第60話 エピローグ

「いろいろなことがあったけど、私、アメノ凜と、新しいメンバーのアメノ桜でネコノミニコンは今日から、活動を再開しま~す!」

 パラパラと拍手が起こり、野太い声で「凜ちゃーん」「桜ちゃーん」と声援が響く。

 小さな地下のステージに、巫女姿の清美と美桜が立っていた。

「がんばれ」と後方から小さく声をかけている希愛。その横に車椅子に座っている川田の姿があった。顔色はこれ以上ないぐらいどす黒く、目もうつろになる瞬間もあり、具合はそうとう悪いようだ。鼻には管が入って小さな酸素ボンベにつながっている。なによりもいっきに老け込んで老人のようだ。

「大丈夫なんですか、病院、抜け出して……」

「あと二回か三回、手術するらしい。失敗すればそれで終わり。成功しても元の体には戻らない」と川田はボソリと言う。

「とにかく、もう、彼女をどうにかしようなんて思わないでくださいね。大事なうちのアイドルなんですから」

「この体じゃ、なにもできない」

 アップテンポの音楽。清美と美桜は踊り始めた。美桜はまだ踊りはぎこちないが、清美は元気いっぱい歌いはじめる。

 激しい音楽。少数ながらファンたちが歓声を上げる中、希愛は川田の車椅子を押してエレベーターに向かった。顔馴染みのスタッフが道を作りエレベーターのボタンを押してくれた。

 エレベーターは二人を乗せて地上へ向かう。

「どうして、おれのことを警察へ通報しなかったんだ?」

「私、清美と約束をしたんです」と希愛。「清美に聞いてください」

 川田は長く深いため息をつく。

「それに」と希愛は言う。「美桜ちゃんはなにも覚えていないんです。あの日、雨の中、学校から家に帰ったときからあとのことは」

 地上に出た。エレベーターから出ると、夜とはいえ三十度近い空気が二人を包んだ。どっと汗が噴き出す。そこにもスタッフがすでに待ち構えていて、介護用のタクシーに川田を乗せるのを手伝ってくれる。

「しかし、十二年後、美桜はきっとやらかす」と車椅子からタクシーのシートに移されながら、川田は言うのだ。

「ここは東京ですよ」と希愛。「あそことは違うんです。山もトンネルもないですし。呪いだの祟りだのなんて、あるはずがないです」

「美桜は生き残った。あれだけの人が亡くなったのに……」と川田は力なくつぶやく。そして川田自身の命も間もなく消えるだろう。

「私たちは助かった」

 川田はそれには返事をしない。

「私は、清美と美桜を信じます」

「十二年後にわかりますよ」

「そんな先のこと、誰にもわかるはずありません」

 スライドドアが閉まり、タクシーは病院に向かって滑り出した。

 希愛は、思う。蛇角山トンネルでは、大事な自分たちのアイドル一人と「あなたは大丈夫」と予言した霊能者、警察官、撮影スタッフ全員が無惨な遺体として発見されていた。蛇角山の麓、土砂の中で発見されたロケバスからはアイドル二人が遺体で見つかった。ネコノミニコンの日奈子、美波、明日華は、皮肉にも亡くなったことで人生でもっとも脚光を浴びることになった。あることないこと、ネットで連日のように書き立てられた。ファンたちによる写真も大量にアップされた。動画再生回数はケタ違いに跳ね上がった。

 蛇角病院では、院長、院長夫人、二人の看護師、四人の患者の遺体が見つかった。ヘリの墜落で、その時に屋上にいた避難住人たち全員とヘリの搭乗員たち全員が亡くなった。助かったのは、階段付近にいた夫婦と愛犬、そして二階の部屋で発見された意識のない美桜だけだった。

 若い警官、高森の行方はいまだにわかっていない。今回の大災害によって生まれた多くの行方不明者とともに、生存は絶望視されていた。

 現場から遠く離れた大都市にある病院で治療を受けていた希愛、清美、川田。美桜も同じ病院に運ばれて意識を取り戻した。美桜には、辛い現実が突きつけられた。彼女の家族は何者かによって殺害されてしまったのだ。

 警察の捜査線上に、川田の名は上がったものの、なぜか逮捕までには至っていない。

 見舞いに来た事務所の社長が美桜をスカウトし、彼女もそれを喜んで受け入れた。美桜の遠い親戚も社長を信じて、あるいは厄介払いと思ったのか、東京へ行くことを承諾した。地元にいたら、どんな風評被害に遭うかもわからない。それに中学生の彼女を育てる余力のある親戚はいなかった。

 希愛は美桜と一緒に暮らすことになった。そのせいか、気持ちも変化した。もう少しだけ、一緒にがんばってみよう、そして自分が生きながらえた意味を考えてみよう、と思うのだった。


 長らくお話にお付き合い下さり、ありがとうございます。

 お話はここで終わりとさせていただきましょう。

 え? そう言う私は誰かって?

 ま、その話はまた別の機会にゆっくりとさせていただきましょう。こうして車椅子での生活にようやく慣れてきたところでございまして、あちらこちらへとうかがうこともできるようになり、あれこれ調べ、十二年も前の話をようやくここまで整理してお話できるようになったわけでございます。

 ようやくすべてをお話できて、正直、ホッとしております。

 そう、ちょうど十二年になりますね、今年で。

 毎年、蛇角病院跡地にできた立派な慰霊碑での供養を続けているようです。それが功を奏してか、すべてが鎮まってはいます。いまのところは。

 このまま、なにもなければいいのですが……。

 私もなぜかこうして生きながらえたのですから、生かされた意味を、いずれ確かめることになるのでございましょう。

 それでは、またいつか、お目にかかりましょう。

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醜雨 本間舜久(ほんまシュンジ) @honmashunji

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