第6話 飯塚(村木)雪菜

扉のそばで杉本を睨みつけながら怒鳴りちらす


ギガント"デイヴ"由鬼那(ゆきな)。


本名、飯塚(村木)雪菜、三十七歳。


飯塚は元々レスリングの75kg級の日本代表選手で

マドリードオリンピックの金メダリストだった。


オリンピックが終わった後、二十四歳の若さでレスリングを引退し

日本最大手の女子プロレス団体「超日本女子プロレス」(通称超女)に所属する

女子プロレスラーとなった。


リングネームYUKINAで初めて超女のリングに立ったのが二十五歳。


端正な見た目と持ち前の寝技を駆使し、一気にスターダムにのし上がり


そこから二十七歳まで、YUKINA時代を作った。


しかし、二十七歳の王座防衛戦で頚椎を損傷、三年に渡るリハビリ生活に入る。


三年の地道で過酷な訓練をやり遂げ完治、さあこれからという時、今度は男に躓いた。


YUKINAのデビュー当初から信頼を寄せ、公私ともに歩んできたはずの

マネージャー兼夫の村木嗣治がYUKINAの金を持って逃亡したのだ。


レスリングを辞めプロレスに転向したのは、愛する村木が望んだからだった。


全てを失っても、村木は失いたくない。


飯塚が村木を信じ続けたために、

村木がこしらえた6億の借金を肩代わりするハメになり、

そこから飯塚の地獄が始まった。


女子プロだけでは返せなくなった飯塚は、様々なサイドビジネスに手を染める。


名義貸しの飲食店、うさんくさいコスメやダイエット食品のCM、パチンコの地方営業、そしてパトロンと夜の付き合いも厭わなかった。


心身ともに借金返済にかかりっきりになった結果、本業のプロレスが疎かになり、

あっという間に王座を陥落する。


イメージが悪くなった事を理由に、超女の社長山村裕二は、飯塚に悪役転向を打診する。


飯塚はそれを受け入れた。


なんとしても借金を完済する。


村木が自分を裏切るはずはない。


止むに止まれぬ事情があったに違いない。


この借金を返さないと、村木は自分のところに戻ってこない。


そう自分に言い聞かせて、飯塚はがむしゃらに働いた。


そして飯塚は6億の借金をわずか三年で完済した。


飯塚雪菜、三十三歳だった。


村井は帰ってこなかった。


必死で探し、ついに村井の居所を突き止めアパートに押しかける。


村井の部屋で話しているうちに、若い女が帰ってきた。


カッとなって女に手を上げてしまい女が右腕を骨折、飯塚は警察に捕まり


一年の実刑を喰らう。


そこで、誰もが飯塚は終わったと思った。


飯塚自身もそう思った。


村木はもう自分のところには戻ってこない。


プロレスももうだめだ。


二度と表舞台には立たせてもらえない。


スポットライトを浴びて、命をぶつけ合うリングの上にはもう立てないのだ。


三十四歳で刑期を終え、何の希望もないまま刑務所の扉を出たところに


「日本女狼會」を立ち上げたばかりの藤井美羽がいた。


藤井は村木を「日本女狼會」に誘った。


まだ立ち上げたばかりの名もない女子プロレス団体。


団員は藤井美羽ただ一人。


飯塚は、感動した。


藤井の勇気に、行動力に、そしてプロレスにかける熱量に。


そして心底嬉しかった。


まだ、自分を必要としてくれる人間がいる。


全てを失ったはずの自分に、帰る場所ができた。


自分が築き上げたもの全てを、藤井と、藤井が立ち上げた「日本女狼會」に捧げよう。


もう一度リングに立てる。


飯塚は、そこから徹底的に鍛え上げた。


鍛え上げた上で、身体にたくさんの贅肉をつけた。


元々食の細かった飯塚には、油や糖分にまみれた食事は、

今まで経験したものとは別種の地獄だった。


そうして飯塚は、スタイリッシュで端正だった顔立ちを捨て、

ブルドッグのような顔と体を手に入れた。


リングネームは、ギガント"デイヴ"由鬼那になった。

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