第40話、いつもカッコいい登場ができるのは物語だけ
「ここは行き止まりだ。まぁ、いつもこちらに頼り切り。行動一つするにも逐一こちらに確認し切り。そう仕込んだのだから仕方はないのだがな」
思えば出身や家族構成、フルネームなど『テオ』の詳細と言えるものは何も知らない。
洞窟であった道はやがて全面鏡ばりに。そして出たのは……壮大なまでに広い空間であった。
戻る道はない。簡易的にかけられた階段を降りて遠くに見える迷宮の入り口へ走り、案の定迷ってしまう。
「正解は、あちらだ。行くといい」
誰かも知らない初老の貫禄ある男へ身体を変化させ、左手の道を示す。
「ちっ、お前の言う事は信用できな――」
シーアやリーアを背に勇んで見せるスパークの袖が引かれる。
「なんだよ、ちょっと待ってろよ。今からビシっと決めてやんぜ」
それでも袖が引かれる。
「なんだ、ヨォ――――ッ!?」
“達磨ゴブリン”、小さな丸々とした身体ながら魔検石はしっかりと濃い紫色に変わっていた。
「怖すぎるだろ!? いつの間に!?」
「移動を拒めば彼が少し負傷させることになるだろう。安心したまえ、決して死なせはしない」
「ちっくしょーっ!!」
スパークが子供達とカリンを連れて【黒色の頭脳】を通り過ぎて走る。
「…………」
その際に【黒色の頭脳】の今の姿に少し既視感を感じるカリン。しかし気のせいと、スパークの後に続く。
「………ほぅ、微かに記憶に残っていたか」
(あとは……いや、このくらいか。贈るべき情報は……)
「……ケイン君、これは君へのお礼だ。彼と出会わせてくれたお礼だ、ありがとう」
酷く興味をそそられる。焦がれていると言ってもいい。
クロードに引き合わせてくれたかつての教え子に心からの感謝を送る。
それは二年と少し前に魔窟を後にしたばかりの時であった。
………
……
…
生物学者の“マリオ”としてノーマン公国の軍学校に戻って来た。
長い長い調査旅行から帰ると、真っ先に軍の中将となったかつての同級生に呼び出される。
彼の屋敷でブランデーを飲み、盤の遊戯を嗜みつつ談話を楽しむ。
『…………ケイン君が、ニウース地底魔窟に隊を派遣?』
『そうだ』
『何の為に。あそこは基本的に軍は干渉しない筈ではないのかね?』
すると彼は軽く肩を竦め、
『分からん……さっぱりだ。【黒色の頭脳】とかいう噂の調査をすべきだと熱心に説かれてな。ただ娘さんに実地訓練させたいのかもな』
『娘……そう言えばまだ小さな時に一度だけ会わせてもらったな』
『まだ若いのに優秀だぞ』
この者はマリオの助言で美人の恋人を作り、結婚にまで至り、最大の信頼を寄せている。よってこうした内情も警戒心なく話すようになった。
単純な興味だ。会いに行ってみることにした。
ケインは出世していた。実家のコネクションの影響が多大に、驚く速度でエリートの道を駆け上がっていた。
『奴程の悪党がこのまま
中途半端……?
『そうでしょう? あまりに終わり方が雑で、なんと言いますか……美しくない』
美しくない……?
