第42話 内部告発
馬に乗ってやってきた彼らは、こちらにやってくると早々に殿下の存在に気がついた。
一瞬驚いた後に、すぐに礼を取り挨拶をする。
彼らの様子を見る限り、どうやらこの場に王族がいる事は知らなかったと見えるけど、表情が引き締まっただけでそれ以上の動揺はなさそうだ。
「御前を失礼いたします」
「その腕章、王城国税課の者ですね」
「はい。本日は公務でこの場に参りました」
殿下の妃の問いに頷いた彼は、ハッキリ今日は公用だと口にした。
しかしここは狩猟会。
貴族たちは多くいるものの、文官、しかも王城勤務の人間が仕事で訪れるには、若干不自然だ。
おそらく殿下も同じように思ったのだろう。
思わずといった感じで「公務?」と呟き首を傾げた。
「はい。ある筋から国税に関する内部告発を受けまして、調査の結果、容疑が固まったため被疑者の身柄を拘束しに参りました。殿下の御前で恐縮ではありますが、被疑者逃亡の可能性もありますので、何卒ご容赦いただきたく」
「それは構わん。仕事を果たせ」
「寛大なお言葉、ありがとうございます」
そんなやり取りの後、彼はある人間の方へと向き直った。
殿下たちのすぐ側、つい先程まで褒められていた筈の男を前に、その男性はキッパリと言う。
「グレンディース侯爵、ご同行いただけますでしょうか」
元々周りの視線を集めていただけに、周りの空気が大きく揺れた。
当たり前だ。
今来たこの男性は自らを「王城国税課の人間だ」と名乗り、「内部告発を得て容疑が固まった」と言ったのだ。
この期に及んで彼がこの件の当事者である事は、誰の目にも明らかな事だろうから。
しかし周りの疑いの目に、もちろん本人が否定しない訳がない。
「何故私がそんな事に応じなけれならないのだ」
「貴方には現在、『収入の一部隠匿にかかわる故意の国税未納』の容疑が掛けられています」
「まさか」
そう言って笑う侯爵が、事実を知っている私の目にはしらばっくれようと必死なようにしか見えなかった。
しかし周りは何も知らないのだ。
驚き半分、疑心半分という感じで彼らを見つめている。
しかし国税課の文官も、何の材料もなしにこんな所にまで来るはずはないのである。
「貴方と貴方の家については、色々と調べさせていただきました。その結果出てきたのは、貴方方の慢性的な浪費癖と陰で金策に走っていたという事実です」
貴族相手にも臆することなく、むしろこの公衆の面前で話をしてもいいこの状況は願ったり叶ったりだと言いたげに、スンとした顔で口から漏らした。
「金策? あの侯爵家が?」
「先日だって、いやいつも『新しく指輪を手に入れた』だの何だのと羽振りのいい事を言っているのに?」
「しかしまぁたしかに裏を返せば、そういうのって『慢性的な浪費癖』に繋がらない事もない、か?」
周りでは口々にそんな言葉が囁かれる。
しかし、侯爵はよほど自信があるのだろうか。
文官に向かって「口でだけなら何とでも言える」と豪語する。
そういえば、たしか私がミッションとして最初に潜入したのが侯爵家ではなくキダノ伯爵家だったのも「侯爵は注意深いから証拠を確保しにくい」という理由だったな……なんて考えていると、文官が「いいえ」と口を開いた。
「口でだけではありません。ある筋から手に入れたこの証文によれば、貴方とキダノ伯爵家との間に金銭の取引があった事が証明できます。ここに記載された金額の総額は、とてもではないが領地から得た純利から領地経営の金額を除いた額では賄いきれない。その差額を、貴方はどのようにして用立てているのです?」
言いながら、文官は懐から出した紙筒を開いて周りにも見えるように見せる。
それを見て、思わず「あっ」と小さな声を上げた。
見覚えがある。
私がキダノ伯爵邸から、脛に痛手を負ってまで手に入れたあの書類だ。
証文を見た侯爵は、一瞬「何故それがここに」とでも言いたげな表情になった。
しかし流石と言うべきか、すぐに気を取り直したようだ。
「わざわざそんな偽物まで作って私を罪人にしたいのか」
「ここにあるサインはそれぞれ貴方と伯爵のものです。因みにこの場にいない伯爵からは、既に話を聞き始めています」
その言葉が少なくとも私には、彼に「だから貴方もご同行を」と促しているように見えた。
実際に、少なくとも一旦は彼の言う通りにした方が心証はいいだろう。
王族の前ならば、尚更だ。
しかしここで彼に従えば、あとで罪を何とか免れたとしても、このたくさんの目撃者たちが「少なくとも疑われる要因はあった」として噂の種にするだろう。
それをこの見栄っ張りの侯爵が許容できるのかと言えば、少し難しいような気もする。
が、そんな事はどうでもいい。
もうすぐ私の出番である。
「因みにキダノ侯爵との取引で最も高値だったのが、外国から仕入れた宝石に国内最高の細工師が細工した、大きな石のネックレスという事なのですが……」
「そ、それってもしかして先程ディアナ様が自慢されていた?」
緊張に声が裏返ってしまったが、どうにか私はそう口にした。
私の声に先程の彼女の言葉を思い出した者、その前から「あれ?」と思った者、そして今初めて知った者。
様々な者たちの目がディアナ様の方へと向く。
それに気がついた彼女は反射的に胸元に光る大きな宝石のネックレスを手で隠そうとするが、それは最早自白も同然だ。
その行動に、思わずといった感じで侯爵から舌打ちが漏れる。
一見地味な作業だが、これで一気に侯爵への周りの心証が劣勢に傾いた。
どうにか指示書の内容を完遂できたと、私はホッと胸を撫でおろす。
もしかしたら今までの中にも、私と同じようなミッションを帯びた人たちの先導があったのかもしれない。
そのような些細な事の積み重ねで、今の人間を使った精神的かつ物理的な侯爵の包囲網はできているのだろう。
そんな事を思っていると、いつの間にか殿下の後ろにやってきていた騎士が彼に耳打ちをした。
話を聞いた殿下は眉尻を下げ小さく「そうか……」と呟いた。
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