第5話 二冠王 ギガント”デイブ”由鬼那(ゆきな)

リングに上がった及川は


時折ジャンプしたり、受身したり


リングの様子を確かめる。



その動きには、華があった。



何も大したことはしていない。


しかしいつまでも見ていたくなる。


そんな動きだった。


杉本はまたハッと我に返り、


「てめえ! リングにあがんなっつったろが! ぶっ殺すぞ! 降りろ!」



“くっそ、こいつマジ頭イッてんな、サイアクじゃねえか”



杉本はすぐに立ち上がりリングに駆け上った。



「お、お前もういけんの?やるじゃん。来いよ」


及川が嬉しそうに笑いながら杉本を挑発する。



「冗談じゃねえ。誰がやるか。降りるんだよ、ほら降りろ」



歩み寄って及川の体に触れようとする。



しかしするりと躱す及川。



触れそうにはなるが


寸前でステップされ触る事ができない。



“こいつ、強くてはやいだけじゃねえ、うめえ”


杉本は、ただ近づくだけでは掴めないと悟り


いろんな虚実を混ぜて、


とりあえず触れる事を試みた。



なのに、全く触れない。



小さくて俊敏性では負けないはずのこっちが


こんなでけえ女に触れないなんて


そんな事あってたまるか。



それからもう、10分くらいは追いかけっこをしている。



こっちは鼻で息ができないせいもあって


結構息が上がってきた。



なのにあいつは涼しい顔をしている。



だけどなんだか


少しづつだが


近づけるようになってきた気がする。


最初は全く触れなかったけど


今はあいつに頭を押さえられたり、


足をこかされたりしている。



たぶんちょっとずつクセを掴めてきているはずだ。



よく見ろ。



観察するんだ。



あいつの目はどこを見ている。



あいつの足先はどこを向いている。



いつしか杉本は、真剣になっていた。



及川に触れることに、ただただ熱中していた。



その時、リングの外で、ガターンと大きな音がした。



練習生が運んでいた椅子を床に落としたのだ。



一瞬、及川が外に目をやり、ステップの幅が小さくなった。



今だ!!



杉本が及川に飛びかかろうとした時



プレハブ道場の入り口から大きな怒声が飛んだ。



「おい!」


逆光を背に、大きな女が立っていた。



身長は全く及川ほどではないが


横幅が3倍はある。



両腕に黄色のラインが入った上下ジャージ姿のその女は


背中にプリントされたブルドッグと見紛うばかりの顔で


リング上の杉本を睨みつけてまた怒鳴った。



「おい杉本っ!誰だそいつ。てめえ誰の許可得てヨソもんリング上げてんだ?あ?」



杉本はそのブルドックのような女を見て、青ざめた。



“うそだろ、なんでこの人が、今ここにいんだよ…”



去年の末に起こした傷害事件で


半年の謹慎中だったはずの去年の二冠王


ギガント・”デイブ”・由鬼那


が、松葉杖をついた格好で


入り口に仁王立ちになって立っていた。



逆光を背に立つその姿は


杉本の目には鬼神のように写った。

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