第45話 正体 ~謎の組織の『上』視点~
「私を利用するだなんて、流石というべきかしら」
「一体何のことでしょう?」
王城内の応接室に、私はある外交官を招き入れていた。
目の前に座った彼女は、しばらくの間の談笑の後でそんな話を振ってきた。
まるで世間話の延長線上のようなニュアンスだけど、それでいて秘密裏な話題である事はお互いにきちんと認識している。
「他国からの使者である私を街中の騒動の功労者に据える事で、あの侯爵の『濡れ衣だ』という言い分を暗に潰したのでしょう? 貴女は昔から起きた状況をうまく使う事に長けていたけれど、一体どこからが仕込みなの?」
彼女はすべてを理解していた。
ここまで私の考えをトレースできる人間も少ない。
それこそこの国ではいないのではないか。
そんな風にさえ思う。
「仕込みなど一つもありません。そもそもあの件について先に私に匂わせてきたのは貴女。私は別に貴女に『調べてほしい』とも言っていませんし」
「私だって、別にあの件について調べていた訳ではないわよ。あくまでもこの国の王都の市場調査、自国に富を、この国に利を齎すための品物の選定をするためよ。これも外交官としての立派な仕事だし」
「それならば別に、貴女本人が動く必要もないでしょう?」
「伝言ゲームは行うたびに、各々の主観で事実は歪む。それは周知の事実でしょう?」
それはすなわち「自らの目で見た方が確実である」という意味なのだろう。
彼女の考えは賢い。
人の主観が入り込むと、どうしても情報は歪む。
だから私の組織を使って情報を集める場合には、いつも三人に同じ調査を依頼するようにしている。
それに彼女の事である。
おそらくこの国に入る前にひとしきりの市場情報・国内情勢についての情報は手に入れてきているのだろうから、あくまでも確認のための行動だったのだろう。
ならば比較的効率的に、街中を回る事もできる。
外交官としての職務に忙しい彼女でも、問題なくこなせる仕事量だ。
「実際に私、嘘は一つもつきませんでしたし」
「それはまぁたしかにそうだけど……」
彼女のジト目は、さも「逆にそこまで事実をいいように利用できるのもすごい」とでも言いたげだ。
しかし口にしないのだから、私も知らないふりでいい。
私と彼女は昔から、大抵そうやって過ごしてきた。
言葉にしなくても何となく、互いに互いの考えが分かる事がある。
おそらく今が、その時だ。
「でもじゃあ私のお陰で、貴女は今回この国に蔓延っていた問題を一つ片づけられたという事よね?」
「『シシリー様の行動のお陰でうまくいった事も中にはあった』とは評価できると思います」
彼女の問いに、的確な答えを選んで返す。
実際に、グレンディース侯爵家は連座の後に家の取りつぶし。
共謀していた伯爵家は、侯爵家から麻薬の国内持ち込み・売買に関しては、一部協力の強要されていた事実が認められたため、男爵家への降格に留められたものの、社交界での居場所を失った。
もしまた国に牙を剥くような事があれば対処の必要があるが、今のところその動きはない。
概ね事はうまくいった。
想定通りではあったものの残念だったのは、あの方に悲しげな顔をさせてしまった事くらいなものである。
しかしそれが事実である事と、今後の私にとって有利に事が運ぶ結果かどうかはまた少し別の問題だ。
「ならばよかった。それでは外交のお話をしましょうか、妃殿下」
突然敬語に切り替えた彼女は、既に私の友人から敏腕外交官の顔になっていた。
その表情には「物理的な見返りはもちろん求めませんが、譲歩は期待しています」という感情がありありと見て取れる。
状況を自分のいいように転がすのに長けているのは、一体どちらなのか。
私はそう思うと共に、今回はまぁ仕方がないかと、自らの借りを認めたのだった。
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