第41話、アンジェラ
鏡の迷宮内を走り抜ける。
ただ出口を目指して力の限り……。
「はぁ、はぁ……!! ッ――――」
リーアが無意識に振り返ってしまう。
ただカリンの背中を見て走れたならその光景は見ずに済んだだろうに。
『ギャァあーっ!!』
『くるる……』
『イルゥククククククク……!!』
『カカッ! カカッ!』
『…………』
『シュルルルルルルルル……』
『ぐらァウ!!』
『コォォ……』
『ワンッ、ワンッ!』
『コケ……!?』
数多の凶悪な怪物が視界を埋め尽くして余りある。
魑魅魍魎を先導しているような錯覚を覚えると共に、あまりに大き過ぎる質量に恐れ慄く。
「イィィヤッホーッ!!」
怪物達で埋まる視界がひび割れ、細々とした破片となって吹き飛ぶ。
「ハッハー!! ふはははは!!」
しなる大剣は見上げる程の魔物を難なく斬り飛ばし、風圧で鏡が割れては復元されを繰り返している。
「やべ、楽しくなっちゃってたな。あ〜でも気持ちいい……運動って気持ちが良い……」
再び先程の化け物達が鏡の床から這い出るも……大剣を振るい溌剌とする男にすっかり恐れをなしていた。
「いやぁ、楽しいね。ここまで斬り甲斐があって、自由に倒せるって中々ないからテンション上がっちゃうよ」
「わ、悪い、クロード……また道を間違えたみたいだ」
軽快なヌンチャクを思わせる自在な手捌きで右へ左へ回転する大剣が、化け物を呆気なく斬り飛ばしていく。
「あぁ、いいよ全然。ただ急いだ方がいいよ。段々と敵の強さが上がって来てるから」
轟々と嵐の如き剣舞中心で、大剣の重い風切り音に紛れて告げられた。
「マジか……、そういや黒騎士を測るとかそんな感じのこと言ってたな……」
「……あ、あの――――」
リーアが口を開いた途端に四人の隙間を駆け抜け、突きを反対側から迫る魔物に突き刺す。
「そらっ」
振り返りながら大剣を振り抜き、刺さっていた魔物を別の魔物に投げ付ける。
「…………」
「…………お、おじさんヤバァ……!!」
理不尽な怪物達をもあまりに理不尽な強さで上回るクロードに目を見張るカリン、シーア。
「まぁ、そろそろ出口だろうからもう一踏ん張りだね。体力もそうだけど、子供達の心のストレスはまた別だ。そう、あれは俺が四歳の頃のはな――」
「思い出話を始める気か!? 今っ!? ここで!?」
頑張って育てた米をネズミに食い散らかされて号泣し、一帯のネズミを昼も夜もなく追いかけ回していた幼き日を語ろうとするも、スパークに制されてしまった。
「……あ、あの、すみませんでした」
「私も、なんとお詫びすればよいのか……」
「……気にしなくていいのに。律儀だね、二人とも」
涙目になって謝罪する二人を前に、何故か貰い泣きするクロードが……。
「……すん」
「ん……? いや置かないで!? 大剣を置いてハンカチ取り出すなよっ!!」
おもむろに立てかけられた大剣を慌てたスパークがクロードへ差し出した。重量によろけながらもクロードの手に掴ませようと必死になる。
「いやなんか、いいんじゃない? おじさん、マジで余裕そうじゃん」
「まだあっちが本気じゃないからね。多分、本当に君等は逃すつもりなんだと思うよ」
クロードが大剣を担ぎ直し、曲がり角から姿を現した【黒色の頭脳】へ楽しげな笑みを向ける。
背後に魔物達を連れて、事細かく説く。
「こちらの研究で、魔検石の黒色の反応には二十一段階ある事が分かっている。先程までの魔物はその内、三段階目だ」
「さっきから跳んでる奴は?」
「アンジェラは……」
言葉を止めた【黒色の頭脳】。直後に、背後の変化は起こった。
『…………――――――』
二足で控えていた大きな蜥蜴の魔物から、頭部が消える。
「……アンジェラは
「パワーも中々だな」
クロードが振り返り、同調してスパーク等も振り向いた。
――蜥蜴頭が、白目を向いて鏡に収まっていく。
「…………っ」
「アレは……なんなんだ……?」
凶悪な魔物の頭部を千切り、見せ付けるように掲げる謎の怪物に震えは止まらない。
この化け物だらけの空間においても、アレだけが生物としての段階が違っている。
「…………見たい?」
「えっ……!?」
興味津々のリーア達を目にして、ふとクロードが告げた。
「ん〜…………………………」
すると上の空となって数秒後……クロードの左手が掻き消える。
次の瞬間。
「はい、こいつ」
『――――』
呼吸が止まってしまっていた。
クロードと【黒色の頭脳】を除く全ての者が呼吸を拒んだ。襲い掛かろうとしていた黒雲レベルの魔物達もろとも停止する。
