第43話 彼らの罪
そして自らの中で何かしらの感情を一旦飲み下すような間の後に、おもむろにこう口を開く。
「今日私がここに来たのは、少なからず『狩猟会』がどのようなものなのか興味があったからだ。参加はせずとも皆の楽しげな様子を見て、満足したかっただけだった。が、残念ながら私にも、王族としての役割ができてしまったようだ」
殿下は落胆したような、心底残念に思っているような、いつも朗らかでにこやかな彼には珍しい表情をしていた。
おそらくこの場の誰もが皆「何があったというのだろう」と思った筈である。
私も一瞬、そう思った。
しかしそれらの疑問はすぐに、殿下によって解消される。
「先日王都の街中で、ある騒動が勃発した。急に鳴り響いた爆発音、辺りには煙が充満し、憲兵隊が出動したのだ。そこにたまたま居合わせた他国の外交官の話によると、近くを歩いていたところに事が起こり『何事だ』と駆け付けたところ煙の中から逃げるような人影があったから護衛に軒並み捉えさせたと。それらは街のゴロツキで、ヤツラの根城を調査したところ大量の麻薬が保管されていた」
殿下の言葉に、周囲がどよめく。
当たり前だ。
麻薬なんて、三代前の国王陛下が国の高官が麻薬に汚染されている事に気がついて法律で禁止したものだ。
使用はもちろん、所持も禁止されており、国内に持ち込んだ時点で関与した者は捕らえられる事となっている。
国の苦い過去をさせる恐れのあるものがまた王城のお膝元にあったとなれば、殿下がこうまで顔を顰めるのも当たり前だろう。
しかし何よりも私としては、彼か語った騒動について少なからず心当たりがある。
密かに内心で「そういう事になったのか」と思いながらチラリと後ろに目をやれば、狩猟会のあいだずっと静かに後ろに控えて粛々と仕事をしている執事が、同調するように小さく頷いてくれた。
おそらく同じ気持ちを共有できているのだろう。
仲間ができてちょっと嬉しくなる。
一方殿下は、目を伏せ気味に侯爵と向かい合う。
「もし関与があるならば、明らかな国家反逆罪だ。しかしもしそうだとしても、本人の口から直接どういうつもりだったのかを知りたい。正式な審議の場ではもう、沙汰を下すことしかできないからな」
「国家反逆だなんてとんでもない! これは濡れ衣です!!」
「ゴロツキたちのアジトから、侯爵の筆跡で書かれた諸々の指示が見つかっている」
「なっ?!」
静かな殿下の声色が逆に怖い。
侯爵は今にも「あいつらちゃんと処分しとけと言っておいたのに!」とでも言いそうな表情になっている。
彼はおそらく、せめて犯した罪への心からの反省が聞きたいのだろう。
私は何となくそう思った。
私は王族の方々と個人的に話すほど親しくはないけど、彼は最も貴族に誠実で穏やかな王族である。
彼が動いたのだから、確固たる罪の証拠を既に押さえての事だと思う。
しかしその意図を、どうやら彼は察する事ができなかったようだった。
「それは……そう、何かうまく利用されたのです! 私はそのような事に関与などしていません! ゴロツキたちとは会った事もありませんし、麻薬など、もちろん触れたこともありません!!」
これは嘘だ。
そう思った。
だって彼の服からは、たしかに麻薬のにおいがした。
流石に今はしないけど、ゴロツキたちと会った事もなく麻薬に触れた事もなければ、あんな風ににおいがついたりはしない。
とはいえこれはあくまでも、私の鼻に基づく事実だ。
誰にも証明できない以上証拠にはなり得ないのが口惜しい。
そもそもこの人はメリナ様に不遇を強いた張本人でもある。
その上これほどまでに悪い事をしていたのだから、捌かれなければ嘘だ。
「そうか。この期に及んでするのは、保身のための否認だけか……」
寂しげな殿下の声と共に、深いため息がつかれた。
そして表情が引き締まる。
「グレンディース侯爵、既に証拠は固まっている。この件に貴殿が関わっている事は、既に確証が取れている。既に侯爵家の屋敷にも家宅捜索が入っているしな。その辺の手引きは協力者のお陰で、かなりスムーズに行ったと聞いている」
「協力者……?」
怪訝そうな表情になった彼は、この場に新たに現れた人物に思わず「なっ?!」という声を上げた。
「旦那様……」
「メリナ、貴様!」
いる筈のない人物の登場と、殿下の文脈から読み取れた『協力者』の正体を、おそらく脳内で結びつけたのだろう。
驚きと憤慨の入り混じった声で、現れたメリナ様を糾弾する。
彼の怒号に条件反射で彼女はビクッと肩を震わせたが、それを守るように立つ人影もあった。
「侯爵。幾ら貴女の伴侶だとはいえ、このような場で怒号などと」
「ノスタリオ公爵、貴殿には関係のない事だ」
「そうとも言い切れません。貴方がそうして日常的にメリナ様を無理やり従わせていたと知った今、同じ女性としてこの不当な扱いに一言申さずにはいられませんから」
凛々しい佇まいでニコリと微笑んだレンリーア様が、私には優雅でありながら怒っているように見える。
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