+幸せの形を、ガチの周回遅れでテーマにした今作、やっぱりノリノリで書けました!

楽しんでいただけましたら、是非、他の作品ものぞいてみてください!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編連作】鏑木博士の発明品 司之々 @shi-nono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