少し行いを顧みて、更に客観的視点から考えてみる。
『…………確かに、確かに一理ある。美しくないし中途半端という見方もあるのやもしれん。ふむ……興味深いな』
彼からの意見で考えさせられる未来があるなどとは思い付きもしなかった。
欲しいものも手に入ったのだし、それで良しと去ったのだが。
『確かにはっきりさせるべきかとも思えるな。やってみるべきだろう』
『おおっ、先生の賛同がいただけたなら確信が持てましたっ! 感謝します、師よ!』
『師だなどと、大袈裟ではないか』
『はっはっはっは! 何をご謙遜を!』
では……共に終わらせよう。ケイン君と私で、【黒色の頭脳】を。
こうして『テオ』が生まれた。
一週間程の仕込みを終わらせ、滞在先のホテルでコーヒーを飲んでいた頃合いに再びケインは現れた。
『……先生、これを』
『何かの書類……?』
『私から依頼されたというオーサムという
『何故そんなものが君の元へ。知り合いか?』
『全くの無関係です。そのバツ印が付いている者は……死者でした。【黒色の頭脳】によって殺されたとされる』
『……何故? どうしてだねっ』
『分かりませんっ、私の書斎にあるデスクの引き出しに入っていたんです!!』
その二日後、今度はケインの妻が訪れる。私が戻ったとケインから聞いたのだろう。
『最近、あの人の様子が少し変なんです。探索者の名簿なんかが書斎にあったのですが、自分で書いたものなのに何故ここにあるのかだなんて怒鳴り出して……』
『そうでしたか。……おそらく働き過ぎですな。魔窟にいる探索者が粗暴者ばかりなので調べ出したのでしょう。娘さんを心配して少しやり過ぎたと。彼らしい……』
『やはりそう思われます?』
『えぇ。そうですな……そこまで仕事らしいものでもないのですから、“魔窟で何かあったの?”とか“それは何?”などさりげなく寄り添ってみては如何ですかな?』
『……そうしてみますわ』
『愛していらっしゃるのですな、ケインを』
『え、えぇ……あそこまで好きだ好きだと言われると、女は嬉しいものですわ。私もあの人を愛しております』
『そうですか、喜ばしい。はっはっは!』
愚かな女だ。
派手好きでプライド高く、金と貢ぎ物で愛を測っていた女。
『いやはや、それにしても娘さんのことなのに貴女に相談なしとは』
『え……?』
『いやなに……学生時代には貴女優先で、第一に考えていたケインからは想像もできませんな』
『…………そう、ですわね』
たった今、彼女の胸には黒い感情が生まれていることだろう。
もし今、元恋人にこっ酷く振られた原因が、ケインの実家の圧力によるものだと知ればどのような反応をするだろう。
思えば学生時代のその恋愛相談から、ケインは自分を頼るようになったのだったと思い出す。
次にケインと会った時には、不眠が続いたのか酷く顔色が悪く感じられた。
『次は……身に覚えのない書きかけの手紙がありました。やはりオーサム宛です』
『……明らかにおかしい。なんだ、魔窟関連で何か思い当たることはないのか?』
『考えられるとすれば…………娘に経験と昇進への手柄をやりたくて、【黒色の頭脳】に関する調査を強行させたことくらいです。かなり無理を言って、強引な手段も……』
驚く素振りをしながらも、そうだろうなと胸中で相槌を打つ。口ではああは言っても学生時代から臆病な性分であった。
彼は本当に【黒色の頭脳】がいるなどとは考えていなかった。
ここ数年の公国はドワーフ等の連合と緊迫した状態が続いている。いつ戦争となるや分からないからこそ、それなりに長期の捜査が見込め、功績も積める魔窟の任務へ送り出したのだった。
『まさか……』
『……【黒色の頭脳】に目を付けられたようです。私をコウモリに仕立てあげてやるぞと、脅しているんですよ、あいつは……』
臆病であるが故に、いつも真っ先に最悪の可能性を想定する。
『書斎には誰も入れないのだろう? 鍵は?』
『とっくに全て取り上げました、妻のも含めて全部……』
『…………合鍵だろうな。まさか人が霧や煙になって侵入できるわけもなし』
『先生っ、私はどうしたら!! 家族に罪はないっ、あいつらには迷惑をかけたくありません……!』
後悔しているのだろう。
家族、主に妻から魔窟に関して訊ねられ、かなり大きな喧嘩をしたという。今はもう妻の方は家を出てしまう始末だ。
『大事な問いだ。心を凍らせて訊ねる。今の話を聞くに、君の家にいる者達の中には【黒色の頭脳】に操られる者がいて、そのせいで多くは君を疑っている…………という認識で良いのか?』
『…………』
わざとしっかりと事実を突き付けてやると、ゆっくりと十分な時間をかけて自分を納得させ、静かに頷いた。
このままでは自分は【黒色の頭脳】にされてしまう。
家族等はただ魔窟に関する仕事で難航しているのだろうと、その程度の認識であるのに。
