最終話 娑輪馗廻
「そんな世界は来ん。俺が、俺らが、このくだらん共喰いを終わらせるんや」
一刀両断。百舌鳥は茅の不安を切って捨てた。
「……もずもずは怖くないの?
「茅。おどれはその程度の覚悟で、道眞を自分の身代わりにしたんか?」
びくっと少女が背筋を引きつらせるのを見て、百舌鳥は酷い言い方をしたと反省した。さすがに、死んだ男を引き合いに出すのは卑怯だ。
だが、同時にこれは百舌鳥の本音でもある。
〝狩り鐘さん〟と相対した時、茅は道眞を自分のダメージを引き受ける身代わりにしてでも、この戦いに身を投じる覚悟を決めた。
あの時と状況は違うとはいえ、その覚悟をひるがえすなと思う。
「……違う。違うよ! あたしは結局、おとうちゃんのカタキを討ったって気がぜんぜんしてない。なんだろ、あの教祖もやっつけたのに、あいつらに勝ててない気がするの! あいつら、どうしたら困らせられるの?」
反駁する茅の声に力が戻っていて、百舌鳥は少し安心した。
「連中を困らせた奴なら、目の前にいるやろ」
どん、と自分の胸を叩き、親指を立てて指す。
「あいつらにとって、聖者ってモンは自動的に神サマに帰依しよるものらしいな。ところが、ミナトと道眞と俺とがくっついたことで、その法則が破れた」
その結果、
「今はまだカタキを討てなくても、連中を一歩追いこんだのは確かや。秋には別天のバアさまが頼りにしとった、
だから、先行きは明るいと励ます。それなのに、茅の顔はどこか暗い。
「……置いていかないでね」
「あ?」
あまりにもか細い声に、百舌鳥は言葉を聞きこぼしてしまう。川から上がったばかりの顔からは、涙の跡が見つけられないように。
「置いていかないで。足を引っぱらないから。約束、ちゃんと守るから。
ぎゅうっと、茅は指が白くなるほど、ずぶ濡れのスラックスを握った。その手つきは二人で流された水中で、必死でこちらの手をつかんだ時と似ている。
茅はぼろぼろと涙をこぼしながら訴えた。
「おとうちゃんも、おかあちゃんも、おばあちゃんも、ドードーも、みんなみんな逝っちゃった! もずもずまで、あたしを置いていなくならないで!!」
思えば、夏休みの短い期間で、彼女はどれほど失ったのだろう。
百舌鳥は道眞を喪ったことで半身をもがれたような喪失感を覚えているが、茅は、家族がまるごといなくなったのだ。しかも、それらはほとんど百舌鳥の
「誰ぞの人生を
話が一段落したのを待ったように、黒猫が一鳴きして渓流から上がる道を教えてくれる。百舌鳥は少女に向かって手を伸ばした。
その手を、「うん」とうなずきながら茅が握る。
二人と一匹は渓流を後にし、車に乗って古宮村を出た。
その行く手には、途方もない暗黒が広がっている。娑輪馗廻に連なるものがどれほどいるのか、彼らは全容を把握していないし、できるかも分からない。
それでも、百舌鳥ヤマトと追切茅は、生涯をかけてでも娑輪馗廻を追い詰めると、そう覚悟を決めたのだ。だから。
◆
◆
◆
◆
◆
すずせ
ゆるりらとすずせ
ぞがはにえにざね
すずせゆるりら
きはきふば
ずすけにろ
いろぼねとおす
あしけくゑ
つみひとの
のろいとく
ぞがはにえにざね
ひふみよいむなや
そろのりのなで
きひすゆゐず
もずのもぢやさるべら
うおゑりかしげぜ
もろくあせえごせへ
ぞがはにえにざね
蘇我土重新実。
蘇我土重新実。
娑輪馗廻からは逃れられぬ。娑輪馗廻は終わらぬ。生きとし生けるもの、死にとし死にたえるもの、すべてを九つの道が捕らえている。
汝ら心して、
(了)
廃絶すべし、娑輪馗廻(シャリンキエ) 雨藤フラシ @Ankhlore
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます