エピローグ
第46話 約束を果たす
今日が穏やかな陽気でよかった。
そう思うくらいには、私はこの約束を楽しみにしていた。
カラカラと馬車に揺られながら、思わず足をプラプラをとさせる。
「エリー様、足」
「いいじゃない、ここなら誰も見ていないんだし」
そう言いかえすと、ロンは深いため息を吐く。
そのやりとりにクスクスという笑い声が混ざったのは、もう一人同乗者がいるからだ。
「エリー様とロンさんはとても仲良しなのですね」
「ただ口煩いだけだから」
「エリー様がもう少し貴族令嬢らしく振る舞ってくだされば、私もわざわざ言わなくて済むのですが」
ああ言えばこう言ってくるロンに思わず頬を膨らませれば、彼女――ロロカさんはまたクスクスと笑った。
グレンディース侯爵の処分に引っ張られるように、関与していたキダノ伯爵家も相応の罰を受ける事となった。
グレンディース侯爵家の罪状は、国家反逆罪。
対するキダノ伯爵家は、虚偽税務申告罪と犯罪隠匿補助。
侯爵家とは違い伯爵家はゴロツキたちと接触こそする事があれど、「金になる話がある」と言われ協力しただけで最初はそれが麻薬の取引であるとは知らされていなかった。
最近それを知り、侯爵に半ば脅される形で口を噤まざるを得なかったものの、実際に何か行動を起こしたわけではないとして情状酌量が認められ、連座となった侯爵家とは違い、男爵家への降格へと処分は収まった……というのが、少なくとも公に発表された当事者たちへの諸々の処分だ。
男爵家に降格したロロカ様の生家は、一気に困窮せざるを得なかった。
そのため彼女が私に「出稼ぎとして雇っていただけないか」という話をしてきたのが、つい先日だ。
もちろん伯爵令嬢だった彼女がすぐに使用人としての仕事をできる訳はなかったけど、彼女自身が「頑張る」と言った事と、今回の件に私も少なからず関係していた事、そして何よりロロカ様自身には何の落ち度もなくいい子である事を加味して、辺境伯様に「私の使用人にしてくれないか」とお願いしてみた。
辺境伯様は「気の置けないメイドが一人くらい居てもいい。ロンは執事だ。どうあったって同行できない場所はあるしな」と、快く頷いてくださった。
晴れて彼女は私のメイド見習いとして、現在修行中の身だ。
私も呼び名をロロカ様からさん呼びに変え、彼女を側に置いている。
そんな彼女が通常主人の外出についてくる事はない……らしいのだが、今日は彼女が必要な日だ。
「ちゃんとアレは持ってきた?」
「えぇ、ちゃんと」
「ならよかった、きっと喜ぶわ」
私はそう言い、目を細める。
想像するのは、これから会う予定の人の笑顔。
これまでの生活からやっと解放された彼女の、安堵にも似た笑顔が早く見たかった。
◆ ◆ ◆
馬車が止まりロンの介助を受けて外に出ると、まずふわりと甘い香りが鼻孔を掠めた。
そこは一面のミモザ畑。
ロン曰く「たまたま群生している場所を見つけた」らしいのだが、彼女との約束について彼に話した事があったから、もしかしたらわざわざ探してくれたのかもしれない。
王都の郊外だから、人も居ない。
たしかにここからゆっくりと、当初の目的を果たせるだろう。
私たちの他に、既に一台馬車がつけられていた。
先客がいる。
それはすなわち、約束の成就を指していた。
「エリー様」
柔らかな声を掛けられて、私は辺りを見回した。
ミモザ畑まん中にある大きな木、その下にこちらに手を振る人影がある。
「メリナ様!」
声を上げながら彼女、メリナ様の方へと駆けだした。
人前でこういう事をするとロンが何かを言いそうなものだけど、今日ばかりはお目こぼしなのか、それとも他に人がいないから良しとしたのか。
窘めの言葉はかからない。
彼女は結局、侯爵家の罪の連座からは免れた。
不幸中の幸いと言うべきか、彼女が軟禁状態だった事・彼女が侯爵家で家族扱いされていなかった事こそが、彼女の罪への関与を否定した。
無事メリナ様の侯爵家からの籍抜きの後に、連座での罪の執行が行われ、メリナ様は救われた。
離婚歴ができてしまった事と社交界に出れば当分の間人々の噂の種になる事は貴族令嬢としてあまりいい事ではないものの、これまでの人生を侯爵たちに食いつぶされていたかもしれない未来や命の危険を天秤にかければ、彼女の被害はかなり軽いだろう。
それらもすべて、組織が動いた結果が齎した事である。
もちろん私だけではできない事だったから、組織ありきの話だけど、きっと少しくらいなら、彼女を救う手助けができたと思っていいはずだ。
彼女の元へと駆け寄って、嬉しさのあまり両手を握る。
「約束、叶いましたね!」
「えぇ。このような素敵な場所を教えていただき、ありがとうございます。とても綺麗なミモザです」
嬉しそうに目を細める彼女は、以前会った時のようにもう不幸を纏ってはいない。
侯爵家から解放されてもう一か月も経てば、髪や肌の色つやも戻る。
「お元気そうで安心しました。きっと穏やかな生活を送れているのでしょう?」
「はい。実家の伯爵家へと戻りまして、今は楽しく自由に過ごしています」
「それが一番だと思います。だってメリナ様、今の方が生き生きとしていますから」
組織から当初貰っていたメリナ様の情報では、彼女の両親は「伯爵家が行っている商売の箔を付けるために侯爵家の後ろ盾が欲しかった」という理由で縁談を勧めたらしかった。
もしかしたら彼女の両親は権力のためには娘の幸せを犠牲にするような人間なのかと少し心配していたのだけど、どうやらそうではなかったと分かってホッとする。
二人でそんな話をしていた間に、ロンとロロカさん、メリナ様についてきていたメイドの三人がお茶会の場をセッティングしてくれた。
今日はいつものようにテーブルと椅子を持ってきてはいない。
せっかく珍しいところでの個人お茶会なのだからと、シートを敷いてその上にローテーブルを置き、紅茶と昼食、焼き菓子などをセッティング。
私たちはシートの上に座り込む形で、花を見ながら雑談をする事にしている。
「そうでした。先に必要な事を済ませておきましょう。ロロカさん」
「はい」
二人とも腰を落ち着けて、紅茶を口に含んでホッと息を吐いた後言った私に、ロロカさんが手のひら大の小さな箱を差し出してきた。
木の上から白の色付けをしたもので、彼女曰くちょうどいい大きさのものがあったからという事である。
それを受け取り、彼女の前へと置いた。
外側は、彼女が用意してくれたもの。
案の定、何の心当たりもないメリナ様はキョトンとした顔でそれを見た。
しかし中を開いてみれば、きっと喜ぶはずである。
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