弱者を愛するにはそれ相応の覚悟と動機がいる

 
 先ず三話、読ませていただきました。
 長くはなりますがご了承ください。

 感想から述べさせていただくと、弱者を愛するにはそれ相応の覚悟と動機がいる、である。
 これ以降、私の感じた話になりますので面倒であれば読み飛ばして下さい。


 吸血鬼は好きか。私は好きだ。大好きだ。古き良き時代の象徴。闇のとばりと、月の世界の支配者。蠢く影を携えて、身体を霧に同化して、望むる形に見目を変え、寝室に這入り猫身に首筋を襲う。鮮やかなまでの血液の姦淫は生やかさを超えて芸術の域まである。
 白樺の木のように映える肌に赤が滴るのが好きだ。紅の口内から覗く、銀色に輝く伸びた対の牙には惧れすら覚える。人の上位者と言える認められるべき、怪物である。

 さても今作はそんな上位者たる吸血鬼と、人間の送る日常的なラブコメディである。
 よいか読者諸賢。人と異種族の交際においては、人なる脆弱な種より相対した人擬きのほうが膂力でも知力でも勝っている場合が多い。而《しこう》して、本作のヒロインは純然たる吸血鬼の真祖の血流を授かったルーツに直結した血統の所謂貴族。類まれなる力量を人に似せた体面の内側に潜ませてあることは言うまでもない。本来なら主人公なぞ小指のつま先で押し倒し、身包みを剥いで己の欲がままに抑するを抑し、枯れ枝の脆さを腕に強いて抱くことも可能であるのだ。
 しかしそれを行わない。在るのは彼への尊重と、おそらくは彼女なりの矜持。一見にして抜け目を見せる彼女だが、確かに方寸に秘した貴族ならではの尊厳と自律の高さを私は垣間見た。
 さてもこれから、一話ごとの感想とさせていただきたい。




 プロローグ

 序盤は朝。寝ぼけ眼の主人公を怪しい雰囲気で起こそうとする影が一つある。並ならぬ奴。血を吸って血管に媚薬を流し込んで押し倒される妄想をしている。媚薬というのも興奮剤の一つで毒薬にもなるものである。やり口がマムシと変わらん。あくまで冗談っぽいのが救いだろうが。 
 宣言を聞いた主人公は飛び起きて保身に走った。セリフからして一度そんな憂き目にあっている様子である。先だって述べた彼女の妄想は冗談ではなかった。冗談じゃねえよ!

 さてもこの美少女。どうやら吸血鬼の類のようである。空を飛び、霧散し、蝙蝠に化け、犬に成る。ともすればこの現世に在るべき存在ではないことは確かである。どっかのカトリックの隠し精鋭部隊が耳にすればバケモンが銃剣こさえて退治に来そうである。我らは神の代理人。神罰の地上の代行者。
 さても今では犬耳をつけて首輪の色に尾を振る勢いの彼女でも、出会った当初は気品を漂わすきゅうけつきだったそうで。何が彼女をこうまで変わらせしめたのか気になるところ。

 朝食パート。料理ができる吸血鬼という唯一性を作品にたら占めた瞬間である気がする。なんていうか私の見てきた吸血鬼が題材の作品だとまずもって料理を行うなんて稀有なものだった。生態的にする必要がないし。
 料理をするとは、前提である程度の道理の知識、風習への理解、食べる人間の好みなどを知り得てないとできぬ行動である。全国津々浦々、料理の出来んフライパンの直し処さえ知らない料理処女あるいはアマチュアの方々に何故行わぬのかと聞けば、まずもって面倒と述べるか、やり方一切がわからんの両極端が多いはずである。このように労力省きたくないあるいは知識的な不足がゆえにステンレスの取ってに手を掛けん方々がいる始末。その上で自分が生体的に必要でないながらも主人公の為に作ってやるという彼女の行いには胸がいっぱいになる思いだ。こういった尊重や思いやりを俗に愛と呼ぶ。慈愛とはこのことである。

 それとこれとは別で野郎、ソース類はすべて自分の血液で仕上げやがった。なんてこったよ台無しだよ。バレンタインデーの悲劇で良く持ち上げられる経血入りチョコレートもかくやと言わんばかりの出来である。愛情はあってもコンマ一ミリの人間性が足りなかった。
 吸血鬼の血を定量飲ませ続けて主人公を同属に仕立て上げようとする目論見があるのなら強かな女という評価で終わったが、どうにも彼女の反応を見る限りド天然でやりおおせたらしい。天然も行き過ぎると恐ろしいバケモンになるようだ。
 吸血鬼から偏食を疑われる主人公。喰血のみを栄養の旨とする吸血鬼に言われたら主人公はおしまいである。好き嫌いは良くないぞ。どうせ胃に入らば肉も血液も相違ない。違いなど味と食感だけである。喉元通れば何とやらだ。

 さて普通に吸血鬼を名乗る以上は血のみを糧とするかと思われたが、なんとお嬢ちゃんは血液のみではなく普通に食物も行ける模様。なるほどどっかの吸血鬼の成れの果てはドーナツをこよなく愛するともいうし、ともすれば不可思議な点ではない。

 そういや拾うのを忘れていたがシア嬢は太陽を浴びてもへっちゃららしい。ここまで無敵な吸血鬼と言われると吸血鬼狩りの吸血鬼しか思い浮かばん。こんな夜だ。血も吸いたくなるさ。静かで本当にいい夜だ。



 第一話 天斗とシアの出会い

 物語は回想の中。しかしいつだって冒険は想像の中にある。皺の刻んだ泥濘から出ずる情報を書き綴るあたり合切これらもふくめて回想と呼べるものか。閑話休題。

 読む限り結構主人公は優秀な人間であるらしい。高校時代からすでに独り暮らしを始め、イイとこの住処を手に入れている。
 それにとどまらず、趣味で書き始めたweb小説は編集の目に留まり作家業の路線に入ったらしい。半端もんじゃねえ。
 
 主人公の特徴は徹夜体質であるらしい。若いうちはそれでよいがこれを続けていくと寿命も削られていくので注意。ちなみに主人公は徹夜を最高で十日続けたそうだ。死ぬでほんま。ギネス記録は十一日と十二分らしい。ちなみに二日から三日に差し当る時節には意識の混濁、幻覚や自己認識のズレが生じ、四日目以降は常に酩酊しているような状態でまともな意識を保てていなかったという。辛うじて起きている、というよりは起きたまま死んでいる状態ともいうか。このあたり私のうろ覚えだから委細は他で。
 さてこの主人公のやばい所は状況的に結構な頻度で徹夜をやっているところである。死ぬでほんま。ちなみに先だって述べたギネス記録だが、やり終えた後に八時間ぐっすりと睡眠を行ったらそれまで明らかに異常をきたしていた言動や状況もすっきりこそげ落ちて元に戻ったという。後遺症も残らなかったという話だったはず。

 さても一仕事を終えた主人公は喉が渇いてしまったが飲料の在庫がNULLであったためにコンビニに買い求めに行った。八日徹夜でこの行動力まじで精神がバケモン。
 だがシア嬢の登場シーンではちゃっかりいつものテンションとは違うハイな様子があるから支障はあるらしく思える。思えるが大分軽いのだ。やっぱ精神バケモンか???

 好奇心が猫を殺すというけれども、一度淋漓と沸き出でた興味を押し殺せるほど人間は欲望に強くはない。その欲に足を攫われ現場に向かった主人公が見たのは息も絶え絶えになった少女だった。正中線に属するいずれかを貫かれていると見える。正中線とは人体に於いての急所の位置であり、体面をまっすぐにとらえて縦に真っ二つにできる位置を指すわけだが、額から股にかけての一直線には軒並み主要の臓器であったり器官が収まっている。シア嬢の受けた傷は裂傷の他に致命の一打としてこの腹をやられているわけだ。
 ヒトはおろか野生の動物でさえ腹は実に重要な部位である。骨に覆われず筋肉のみが防壁を担うこの部位は一重に臓物の圧迫を避けるためのものであり、それだけ傷が入ってはいけない部分であるといえる。

 シア嬢が吸血鬼といえど無事ではすまい。主人公はこの珍客を連れ帰ることにした。

 最後のシア嬢の容態の描写。特に体の軽さと生命の灯が消え始めているのを結び付けているところ良かった。生死の淵の如何がわかる。

 

 第二話 天斗とシアの出会い その二

 どうにか自室にたどり着いた主人公はこの謎の少女を横たえた。この間にも血の流出はとめどない。パニクるのもわかるものだ。
 パニクりながらも主人公は119にかけることだけはためらった。確かに自分ですら状況を把握していないこの状況を、救急隊員に話しても混乱を呼ぶだけである。どころか、それ以上に問題を波及してしまいかねない。
 突き刺さった凶器は、吸血鬼には有効だが人には利かないらしい。主人公はそれを身をもって学んだのだった。楔の消失と共に目覚める少女。だが今わの際であることに間違いはないらしく、少女もすでに怪物としての死を迎えいれているようだった。主人公の思惑とヒロインの覚悟がうまい事対称している。

 何とか助けてやりたいする主人公の問いに、少女はただ血液を欲した。ここは吸血鬼たるゆえんだろう。少女からすれば藪から棒な話である。自身の死を覚悟して、それを甘んじて受けようとしていた。おそらくは元の世界で襲撃せられ、命からがら逃げてきたはいいものの事態は好転しなかった。諦観を持つしかない状況だったろうに、偶々顔を合わせた人間は少女を生かしたいと半ば発狂しながらも助命の意志を少女に伝えたわけだ。棚ぼたもちならぬ、棚からAEDである。
 出された配膳は頂くが礼式。回復の仕様を伝えたら迷わず眼前の少年は自分の皮膚を噛みちぎり、余念もみせず己の体液を呉れた、なるほどこれは惚れて差し支えない。
 少女は指から血液を大事に摂取して身体のケガを治した。だが入れ代わり立ち代わりのように次は主人公が倒れ伏す番となる。八徹の後に吸血鬼一匹を復活させるまでの血を抜いたのである。意識が飛ぶのも宜なるかな。

 終盤。朝に目覚めた主人公は昨日の出来事が決して夢ではない、その証拠と面を合わす結果となった。
 行く当てを聞けば黙りこくるあたり、この世界に転移して生きた少女は実際に切羽詰まっていたことだろう。総勢八十億を乗せる緑の大事に、だが彼女を知る者も、近しい人も、認めるものもこの世にはいない。あって一人、主人公唯一人である。
 主人公としてもああまで濃い一日の後だ。愛着は確かに沸くに決まっている。下心の有無を問うのは野暮というものだが、それを抜きにしたって、見ず知らずの相手に『つい』手を差し伸べてしまうような男が、この期に及んではいそうですか、ではさよならと言えるかと聞かれれば答えはノーだ。
 この期に及んで助けたいと思うに決まっている。
 
 かくしてこの物語は幕を開けたのである。

 吸血鬼と人の描く歪な恋愛小説が。


 統括したい。

 まずもって褒めるべき点といえばシア嬢が可愛いことである。挿絵もないが文の様やセリフの端々から育ちの良さの中にある阿保っぽさというのが見受けられていい。
 一人称視点は主人公である天斗君のものだ。つまるところ彼がその網膜に焼き付けた景色を、彼の脳髄でバイアスに掛け、そして文としてここにある。当たりまえだがこういった作品の良い所は、主人公が対象に対してどう思っているかを赤裸々に明かせる点がある。心中では惚れぬいているがセリフではつっけんどんにすることでわざと冷たくしているよという雰囲気を読者に与えたり、秘した思いを後々に拾うことでフラグとして樹立することも可能だ。
 その点をこの物語にあてはめると、いっそ清々しいほどに主人公がシア嬢に対して愛情を持っていることがわかる。この愛情とは恋慕におけるものではなく、どちらかといえば博愛、あるいは友愛のそれに近い。だからこその、所謂粘性を帯びた恋慕特有の甘く後味の濃い味付けではなく、サラサラとした後味すっきりのものである。若干メンヘラをかましているシア嬢のそれと対比になっているようでその点も興味を惹かれた次第だ。


 さて、私の感想は、弱者を愛するにはそれ相応の覚悟と動機がいる、である。

 すべてをひっくるめて何ら装飾をつけずに言わせてもらうと非常に面白かった。まずもってやはりキャラクターの作り、愛嬌、狂気。人と吸血鬼の両面を相手取った対比。特に日常パートにおける二人の掛け合いは見るに飽きがこず、たまに見せるシア嬢の常識の範囲外な言動などギャグとしてもちゃんと笑える作風となっている。
 その割にシリアス部分はちゃんと逼迫した状況をうまい事表されており、故に二人の下にある絆の類は堅固なものと伺いしれることが出来るのである。
 感想として述べた一文は彼女が転移してきたことを憂いだものとして書かせてもらった。異世界的な要素がある以上は、彼女のことを吐け狙うものが現世に現れてくるかもしれん。
 そうなった場合、戦闘力もないただの一般人をかばいながら退けるのは難しい。むき出しの臓器が一人勝手に地表を歩いているさまである。最大の弱点になるだろう。

 苦悶は感情に干渉する。抗い続ける中で、己より弱い『それ』を守り続けようとするためには相応の覚悟、そして決して揺るがぬ動機が、彼女の中でずっと燻ぶらなければならない。燃料はそう、彼女の持つ彼に対する恋慕、愛情のことだろう。


 大変、大変面白く読ませていただきました。
 応援させていただきます。
 

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