第12話 鯉のぼりいつまで飾っておけばいいのか問題解決!

 年が明けたと思ったらもう五月! 時が過ぎるのはあっという間ですね! Q太郎は毎日のようにせっせと問題を解決していますが、それでもドミノ町から問題はなくなりません! Q太郎の奮闘は永遠に続くのかもしれませんね!

 しかしQ太郎はめげずに今日も悩みを抱えた人を捜しに町をお散歩です。

「ふう、日中はずいぶん暑くなってきたなあ。熱中症にならないように気を付けないと」

 強い日差しに汗をにじませながらQ太郎は歩いていきます。すると、おやおや? どこかから困っている人の声が聞こえてきました。

「うーん、どうしようかな。片づけちゃおうか、一週間くらいは飾っておこうか……」

 男の人は家の庭で上を見ながら何やら困っているようでした。視線の先には鯉のぼり! そう! 五月五日、こどもの日の飾りですね! もっとも五日は昨日のことで、今日はもう六日です。

 Q太郎は困っている人特有の気配に気付き、たったか走り男の人に近づいていきます。

「僕は問題解決の専門家、バベルのQ太郎だよ! 何かお困りですか?」

「えっ、何……!」

 突然の声掛けに男の人はびっくりしてQ太郎を見つめています。

「問題解決の専門家、Q太郎です! 何かお困りですか?」

「問題解決……えっ……子供がかい……?」

 Q太郎の年齢は確かに十歳と若いです。しかしQ太郎にはプロとしての自負がありました。

「年齢は関係ありません! 僕には数々の実績があります! 必ずやあなたの悩み事も解決して見せます! 是非悩みごとの内容とお名前を教えてください!」

「へぇ……何だか分からないけど……名前は……俺は立花だよ。悩みはね……君、鯉のぼりはいつ片付けるべきだと思う?」

「鯉のぼり? こどもの日の鯉のぼりの事?」

「そうだよ。うちもこうやって飾ってるんだけどね……」

 男の人が見上げたのは鯉のぼり。黒色、赤色、青色の三匹が並んで風に吹かれています。とっても気持ちよさそうですね!

「こどもの日に飾ろうって昔に買ってね、ちゃんと専用のポールも立てたんだ、六メートルの奴をね。子供はもう大学生で出て行っちゃったけど、せっかくだから今も飾ってるのさ」

「ふうん。祝うべき子供がいないのに飾ってるんだね! 面白い!」

「……うん。それで、連休が始まる四月末に鯉のぼりを立てたんだ。それでこどもの日も終わったから片付けようかと思うんだけど、これ、結構立てるの大変なんだよ。伸縮式のポールも一段ずつ伸ばして固定して、台座にはめ込むのだって結構難しいんだ。ロープを引いて鯉のぼりをあげるのも結構大変だし……」

「用意するのが大変で困ってるの?」

 悩みの要点が分からないのでQ太郎は聞いてみます。迂遠な会話をQ太郎は最も唾棄すべきものと考えています。しかし悩み事を持つ人の中には疲れ切って正常な思考が不可能な人もいます。だから優しい心と言葉が重要なのです。

「いや、そうじゃないよ。それも大変だけど、まあ年に一度の事だし、楽しいっちゃ楽しいからね。それはいいんだよ。問題なのは……いつ片付ければいいのか分からない事さ」

「いつ片付けるかが分からない? それはどういう事?」

 Q太郎は首をかしげます。こどもの日にだけ必要な物なのだから、次の日になれば不必要になるはずです。そこに一体どんな悩みがあるのでしょうか。

「いや、なんて言うか……設置するのが大変だったからさ、すぐ片付けるのがもったいない気がしてさ。観光地なんかだと五月いっぱいまで飾ってるところもある。ドミノ町だけで言っても、うちみたいにポール立てて飾っている家は何軒かあるみたいだけど、もう片付けてるところもあれば、少なくとも今日はまだそのままの家もある。俺自身ももうしばらく飾っておきたいんだけど……いつまでも立てたまんまだと不精だと思われちゃうかなって気もするんだよね。ひな祭りの飾りじゃないけどさ。近所の人からもこいつは見えるし。だから……正解なんかないのかもしれないけど、いつまで飾っておくのが普通なのかなってさ」

「……鯉のぼりの掲揚について、自分と町内の人が納得できる期間が何日か知りたいって事?」

「そう……そうだね。こどもの日までか、何日とか何週間とかさ。ひょっとすると鯉のぼり見るのが好きな人もいるかも知れない。俺もこいつを見てると……子供がまだ小さかったころを思い出すんだよ。あの時このポールで背比べしたなとか。ほら、ここにマジックで跡が残ってる」

「ふうん。懐かしい思い出を惹起する作用もあるんだね! 面白い!」

「ちなみに君の家は飾ってる?」

「僕の家は飾っていません!」

「そうか……じゃあ参考にならないな。問題解決の専門家っていうけど……こんなの解決できるの?」

 男の人は挑発的な笑みを浮かべました。しかし、侮るなかれ! Q太郎は困難な時こそその真価を発揮するのです!

