第44話 メリナのささやかな意趣返し
「彼女の行動の自由を封じ、周りには『病気だ』と偽り、物理的に他者との交流を遮断する。そうして彼女を従わせ、浪費のせいで足りないお金を彼女の実家から何かにつけて巻き上げているだなんて、侯爵家としての威厳はどこへ行ったのやら」
「侮辱する気か!」
「事実を述べたまでです。もしこれが侮辱に聞こえるのなら、貴方の行いが他者からの侮辱に値するものだったという事ですよ」
そんな言葉の応酬を聞きながら、私は内心でホッとしていた。
メリナ様、元気そう。
それが私の安堵の理由だ。
彼女がここに来た事には驚いたものの、彼女が侯爵家の家宅捜索をするための協力者だった事はあらかじめ知っていた。
鳥を用いてやり取りしていた手紙によって彼女に協力の渡りを付けたのは、何を隠そう私なのである。
むしろ知らない方が難しい。
彼女には今日、侯爵とディアナ様がこの狩猟会に参加するために家を出た後、屋敷内の掌握と使用人による証拠隠滅を阻止する助けをしてもらった筈である。
うまくいってすべての証拠をきちんと押さえられていればいいのだけど、どうだろう。
こればっかりは聞かなれば分からないが、なんせ指示書に書かれていた行動だ。
あまり失敗を心配もしていない。
「旦那様、もう悪足掻きは止めてください。実家に金銭援助を要求していた旨は私の両親がすべて証言できるでしょうし、毎週決まった日時にわざわざ屋敷の裏から辻馬車に乗って、密かに王都へと出向いていたでしょう」
一体どこに行っていたのか・誰と会っていたのかは、目撃者を探せば分かるだろうし、おそらく密会の相手たちは既に取り調べを受けている。
出かけていた日時だけでも分かれば、おそらく捜査もしやすいだろう。
それは正しく捜査への情報協力だと言ってよかった。
しかしだからこそ、侯爵からすると許せるものではない。
「貴様は、侯爵家に嫁いだ身だぞ!」
鋭い目つきに彼女は震える。
そんな彼女を、私は心配になりながら見つめていた。
すると彼女とふいに目が合う。
そして何か、心の変化でも起きたのだろうか。
ギュッと両手の拳を握り、叫ぶようにこう言った。
「貴方は私を一度だって、家族として扱ってくださった事などなかったではないですか!」
大声を出すなんて、あまり慣れていないのだろう。
震える声は先程の私以上に裏返っていた。
しかしそれが尚の事、彼女の言葉を悲鳴のように思わせる。
悲痛な叫びに「家族として扱ってくださった事などなかった」と言われれば、おそらく気になってくるだろう彼女の髪や肌の色艶のなさ。
周りはザワザワコソコソと、何やら囁き始めている。
しかし彼女が軟禁されていたという事実は、周りへの侯爵の評判だけに留まるものではない。
「侯爵、そして第二夫人。二人にはおそらく身柄を拘束されてもらう」
「何故ディアナまで!」
「彼女は貴殿の妻だろう。関与の疑いがあるからな」
「ならば、メリナも!」
「彼女の関与は否定されている。貴殿や見張りの使用人たちによって部屋から出してもらえなかった彼女に、一体何を関与できるのだ――連れていけ」
彼についてた護衛騎士たちのうちの数人が、彼らの身柄を拘束した。
最後に「せっかくの狩猟会を騒がせてしまって悪かった」と謝罪をして、彼はこの場を去っていく。
殿下が私とすれ違う時、こんな独り言を言っていたのがたまたま聞こえた。
「素直に自供していれば、まだ情状酌量の可能性を進言する事もできたものを」
悲しそうなその声が、彼のどこまでも人の良い性格を体現しているかのようだった。
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