4.あたしに良い考えがある!

 ヒューマノイドが、そんな動作も自動制御パターンにあるのか、可愛らしく小首をかしげた。


「……レンってさ。頭が良くて、優しいよね」


「気味が悪いぞ」


「なによー。さっき言われたから、今度は素直にほめたんじゃないの」


「そんなの、生身の女に言われたことないけどな」


 五乃ごだいのひねくれた返事に、鳳澄ほずみもまた笑って、直接は否定しなかった。


「わかりにくいのよ。小百合さゆりちゃんの時だって、一番先にいろいろ考えて、しっかりフォローしてたの、レンじゃん。それなのに、全部、あおり口調でさ」


 病院から駅に向かう遊歩道は、街灯がいとう街路樹がいろじゅも整備されて、明るい時間なら穏やかな散歩コースだ。


 おまけにヒューマノイドの両肩で、白色LEDが前を照らしている。煉瓦模様れんがもようのタイルじきが、歩く先に、淡い色調で浮かんでいた。


「相手のこと、ちゃんと見て、わからないところはわかったふりしないで……小百合さゆりちゃんのために、一所懸命だったじゃないの。思春期のカッコつけ男子じゃないんだから、レンこそ、素直に良い人アピールすれば良いのに」


 良い人、というのは、恋愛対象評価においてマイナスだ。センサーに引っかかるところがまるでない、という意味だ。


 五乃ごだいはそう思っていて、実際、大きく間違っていないのだろうが、鳳澄ほずみの整然とした文脈は、素直に耳に聞こえた。


 友情であれ恋愛であれ、良い関係を持ちたいと思うなら、良い関係を望んでいる良い存在だと、相手に示す。そして、意思の疎通そつうと調整が可能であることを、示し続ける。


 鳳澄ほずみ総括そうかつした良い人アピールとは、つまり、そういうことだろう。


 わかりにくいから、センサーにも引っかからない。評価としての良い人とは、共通理論の、逆の帰結だ。


「そういうもんか……確かに、な。三鷹みたか先生せんせいよりは、役に立つ情報だったよ。ありがとな」


「え、なに? 茉子まこちゃんからアプローチもらったの? なんか、意外!」


「だいぶ違うよ。おまえのプロファイリングごっこの通り、さみしい独り身だからな。反省して、将来のためにがんばろうって話だよ」


 ヒューマノイドの頭部モニターが、横にいる五乃ごだいの顔を、ちらりと見る。画面の鳳澄ほずみが、悪戯いたずらを思いつく顔をした。


「ふーん……まあ、あとちょっとで新年だし、そういう抱負ほうふとか願掛がんかけとか、タイムリーよね! ついでだから、このまま初詣はつもうでとか、行っちゃおうか?」


「自分の台詞せりふを、自分で無視するなよ。最初に言ったんだぞ? 俺は、こんな時間までお仕事、お疲れさまなんだ。すっげー寒いし、早く帰って寝たいよ」


「あたしに良い考えがある!」


「レトロアニメで、それ聞いて、良い考えだった試しがないぞ」


 五乃ごだいが、剣呑けんのんまゆをひそめる。鳳澄ほずみが画面の中と、ヒューマノイドの両方で、サムズアップをした。


「将来のためって言うか、後学こうがくのためにさ! 日本のラブホ、行ってみたい! あたしは、ほら、物理的に一〇〇%安全だし、レンは一眠りすれば良いよ。シャチョさんがお望みでしたら、パワーリミット確認して、手でするくらいデキるかもシレマセンヨ?」


「そんな公開処刑、誰がやるか! 通信記録ログがチェックされないわけないだろ。ロサンゼルス・ジョークに巻き込むなよ」


 とんでもない提案に、五乃ごだいひたいに手をあてて、頭痛をこらえる。言われっぱなしのお返しに、ジトリと目を細めた。


後学こうがくのためって、なんだ。次はマッチョ彼氏を連れて、まともに帰省するのか」


「あれ? あたし、彼氏のことなんて話してたっけ?」


「さんざん下ネタ連発しておいて、今さらだな。一条いちじょう先生せんせい、国際結婚でおかしな影響を受けるの、本気で心配してたぞ」


 ついでに当て馬にされそうになったことは、黙っておく。五乃ごだいの、しかつめらしい顔に、鳳澄ほずみが珍しく、曖昧あいまいに視線をそらした。


「んー、と、半分だけ正解。実は……来年、ちゃんと卒業できたら、日本に帰ろうと思っててさ」


「帰省じゃなくて、帰国ってことか? 卒業するのは学士だろ。せっかく本場なんだから、経営学修士号MBA、取らないのか?」


「あたしのこと、どれだけ頭が良いと思ってるのよ」


 経営学修士号MBAは魔法のパスポートではないが、持っているのと、いないのとでは、就職のハッタリが違ってくるだろう。欧米系の留学経験者で、帰国子女のわくとなれば、企業側から期待されることもある。単純に、五乃ごだいには意外だった。


 鳳澄ほずみの視線は、まだ曖昧あいまいなまま、星を見上げていた。


「アメリカも良い国でさ。パパの心配は置いといて、あたしも相当、影響されちゃってるけど……なんか、里心さとごころがついたって言うか。それこそ、この前、レンたちと遊んで楽しかったせいよ!」


「ほとんど、連邦捜査局FBIのアシュリーの、トミノ・コレクション観てただけじゃないか」


「あははは! あれもあれで、楽しかったよねえ」


 ヒューマノイドが、少し先に歩いて、五乃ごだいを振り返った。


「あれから、鏑木かぶらぎ博士はかせのこと調べてさ……小百合さゆりちゃんの顔や、レンたちが言ってたこと、いろいろ思い出したりもして。やっぱり、が日本人なのよねえ……義理と人情、しっとりした夫婦物の小咄こばなしなんかに、グッとくるのよ!」


小咄こばなしだと、落ちがつくからやめろ。精神スピリッツは日本人の武士道だけじゃないって、中央情報管理室CIAのナバルが言ってたぞ」


 五乃ごだいを振り返った頭部モニター画面で、鳳澄ほずみがいつものように笑った。


 五乃ごだいも、なんとなくホッとして、笑い返した。


「まあ、ぶっちゃけ、近くで親孝行したいって思ったのよ! このリモート帰省だって、多分、レンが思ってるより本気で反省してる! もっと真面目まじめに課題やっときゃ良かった……ごめんね、パパ!」


「大げさだな。一条いちじょう先生せんせい、多分、あと十年は仕事も説教も元気いっぱいだぞ」


「そうだけどさ。ほら、あたしって今、ちょうど可愛い時期じゃん! メンドくさいお年頃のパパキモい女子を抜けて、手もかからなくなって、ピチピチでさ。こんな娘に、ちょいちょい世話を焼かれたら、冥土めいど土産みやげってやつになるじゃないの!」


「自分で可愛いって言うな。それから、殺すな」


 肩をすくめてから、五乃ごだいは、軽い気持ちでつけ加えた。


「じゃあ、彼氏の方が日本国籍になるのか。よく説得できたな」


「んー、そっちがもう半分の不正解。ちょいちょい浮気されてた感じもあってさ、別れちゃった」


「え……?」


「『あなたはタフで素敵だったけど、優しさが足りなかったわ』『ベッドの上で、かい?』『あたしの下で、よ!』なんてね! あははははははっ! ロサンゼルス・ジョークよ!」


 今度は五乃ごだいの視線が、曖昧あいまいに泳いだ。

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