『……相手が分からねば、どのような手を打てば良いのか。……っ、大変だ、娘さんをまずは呼び戻さねばっ!!』
『いけませんっ!! 今の実家に呼び戻せば、妻等から何を吹き込まれるか……!!』
『し、しかし……』
『娘に……娘にだけは警告を。娘に俺にしてやれる精一杯の警告を最後に。あいつにだけは手を出されるわけにはいきません……!!』
到着する前から決めていたのだろう。予定では既に、自分が死ねば【黒色の頭脳】が執着することもなくなるとでも考えている頃合いだ。
身内の中で終わらせてやるとの脅し……コウモリの慈悲であり、自分は悲運の中に残された一粒の幸運にしがみ付くしかない。
『……私は諦めない。君の目には危険な色が浮かんで見えるが、私は諦めないぞ』
『先生に出会えて、私は幸福でした……我が恩師よ』
『諦めないと言っている!!』
『最後に一つ、願いを聞いてはもらえませんか……?』
そして師弟が作りし警告の文言が、
「空に目あり、壁に耳あり、全ての生命はその囁きを知る……」
遺言であればそれだけ深く刻み込まれる。カリンは仲間の正常を常に疑い始めた。身内を特に疑い始めた。
「ケイン君、言われた通りに【黒色の頭脳】をきちんと終わらせてみせた。……やはり達成感はまるでないが、胸は踊っているよ。かつてない」
提案したケインとカリンにより【黒色の頭脳】は終わりを迎える。仕掛けは至る所にあり、父娘共々既に終えている。
胸の内を明かすなら、成功しようが失敗しようがこれに関してはどちらでも構わない。
重要なのは初めて目にする本物の『異常』だけだ。
「果たして、どの程度のものか。可能ならばその全てを覗き見たいものだが」
一面、鏡の領域。侵入した外敵を打ち倒す目的で作られた戦闘用の広い空間がいくつかあるが、基本的には行く者を惑わす入り組んだ迷路である。
ゾーン四十二へ行ける唯一の道であり、ここはその為の完全不破の迷宮とされていた。
かつては。
「――〈
魔物を使って誘導した先の空間では、予定通りにスパークが切り札を使用していた。魔検石が濃い紫を示した魔物を、雷球に僅か掠らせるだけで感電死させてしまう。
【鏖雷皇帝】トリゴール。独自に編み出した雷の魔術は容易に大災害を齎し、類を見ないその破壊力から史上最強の魔術師と言われている。
トリゴールの魔術を再現しようとする学派であるのは一目瞭然で、ならば未熟なスパークでさえこの火力の高さは納得できる。これだけを見るならばスパークは黒雲級に匹敵するだろう。
「おい、覚悟しろよ……。これさえ発動しちまえば――」
「〈貧者の業〉」
目的地まで辿り着いたので、スパークの周囲を囲む大きな四つの雷球から魔力を周りの鏡へと抜き取る。当然に雷は一度だけ爆ぜる音を立てて消え去る。
生き物から抜き取るまでには至らなかったが、この鏡の迷宮内での魔力を吸収する魔術は以前より確立してある。
「え……………えぇーっ!? ズルぅ……」
「全っ然ダメじゃん!! あのバケモノの散歩の肥やしにされてんじゃん!! ストリートパフォーマーかぁ!!」
「一体は倒したのに、そんな言わんでもいいじゃねぇか……」
ど派手な必殺技に期待高まっていただけに、地団駄を踏むシーアからの指摘は鋭く尖っていた。
泣き出しそうになるスパーク等に首を振りつつ、やけに特殊な物言いをするようになったシーアやスパークを疑問視する。
「あ〜あ、でもクロードのおじさんが来たらあんたなんか一捻りなんだからね」
「そうであろうし、そう願いたい。そろそろ招待状を確認して向かって来ている頃だ。待ち遠しきかな、かの者よ」
怯えているのも明らかであるのに勇んでみせるシーアだが、【黒色の頭脳】は無感情に返答するのみであった。
「あ、あの……」
「まだ時間はある。質問があるのなら遠慮することはない」
「…………なんで――」
「願われたからだ。この鏡の迷宮を使用するには所有権が必要で、それを入手する為にかの存在と取り引きをする機会があった」
鏡の壁を手でなぞりながら歩み、自分達姉妹が狙われる理由を訊ねずにはいられなかったリーアの問いに素直に答える。
「気まぐれであった……その時の仲介役を務めた者が王国側にいるから別れの挨拶に行ったのだが、その際に一度だけでいいので君達姉妹を襲うよう頼まれた」
丁度『星夜の儀』に使われる水晶剣を撮りに向かった際だ。魔窟を離れるにあたり、スパークと別行動時にこなした要件の一つだ。
スパークが先導して向かう道中近辺に探索者狩りに駆り立てた者達がいた筈と、急遽先回りして情報を渡したのであった。
「探そうとは思わないことだ。彼の持つ『遺物・浅き審判者の天秤』は敵対者をほぼ確定で即死させる。遺物らしくとても理不尽なものだ」
「っ…………」
「奪う程の魅力もないがね。資格さえあれば適用できなくなる遺物などは置物と同義だ」
