3.適当なところまで送ってく

 どうせ本人、いやヒューマノイドが戻ってくれば、百聞ひゃくぶん一見いっけんにしかずだ。


 一見いっけんどころか、十見じゅっけんでもわからないかも知れないが、その場合は計算で千聞せんぶんか、それ以上が要求される。あきらめてどうこう言われる筋合いはないと、少なくとも五乃ごだいは思った。


「医局長室です。俺のIDカードを貸しましたから、少ししたら、ここに戻ってきますよ……多分」


「あらあら? なんだか、仲がよろしい感じですのね?」


「なんすか、その不自然なキャラづけ」


 五乃ごだいを含みのある笑顔で見ながら、テーブルの向かい側で、三鷹みたかが赤いうどんを手に取った。


三鷹みたか先生せんせい、うどん派ですか」


「おそばも好きだよ? でも実家は、大晦日おおみそかにうどんが恒例こうれいだったのよ。お父さんもお医者さんだったから、こんなふうに、大晦日おおみそかは帰れないことが多くってさ……」


 うどんに給湯器のお湯をそそぎながら、三鷹みたかの目が、遠くを見るように細くなった。ような気がした。


「だからお父さん抜きで、年越としこし豪華すき焼きパーティーやってたの! お母さんが、ここぞとばかり、奮発ふんぱつして高価たかい牛肉たっぷり使ってさ! 締めのうどんが、また美味おいしかったのよー!」


「家庭への夢も希望もなくなるエピソードですね」


 一条いちじょうも、なんだかんだで毎日、遅くまで残っている。鳳澄ほずみだって、最初は実家に連絡して、一条いちじょうがいないから病院まで来たのだろう。


 高学歴で高収入、格差社会の上位存在さまも、悲喜ひきこもごもだ。


 五乃ごだいが同情しながら緑のそばを、三鷹みたかが子供みたいな喜色満面きしょくまんめんで赤いうどんを、それぞれすすっていると、しばらくして食堂の自動扉が、また開いた。


 待人来まちびときたる、と言って良いのか、サーボモーターの静音駆動で、艶消つやけしクロームメッキのフレームとプラチナホワイトのカーボン樹脂じゅしカウルで構成された腕が、ひらひらと動く。


「あ、茉子まこちゃんもいる! ヤッホー、ちょっと早いけど、ハッピーニューイヤー!」


 二メートルほどの身長に、蛍光グリーンとスカイブルーの流線ラインが美しい、全体的にスポーツシューズのようなデザインの人型機械の、頭部モニター画面で鳳澄ほずみが笑う。


 すぐ後ろに、鳳澄ほずみの父親でこの病院の医局長、一条いちじょう桃弘ももひろがついて来ていた。なんとも難しい表情に、ライトグレーのスリーピースとコート型の白衣が、だいぶくたびれていた。


「わあ! ロボ鳳澄ほずみちゃんだ! すごい、かっこいい!」


「でしょでしょ? 民間モデルのデザイナーは日本人もいるって聞いてるけど、この、後半でブースターとかキャノンとか増えそうな感じが良いよねー!」


 ノリの悪い男どもを置き去りにして、三鷹みたか鳳澄ほずみがはしゃいだ。二人は秋のアメリカ旅行で、現地を移動する車中、かなり意気投合してレトロなロボットアニメを鑑賞かんしょうした仲だ。


「日本でもっと普及すれば、これから、いろんなオプションが出るかもね! メイドさんっぽいのとか、赤くてツノがあるのとか!」


「あ! 鳳澄ほずみちゃん、私、謎の仮面キャラでカッコつけたい! 画面加工なんかできると、きっと楽しいよねー!」


「そういうの、本気で作られそうなのが困りますね……」


 日本人の、特にエンターテインメント方面の探究心は、すさまじい。コスプレ感覚のヒューマノイドが街にあふれる光景を想像して、なんとなく、五乃ごだいはため息をついた。


 その横で、もう最初から理解を放棄ほうきしたような一条いちじょうが、緑のそばを手に取った。


一条いちじょう先生せんせいは、そば派なんすね」


「……意味がわからん。年越としこしは、そばだろう」


 年に一度は帰省を約束させていた娘が、こんな状態で、こんな差し入れを持ってくれば、こんな顔にもなるだろう。


 白髪混しらがまじりで少しせているが、背が高く、五十五歳でまだまだ第一線に立つエリート医師の、カップ麺にお湯をそそぐ後ろ姿が物悲しい。


 五乃ごだいは、垣間見かいまみたいろいろな家庭模様を、かつおだし醤油味しょうゆあじのつゆと一緒に飲み込んだ。ちょうど話も区切りがついたのか、同じタイミングで、鳳澄ほずみがヒューマノイドの背中を伸ばす。


「それじゃあ、会いたいみんなに会えたし、あたし、そろそろ家に帰るわ。夜が遅くなっちゃったけど、ママにも、顔を見せなきゃだしね」


「だから、それは顔を見せることになるのか? まあ、いい。ちょっと待て、適当なところまで送ってく」


 食べ終わったカップ容器を片づけながら、コートのえりを直し、通勤鞄つうきんかばんを背負った五乃ごだいに、鳳澄ほずみが驚いた顔をする。


「レン? な、なに言ってんの、大丈夫だって。ほら、あたし、ロボだもん」


「全身、精密機械だぞ。盗難とか破損の賠償保険ばいしょうほけん、どうなってんだ? ちゃんと確認したのか?」


「……あれ?」


「これだ。かっさらわれて分解されたら、根幹こんかんのブラックボックスは別にしても、相当な技術流出になるぞ」


 衛星測位システムGPSの受信機や、緊急時の対応機能くらいあるだろうが、実機じっき損耗そんもうで追加費用を請求せいきゅうされることも考えられる。なにせアメリカは、いまだに盲腸手術もうちょうしゅじゅつで破産者が出る、自己責任で経済的デッド・オア・アライブのお国柄くにがらだ。


「そんなわけで、すいません。お先に失礼します」


 一条いちじょう三鷹みたか会釈えしゃくして、五乃ごだいがさっさと食堂を出る。二人が、緑のそばと赤いうどんを片手に、顔を見合わせていた。


 五乃ごだいの歩く後ろを、三歩ほど遅れて、身長二メートルのヒューマノイドが、おとなしく歩いてついてきた。



********************



 貸したIDカードを返してもらい、職員ゲートから病院を出ると、空気の澄んだ夜空が見えた。


 寒いが、関東にまだ雪はない。白い息を五乃ごだいとなりに、ヒューマノイドが並んだ。モニター画面の向こう側は、多分、エアコン完備だろう。


「おー、星がきれい! 日本の冬は、やっぱり景色が違うねえ」


「集光装置とか、赤外線とかないのか?」


「元の軍事モデルはあるみたいだけど、民間用は普通の光学カメラだけだってさ。夜遊び対策かな?」


「まあ、将来的には、代理犯罪の防止なんだろうなあ」


 犯罪者本人は快適な屋内から、軍隊と同じ精度で夜間偵察なんてされたら、大問題だろう。のぞきや盗撮、ストーキングなど、便利な道具は悪用できる範囲も広い。


「あー、なるほどね。それは確かに、困りものだわ」


 鳳澄ほずみが、感心したように笑う。


 下ネタジョークの印象が強すぎるが、基本は快活でよく笑う、はつらつとした美人だ。つられて五乃ごだいも、軽く笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る