第2話 BEAUTIFUL VOICE



 *** *** ***



「貴重な面談の機会を下さり有難うございます。このたびは、お嬢様のこと、何と申し上げてよいか……」

「お悔やみのようなことを言わんでください。娘は生きております」

「これは、失礼致しました」

「それで、何ですか、提案というのは。言っておきますが、娘はもうテレビには出しませんよ」

「ええ、ええ、もちろん。わかっております。……ただ、お嬢様の声をこのまま天に委ねるのは、あまりに忍びなく。……この画面をご覧頂けますか」

「……何です、これは。悪いが、アニメの声優だってお断りですよ。そもそも娘の病状が悪化したのは、芸能の現場で声を出しすぎたせいで――」

「お父様、これはアニメではございません。自らの意思を持つ電脳でんのう歌姫うたひめ……『サイバー・ディーヴァ』の3Dモデルです」

「何だってお断りだ。娘にこの人形の声を当てさせようって言うんだろう」

「いいえ。どうか、お気を落ち着けてお聞き下さい。……お嬢様に、新たに何か演技をして頂きたいというわけではございません。私どもは、ただ、お嬢様の声を使わせて頂きたいのです」

「……何を言っているんだか、さっぱり」

「当社は現在、AGI汎用人工知能を用いた歌唱ソフトウェアの研究開発に取り組んでいます。五年の歳月と多額の予算を投入し、社運をかけた一大プロジェクトです。完成の暁には、全世界の音楽シーンを、このサイバー・ディーヴァの『声』が席巻することになる……これは音楽と芸能の歴史を変える一大革命なのです」

「そのサイバー何たらに、娘の声を使いたいと?」

「ええ。お嬢様の声は、天が地上に下された至宝です。また、お嬢様が数々のドラマで見せた、瑞々しく感情豊かな演技。他の子役には真似できない抜群の個性。どうか……『百年に一人の子役』と呼ばれた美音みおんさんの声と演技を、当社で買い取らせて頂きたいのです」

「……何だか知らんが、私達はもう娘を芸能界に出したくない。残された命くらい、カメラを向けられないところで穏やかに過ごさせてやりたいんだ」

「お嬢様の声を、永遠に未来に残したくはないのですか?」

「……!」

「お嬢様の生きた証を、過去のものにしてしまって良いのですか?」



 *** *** ***



「主任があんなに交渉上手だなんて知りませんでしたよ」

「私は必死なだけだよ。親御さんにOKしてもらえなきゃ、このプロジェクト自体が白紙に戻されかねないんだから」

「どうしてそこまで美音ちゃんにこだわるんです? 歌と演技ができる子役なんて、探せばいくらでも――」

「君が子役だったらどうする。電脳歌姫のモデルになんかなりたいか?」

「……まあ、自分だったら、面白そうですし、引き受けると思いますけど」

「君の声と性格をサンプリングした歌姫が、十年後も二十年後も世界各地で歌い続けてたらどうだ。国中、世界中、どこへ行っても自分の声。いま私達が聴いている生身の歌手の歌声が、全部君一人の声に置き換わるんだぞ」

「……ゾッとしました」

「そうだろ。だから普通は、そういう事態を想定して、十年ごととか、二十年ごととか、定期的に契約を見直す取り決めにしておくよな。君自身から声の使用の差し止めを要求できる条項があったら、どうだ、行使するか」

「……まあ、さすがに十年も二十年も自分の声ばかりが世の中に溢れてたら、差し止めたくもなりますよね」

「その十年後や二十年後に、君がもうこの世にいなかったらどうだ」

「……主任、まさか」

「それが彼女を起用する理由だ。……まあ、彼女の声と演技に惚れ込んだというのも、決して嘘ではないんだけどね」



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