第47話 晴れやかな笑顔



「メリナ様にプレゼント……と言うと少し語弊がありますが。ロロカさんが持っていたのです。話をしたら貴女に返してくださると」


 言いながら、木箱のふたを開ける。

 そこにはクッション代わりに詰めた赤い布の上に光る、銀色の鳥の髪留めが。

 深緑色に光る瞳は、静かで優しい色をしていて、こうして改めて一緒に見るととても彼女に似合うと思った。



 彼女は目を丸くして、言葉もなく髪飾りに手を伸ばす。

 髪飾りに指の腹で触れて、懐かしそうに目を細めた。


「これは、まさしくお祖母様の……」


 呟くようなその声は、心の底から嬉しそうだ。

 彼女に本当に返せてよかった。

 ロロカさんが「定期的に手入れはしていましたので、劣化はしていないと思うのですが」とメリナ様に言い、それに彼女は「えぇ、えぇ」と何度も頷いた。


「返してくださり、感謝します」

「私も亡き祖母が大好きなので、他人事には思えませんでした。メリナ様のお祖母様も、きっとメリナ様に持っていただいている方が嬉しい事でしょう」

「ありがとうございます」


 泣き笑いのような表情でそう答えたメリナ様に、ロロカさんは「私もメリナ様のお話を聞くまで、まさかそのような品だとは思いもしていませんでした。こうして私とメリナ様を結び付けてくださったエリー様の功績です」と進言する。


 メリナ様は「本当に」と言い、私を真っ直ぐに見つめた。


「ありがとうございます、エリー様」

「いいえ、そんな。大切にしてあげてください。言うまでもない事だとは思いますが」

「はい。もう絶対に手放しません」


 彼女がそう言い髪飾りを木箱に収めようとしたところ、彼女のメイドが「つけましょうか?」と彼女に尋ねた。

 私もそれには賛成だ。

 窺うようにこちらを振り向いたメリナ様に頷いて、その申し出を後押しする。



 彼女の髪に付けられたそれは、思った通りよく似合っていた。

 それが尚の事嬉しくて、私も思わずニコニコになった。




 それから色々な話をした。


 彼女が今生家でどのような暮らしぶりをしているのかから始まり、商売をしている彼女の家で最近話題になっている商品について。

 二年ぶりに家に帰ると、いつの間にか動物が一匹新しい家族として迎えられていた事や、その子が既に懐いていて、最近は朝起こしに来てくれる事まで。


 本当にどれも他愛のない話、しかしもしすべてがうまくいかなければ、きっとできなかっただろう話ばかりだ。


 私はそれらを彼女の穏やかで耳障りのいい声で聞き、笑ったり驚いたりと忙しく感情を揺らされた。

 そしてそれらの話もひと段落着いた時、気になっていた事を聞いてみる。


「それにしてもメリナ様、本当に侯爵へのやり返しはあれだけでよかったのですか?」


 メリナ様の部屋に忍んで行った時にした「自分で侯爵に引導を渡すか否か」という問いに対して、考え抜いた彼女が出した結論は、正直に言えばどちらともつかないものだった。


 彼女はただ公衆の面前で、自分がウケていた仕打ちに関して事実を言っただけだった。

 それについて周りに「どう思うか」と問いかけた訳でもなく、それを武器に過度に攻撃した訳でもない。

 たった一度だけ声を荒げた場面はあったが、それはただの、これまでの仕打ちへの鬱憤や直前に言われた彼への言葉への怒りの発露だ。

 復讐や仕返しなどという、当初組織が想定していたものとは少し違っていた。


 私は別に、組織の想定外の選択肢を取った事を気にした訳ではない。


 彼女はそれで、きちんとこれまでの自分に決着をつける事ができたのだろうか。

 それだけがただ気がかりだった。

 しかし私の心配に反して、彼女は晴れやかな笑顔で言う。


「侯爵は、言い方に配慮しなければ、格好つけな方でした。自らの名誉が穢れる事が何よりも嫌だった筈。私はこれだけで満足です」


 言われてみれば、たしかにメリナ様の言葉により彼が辛うじて保っていたなけなしの体裁を、最後にはぎ取ったのは彼女の悲痛な叫びだった。


「そうですか。メリナ様が納得しているのならよかったです」


 安堵交じりにそう言えば、彼女は「心配してくださりありがとうございます」と答えた。


 そして思い出したように言う。


「そういえば、狩猟会で優勝した獲物をプレゼントされたのはエリー様だったのでしょう?」

「え? えぇまぁたしかにそうではありますが……」


 彼女の言及に思わず苦笑する。



 結局狩猟会で一番大きな獲物を取ったのは、侯爵とゼフが協力して取ったあのイノシシだった。

 侯爵が連れていかれてしまったためその功績はゼフ一人のものとなった……という棚からぼた餅的な内情が、今年の優勝者にはある。

 

 そして、その獲物を捧げられた相手が、なんと私だ。

 てっきり冗談だと思っていただけに少し驚いたものの、彼からこっそり「この状況で『ただのラッキーパンチだ』っていう周りの目の道ズレにできるのなんて、お前くらいしかいないだろ」と言われればなんか納得してしまった。


 その後に他にも「……って言わないと、受け取らないだろうし」という声が辛うじてボソッと聞こえたけど、何でそんな事を言ったのかはよく分からない。


「妙な目立ち方の道連れにされてしまったせいで、色々なところからの勘繰りや妬みの目がすごいですよ」


 あんなものでも、令嬢たちの目からすれば、モテるゼフからの贈り物を受け取った事にはどうやら変わりないらしい。

 その時の事を思い出して思わず辟易とした私に、メリナ様は「あら」と言いながら口元を押さえ、クスクスと笑ったのだった。




~~Fin.


―――


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そそっかしい養子令嬢のギリギリ暗躍 ~秘密組織に救われたので、今度は私が虐げられている人を助ける番です!~ 野菜ばたけ@『祝・聖なれ』二巻制作決定✨ @yasaibatake

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