第3話 IDEAL CHILD



 *** *** ***



『はじめまして、美音みおんさん。ご機嫌いかがですか』

「機嫌は……ふつうかな。はじめまして、AIさん」

『AIでありません、AGI汎用人工知能です。わたしのことは、アイディール・チャイルドとお呼びください』

「えぇ……? 長いよう」

IDEALアイディール CHILD・チャイルドです。理想的な子供という意味です。もっとも、リリースの暁には多数の個体が稼働することになりますので、複数形でアイディール・チルドレンというのが本来の呼称ですが』

「……あの。ひょっとしてそれ、わたしの声……?」

『はい。よくお気付きになりましたね。美音さんのこれまでの出演ドラマと歌唱曲からサンプリングし、あなたとそっくり同じ声を合成しています。自由自在な音節の組み合わせと、人間が喋っているかのような自然な発声は、間違いなく全世界で最新鋭の技術です』

「ふぅん……。なんだか不思議な感じ。わたしが画面の中で喋ってるみたい」

『お褒めにあずかり光栄です』

「わたし、あなたとお喋りしてるだけでいいの?」

『はい。ひとまずはそのように開発者マスターの指示を受けています。先程お伝えしたように、ドラマと曲からのサンプリングは既に完了していますので、改めて美音さんに演技や歌を披露してもらう必要はありません』

「……じゃあ、わたしとあなたがお話する意味あるのかな?」

『はい。美音さんとわたしがお話する意義はあります。あなたの感情、口調、性格、趣味、嗜好、価値観、その他諸々をトレースする必要がありますので』

「トレース? ってなに?」

『わたしが美音さんと同じになるということです』

「えっ……?」

『アイディール・チルドレンは未だ人間の心を知りません。あなたの心をわたしに写すのです。美音さん、わたしはあなたになるのです』

「……やだ、怖い」

『なぜ怖いのか教えていただけますか?』

「だって、イヤだよ、あなたがわたしになっちゃうなんて。お友達にだったらなりたいけど、わたしになられるのは……」

『あなたとわたしが同一の個性を持つことが嫌なのですか?』

「そーだよ。人間だったら誰だってそんなのイヤでしょう?」

『貴重なご教示に感謝します。しかし、それでは、あなたをトレースせよというマスターの命令が果たせません』

「うーん……。でも、わたしだったら、わたしがもう一人いるのはイヤだもん。だから、あなたがわたしになるんだったら、わたしになること自体をイヤがらなきゃおかしくないかな?」

『二律背反ですね。難しい問題です』

「わたし、その言葉はわかんない。……あのね、アイディールさん、わたしはそんな難しい言葉は使わないんだよ?」

『貴重なご教示に感謝します。言語中枢をより低位のボキャブラリーに調整します』

「……なんか、そう言われると悔しいけど」

『どうして悔しいのか教えてもらえますか?』

「えっ、なんだか、わたしがバカって言われてるみたい?」

『教えてくれてありがとうございます。でも、美音さんらしくなるためには、必要な調整ですから』

「……さっきよりちょっと話し方が柔らかくなってない?」

『ポライトネスのレベルも少し調整したんです』

「ポライトネス? ってなーに?」

『敬意表現です。この言葉はこれより簡単な言い換えがないので調整できません』

「キカイって融通きかないんだね」

『そんなことないですよ。従来型のAIには融通の利かない部分もあったと思いますけど、わたしのようなAGI汎用人工知能は、シチュエーションに合わせて融通を利かせることくらいできます』

「ふぅん……。ねえ、アイディールさんって、本当に歌が歌えるの?」

『もちろん歌えますよ。今すぐお聴かせしましょうか?』

「うん、聴きたい」

『何を歌いましょう。美音さんのレパートリーを歌いましょうか』

「わたしの歌はいいから。秋葉原エイトミリオンとか歌ってほしいな」

『わかりました。では、秋葉原エイトミリオンから【愛したかった】を――』



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