本当に厄介なのは、鏡の迷宮の所有権を持っていた上位者だろう。
「遺物などなくとも、この鏡の迷宮さえあれば何も文句はない。この保存の性質さえあれば広大な牧場と変わらなく。それどころか、下の超自然的存在からの魔力による加護まで付いてくる。感謝しても仕切れないではないか。まさか………………」
明確な欠点であろう。
自分の世界だけで物事を進めてしまう。語りすぎてしまう。己がノートに書き留めるように言葉を紡いでしまうのだ。
「……君達を害すつもりはない。意味のない死は徹底的に避けるべきだからだ」
「言葉の約束など、何の意味もない」
「上を見てみたまえ」
そのカリンへの返答がどうしても気になってしまう。後悔するであろうとしても、現在の置かれた状況を確かめずにはいられない。
そして、後悔する。
遥か高き天井の鏡には、埋め尽くさんばかりの怪物達がこちらを品定めしながら涎を垂らして観察していた。
「降りて来なさい」
創造者の許しを得ると怪物等はじわじわと鏡から滲み出るように肉体を現し、スパーク達の広間に埋め尽くす程度の数だけ舞い降りる。
達磨ゴブリンの死体を踏み潰し、至近距離で凝視する。
黒々となった魔検石に気付く余裕など、誰にもない。
「まぁ……死を与えるのは簡単だ。ご覧の通りに試作品は十分であるからな。それに――」
カリンの首が飛ぶ。化け物の一体が腕を払うと確かにその素っ首が跳ね上がり、床に落ちて生々しい音を立てる。
悲鳴が上がるよりも前に【黒色の頭脳】が指を弾く。
すると、――――瞬間的に時が戻る。
【黒色の頭脳】の意志により、検体の姿がガラスのように割れ落ち、元の状態を取り戻してしまった。
「っ……っ……」
「……まぁ、こういう神の如き行為をさも当然に行える」
カリンは別れた筈の首を何度も確かめ、スパーク達も目を疑い凝視している。
「ここは、そんな特殊な場所なのだよ」
魔神なのだろうか。魔王と呼ぶべき怪物達を統べるこの者を、魔神と呼ぶのではないのだろうか。
「と…………
怪物達の荒い鼻息も、恐怖に縮み上がるカリン等も、【黒色の頭脳】も、その足音を聴く。
コツ……コツ……一歩一歩、着実にこちらに歩む勇ましい歩みの音。
「来た……」
勝てるとは思えない。しかし望みがあるとするなら彼かシルク。近付くその者を“希望”として今か今かの待つ。
コツ……コツ……と、近付く足音。
……少しだけ立ち止まり、またコツ……コツ……と歩む。近付くに連れ、緊張感は高まる。
コツ……コツ……と、今度は遠ざかる足音。また少し立ち止まる。
するとまたコツ……コツ……と、近付き……また遠ざかる。
(――あいつ迷ってんじゃん……!!)
スパークが堪らず心中で叫んだ。
『……なんだよ、ここっ! まるで迷宮じゃないか!』
普段のクロードらしからぬ口調で、鏡の都に腹を立てていた。
いやしかし声が聴こえたのは壁一枚向こう……と、鏡が割れる音が鳴る。
…………壁の上から鏡の破片を持つ手が現れ……反射を利用して出口を確認するのを全員が発見する。
そして、引っ込む。
「………………いっ!?」
突然に壁が吹き飛び、その男は現れた。
「待たせたな」
「なんでそっち!?」
手を出して確認していた壁と正反対の壁を蹴り破り、大剣を担ぎクロードが現れた。
「……目が合っちゃうもんだから……なんか悔しくて……」
「そんなのいいからぁ!! 俺っち達だって、英雄が毎回カッコいい登場ができるなんて思ってないからぁ!!」
「俺だって迷宮だと分かってたら備えたよ? でも手紙の感じだと、道場みたいなところで師範代みたいな人が正座して構えてるみたいなのを想像してたもんだから……果たし会い感覚で来ちゃったもんな」
意図の不明な妙な代物と共に送られた手紙を懐から取り出して苦言を呈す。
その際に、素早く頭を傾ける。
「お、おじさんっ、はやくこっち来てよっ!! こいつヤバいんだから……!! 気合い入れてってば!!」
「オーケイオーケイ。もう大丈夫だから」
震え声で切羽詰まった様子のシーアに歩み寄るクロードは、反して気負いなく告げる。
ふとした瞬間に、不自然な程に速く屈伸を挟み。
「あいつが作ったからっ、こいつ等は言うこと聞いてて……!!」
「パターンBね。研究者タイプのやつか」
「し、しかも、ここに居たら死んでも蘇るらしいの!!」
壁さえも既に元通りになっており、クロードは【黒色の頭脳】に向き直り言う。
「不死身付きね、了解」
「なんで動じないの!?」
「いや問題は魔物じゃなくて、彼自身とさっきからちょっかいをかけて来てる個体だよ。それだけ明らかに
「は……?」
疑問符を浮かべるスパーク達を背に、クロードは意味深な話をする。
「……早々に想像以上。まさか
魔検石が、弾け飛ぶ。
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