クロードに頭を鷲掴みにされ宙吊りとなっていたその白い美しくもある魔物を前にして。
「信じられない速さで鏡から鏡に移りながら攻撃してたんだけど、速過ぎて大剣でも追いつけない」
昆虫を彷彿とさせる手足に、鎧や甲殻類を思わせる外皮は純白で、腰元には幾つもの様々な種類の剣が。
放つ威圧感に周りの大気が歪んで見えていた。
同時にどれだけの危機の中にいるのかを本能として悟る。
「君、凄いじゃないか。剣が追い付かない速度は君で三人目? くらいだよ…………ウチ来る?」
「アンジェラにそのような感情は持たせていない。無駄だ」
拍手でクロードを称賛する【黒色の頭脳】が言う。感情すら思うがままに生物を生み出せると。
「さて、嬉しい誤算が立て続けに起こっている。君は強過ぎる」
「はっはっは。だってまお……じゃなくて、黒騎士だからね」
また自然に大剣を立てかけて腕組みで踏ん反り返るも、いま口を差し挟める者はいない。
「だろうとも。故に、第五段階までの全ての魔物に命じる。――――その者を殺せ」
………
……
…
迷宮は抜けた。
後は平原のように広い迷宮前の空間を駆け抜け、高所の出口へ長く続く階段を登るだけ。
しかし魔物達の勢いが格段に上がっている。
【黒色の頭脳】に指名されたリーアのみに、ひたすらに殺到していた。
「スパーク達は先に行ってもらえる? 纏めて倒すから」
不気味に広い空間の中央に大挙して集合する魔物達を受けて、突如としてリーアを引き留めて停止したクロードが斬り払いながら告げた。
「っ……、っ…………!!」
蹲って懸命に耐えるリーアを中心に、四方から迫る魔物を寸断していた。
「できるのかっ? こんな数を!!」
「まだこのくらいなら倒せる」
死体が溜まり、鏡の如く割れ、再び襲撃する。永遠に続く悪夢。
クロードを信じるしかないスパークは疲労が限界であったシーアを抱え、カリンと共に駆けていく。
魔物達は【黒色の頭脳】の命令通りに、スパーク達に全くの無関心でリーアへ向かう。素通りであった。
「ふんっ。……そろそろか」
「えっ……!?」
一瞬だけ自分とクロードを黒い魔力が覆うと、何故か魔物達の爪や針の付いた尾が触れた側から見当違いな方向へ逸れてしまう。
「行くよっ」
「ぐっ、あぅ……!!」
抱き抱えられたかと思えば、空高く跳躍していた。
咄嗟に見下ろす眼下には身も心も凍る化け物の群れがある。
「はい、合流したよ。後はこの陰に隠れてて」
スパーク等の少し後ろ側に着地し、リーアを下すとすぐに鏡の床を叩き割り、重厚な漆黒の鎧を衝撃に備えて配置した。
それから魔物達へと駆け出す。
身体から魔力を放ち、――――黒い雲海を作りながら。
「なんだよ……これ……」
「…………」
どれだけ理解不能な魔力量であるか、スパークとカリンは正確に理解していた。
【翡翠弓】シルクかそれ以上の領域である。
魔力を吸収していく鎧が無ければ、気を失っていただろう。
が、次には雲海は……渦を巻いていく。
巨大な魔物達は足を滑らされ、転がりながら渦に巻き込まれ、中心の男へと集められていく。
ついに全ての魔物が押し固められて、一つの異様な球体が出来上がると、
――――黒い剣閃が、無数に刻まれる……。
……一拍のあと、内から一度の魔力による波動を受け肉片が飛び散る。
ただ一人、男を残して。
これによりスパーク等が階段を駆け上がる猶予が……。
「…………ん?」
クロードの大剣が…………溶けて床に落ちる。
流れる鋼は意志を持ち、前方へ進む。やがて浮かび上がるアンジェラに吸い込まれ、その手に全く同じ大剣が握られた。
『…………』
軽く振るうその大剣は、先程までに見ていたものと同じだ。クロードの大剣と、同じである。
「ふっ、俺の剣術を使う気かな? 前にも似たのがいたよ」
「これにてアンジェラの用意は整った」
背後の声にクロードは勇んで振り返り言う。
「いいだろう、好きなだけ用意をしてくぅっ…………」
振り返る途中の中途半端な体勢で固まったクロードの視線の先には、
「……素晴らしい、なんという遺物だ。これまで知り得たものの中でもこれ程のものはない」
禍々しいオーラを立ち昇らせる……闇色の鎧を身に付けた【黒色の頭脳】であった。全能感を感じながら、鎧の感触を確かめていた。
「………………あっ、鎧も? 剣だけじゃなくて、鎧も持っていくの? …………オッケー、やろう」
古き魔窟の物語をっ! 壱兄さん @wanpankun
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