「お任せください! 必ずや解決して見せます! じゃあ、ちょっと家で考えてきます! 数日以内にまた来ます!」

 Q太郎は言うが早いか一目散に家の方へ走っていきました。立花さんはそんなQ太郎に呆気に取られていました。

「すごいスピードだな。しかし、あの子が解決してくれるまでは飾っておかなきゃいけなくなったな、鯉のぼり……」

 立花さんはまんざらでもない様子で鯉のぼりのポールを軽く手で叩きました。


 Q太郎は家に帰ってさっそく鯉のぼりの事を調べます。

 鯉のぼりという行事がはじめられたのは江戸時代の頃だそうです。当初は黒い鯉のみで、これが子供を表していたそうです。

 明治以降になると赤い緋鯉が追加されるようになりました。黒い鯉は親、赤い鯉は子供だったそうです。

 さらに時代が進むと青色の鯉が追加されました。黒は父、赤は母、青が子供という解釈になりました。

 飾る期間については特に定めはないようです。こどもの日に合わせて飾るのは当然ですが、早い所ではひな祭りの直後から飾るようなところもあるようです。片づける日も決まってはおらず、五日の内に片付ける人もいれば、五月いっぱいや六月まで飾っているようなこともあるようです。

 要するに、世間一般にならおうと思っても、特に決まりがなく幅も広いので、無難な期間と言うのはよく分からないようです。

 分かりませんでした、ではお話になりません。それはそれとして、現実的な解決方法を提示しなければ問題解決のプロとして失格です。

 立花さんの求める答えは、自分と近所の人が納得できる期間を知りたいという事でした。ですので、逆に世間一般がどうかという事はあまり関係ないようです。立花さんと近所の人が適度に感傷に浸れ、不精だと感じないように出来ればいいのです。

 その場合の日数はどうすればいいのでしょうか? Q太郎はカレンダーとにらめっこします。けれども年によってこどもの日の曜日は違います。連休の並びによっては気分も変わる可能性もあるので、そうなると向こう五十年分は考えないといけません! 大変だ!

「ううん……一体どうすれば……?」

 その時々によって変動する感情の波を考慮した答え……定量的な答えを出すのは難しそうです。定性的な答えでは曖昧になってしまいますが、その確度を上げる事が出来れば何とかなりそうです。不確定性の強い人間の感情をより正確に反映するには……?

「あっ! これならいけるぞ!」

 Q太郎が何か思いついたみたいです! 流石ですね!

 やると決まれば後は早いものです。Q太郎は考えをまとめスパコンでシミュレーションし装置をガシガシと作っていきます。ラボの機械を総動員です。Q太郎は一体どんな解決法を思いついたんでしょうね?


「それで……これが解決する機械……?」

 立花さんは丸い輪っかのような装置を手に取り、疑わしそうに見ていました。

「うん! 片づけばっちり太郎だよ! いつ片付ければいいのか、その雰囲気を解析して日数として表示してくれるんだよ!」

「へえ……ご近所さんがどう思ってるか分かるって事か。そいつはすごいな! で……どうやって使うんだ?」

「頭にはめてください! 立花さんの脳波を読み取ります! それと近所の人の脳波も読み取る事が出来るんだよ!」

「脳波を?! そいつはすごそうだな……どれどれ、孫悟空の頭の輪っかみたいだな」

 立花さんは片づけばっちり太郎を頭につけます。大きすぎて隙間がありましたが、自動的に長さが頭部の輪郭に合うように調整されます。そして内側から針が飛び出し立花さんの頭部に突き刺さりました。

「ぎゃああ! 何だこれ! さ、刺さってるぞ何か! どうなってるんだ!」

 立花さんは余りの痛みに膝をつき、地面に倒れ込んでしまいます。そうしている間にも針はさらに立花さんの肉に刺さり骨を抉り脳にまで伸びていきます。

「ああーーっあっ! 助け、あーっ! うわーっ!」

 立花さんはしばらく喚いていましたが、やがて脳に達した針からの電気刺激により大人しくなりました。

「脳波を正確に観測するには、やっぱり脳に直接装置を埋め込んだ方がいいからね」

 Q太郎はにっこり笑いました。機械が設計通り機能しているところを見るのはうれしいものです。

 あれあれ? でもこれじゃあ、立花さんの脳波は正確に測れても、近所の人の脳波はどうするんだろう。

「そろそろかな……お、動いた」

 立花さんの体が、まるで操り人形のように不自然に立ち上がり、ぎこちない動きで道路の向かいの家に歩いていきます。お向かいの家にはおばあさんがいて鉢植えに水やりをしているところでした。

「あら立花さん。一体どうしたの?まるでキョンシーみたい」

 両腕を前に突き出し足を伸ばしたまま歩く姿は、確かにキョンシーに似ていますね! そしてそれは、歩く姿だけではないのです!

「のうはー!」

 立花さんは叫ぶと、飛び上がって向かいのおばあさんに体当たりして押し倒しました。そしておばあさんの頭にかみつきます。

「きゃああ! 誰か助けて―!」

 おばあさんは叫びますが、立花さんに頭を噛まれます。髪の毛が千切れ、肉がめくりあがり、露出した頭骨に立花さんは更に強くかみついていきます。

「のうはー! がうー! のうはー!」

 立花さんはご近所さんの脳波を求めているのです。そう、脳波を観測して取得するために、直接脳に接触しようとしているのです。頭蓋骨を噛み破るのはあまり効率的ではありませんが、原始的な方法故に確実性は高いのです。

「これで立花さんも近所の人も納得できるよね。良かった! じゃ、僕は帰ります!」

 襲われているおばあさんはやがて静かになり、立花さんはその脳にアクセスしました。町内会の区分で行くと、立花さんのご近所さんはざっと四十人。しばらく時間はかかるでしょうが、立花さんはその全員の脳波を調べてから鯉のぼりの掲揚期間を決める事が出来るのです。

 片づけばっちり太郎の力で正確に脳波を取得し始めた立花さんの姿を見て、Q太郎君はほくそえみました。

「ウッシッシ! 立花さんも喜んでるみたい! 大成功だ!」

 こうして鯉のぼりいつまで飾っておけばいいのか問題は解決しました。めでたしめでたし。

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バベルのQ太郎 登美川ステファニイ @ulbak

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