第5話 NO NEED FOR WINGS



 *** *** ***



「ねえー、美音ミオンちゃん」

『はーい、なんですか? 美音みおんさん』

「これ見て、これ。秋葉原エイトミリオンの最新オーディションだって。いいなぁ……」

『オーディションですか。可愛い子、います?』

「みんな可愛いよー。アイドルになろうって子は目のキラキラが違うもん」

『うーん、美音さんの言うことは難しいですねー。わたし、人間の見た目の美醜はある程度正確に判別できる自信がありますけど、目のキラキラとか言われちゃったらお手上げです』

「そうだねー。キカイにはわからない概念だよねー」

『あ、バカにしましたね? 今バカにしましたよね?』

「……はぁ」

『どうしました、美音さん。溜息なんかついて』

「……ねぇ、美音ちゃん。聞いてくれる?」

『はい』

「笑わないで聞いてね?」

『笑いませんよ、美音さん。なんでもお話しください』

「……」


「……わたしね。もし、こんな病気にならなかったら、エイトミリオンに入りたかったんだ」

『初耳ですねー』

「パパやママにも言ったことないもん。……でも、エイトミリオンはずっとずっと前から好きだったの。小さな劇場のステージで、光を浴びて歌い踊る女の子たちは、まるで背中に翼があるみたいで……。いつか自分もオーディションを受けられたらいいな、って。今までのお仕事の経歴があるから、他の子よりちょっと選考で有利かなー、なんて、ズルイこと考えてみちゃったり」

『子役の経歴なんてなくたって、美音さんなら絶対合格ですよ』

「ありがと。……でも、病気のことがわかって、夢は夢でおしまいになっちゃった。わたしの背中には、翼はなくて。わたしの居場所は、光の当たるステージの上じゃなくて、このベッドの上になっちゃった」

『今からでも遅くありませんよ? 今すぐ病院から抜け出して、オーディションを受けにいきましょう』

「ふふ、美音ちゃん、冗談うまくなったね。……そうだね、ベッドの上から人工声帯で歌うアイドルなんて、新しくて、みんなにウケるかも」


『……そうそう。先日、こんな本を読みました』

「美音ちゃん、本読むんだ!?」

『茶化さないでください、比喩表現ですよ。電子書籍をデータで取り込んでるんです。それでね、SFの小説なんですけど、こんなことが書いてあったんです。多世界解釈……わかりやすく言うと、パラレルワールド』

「わかりやすくなってないよー」

『わたし達の認識の外には、実は、違う未来を辿った世界がたくさん存在してるんじゃないかなって話です。この多元宇宙のどこかには、美音さんが病気にならず、元気に芸能活動を続けてた世界があって……その世界での美音さんは、秋葉原エイトミリオンのオーディションを受けて、人気アイドルになってたのかもしれませんよ』

「……それ、励ましになってるの?」

『さあ? キカイだから、難しいことはわかりません』

「そうやってすぐ逃げるんだから……」


「……」

『……美音さん?』

「……」

『どうしたんですかー、美音さん?』


「……ほんとにあったらいいな、って思って。そんな世界が……」

『……』


「……イヤだよ。こんなのやだ……」

『えっ?』

「こんなのやだ。やだよ。なんで……なんで、わたしがそっちじゃいけないの?」

『……美音さん?』

「わたし……死にたくない」

『美音さん』

「このまま死にたくない。消えたくないよ……!」


『……』


『……消えませんよ』

「……え?」

『美音さんは消えませんよ。あなたは、わたしと一緒に生き続けるんです』

「……美音ちゃん」


『もうすぐ、MILLIONミリオン・ ONDEMANDオンデマンドのサービスが開始されます。全世界に美音わたしたちの歌声が広がるんです。ううん、歌声だけじゃなくて、美音さんの演技が、感情が、わたしを通じて、世界中の人達に愛されるようになるんです』

「美音ちゃん……」

『秋葉原エイトミリオンなんて目じゃないですよ。あなたは世界のアイドルになるんです。世界中の人があなたの名前を呼んで、あなたの歌を求めるようになります。何十年、何百年先の未来まで。あなたはずっと生き続けるんです』

「……!」

『だから、泣かないで。美音さんが泣くとわたしも悲しいです』

「……信じていいの? あなたが、わたしのかわりに生きてくれるって……」

『機械の命は永遠です。わたしがキカイでよかったですねー』

「……美音ちゃん……!」


『翼なんて要るものですか。一緒に歩いていきましょう、美音さん』

「……うん、美音ちゃん」


 この大地を、しっかり踏みしめて――。



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