第39話、悪なる天才

連絡

ちょっと暫く他に注力するかもしれないので、ついでに書きました。

閲覧注意かものこちらもどうぞ。


〜・〜・〜・〜・〜・〜


 突然に破裂して粉々になって崩れ落ちていった石橋。まるで自重が瞬間的に倍増し、自壊したかのようであった。


「君達を殺すつもりはない。撤退する前にどうしても彼の能力を知りたいからな」


 テオの姿のまま話すその人物が道向こうを指差す。


「……行きなさい。他に道はないし、まだまだ時間はあるのだ」

「誰だよ、お前……テオはどこだ」

「テオと呼ばれるのはこちら・・・ただ一人だ。初めから、ここまで」


 一人称も奇妙にも『こちら』に変わっている。


「っ…………」

「なに……?」


 怯える姉妹は未だに事態を理解できない。できないまでも身を寄せ合い、今まさに目の前に異常事態が発生していることを察している。


「……何故っ、父の言葉を知っている」


 軍の上官でもあるカリンの父だが、二年前に自決している。魔窟の潜入調査で初めての定期報告で地上に上がった際に、例の文言と共に誰も信用するなとの助言も受けた。


「そうさせたからだろう。そちらのいう【黒色の頭脳】とは、そういうものなのだろう?」


 スパークと共に子供等の前ににじり歩み、即座に弓を射れるように構える。


 殺意迸るカリンに、怪物はあまりにも無機質に説く。


「誰も信じず、仲間を疑い、自分の異常を察せない。外に情報を求め、同年代で造詣の深い受け付け嬢のランに行き着いた。スパーク達だけでなく、ランはこちらを頼る」

「…………」

「勿論、ランからのみではないが。今、君達がどの程度の情報を持ち、どのような方針で、何を知りたがっているかが分かった。遺言に従い、従順に今の今までありがとう」


 黒色の影響を受けていたとでもいうのか。生まれた不安に鼓動が加速する。


「この後だが……こちらが撤退した後、生きても死んでもお父上と君は【黒色の頭脳】として処罰される」

「は……?」

「お父上が君に警告し、自決したのは容疑者にされたからだ。罰せられれば確定したも同じで家族等に向けられる仕打ちは想像を絶する。死んでもその後に“囁き”の存在を確認できれば、自分はやはり潔白だと伝えられると考えたからだ」


 地上での活動中に仕掛けておいた種が花開いた瞬間であった。


「残念だが、今回スパークが君を疑ったようにすぐに他の者達も君を疑うだろう。【黒色の頭脳】が父から娘へ受け継がれたと判断されるだろうな」

「なに……?」


 愕然とした目で、隣に構えるスパークを見る。


 明らかに異常な存在を前にしても抑えられるわけもない衝動であった。正義を掲げ、国の為、魔窟の探索者の為にと、仲間さえ疑って邁進して来たのにどうしてと。


「……あんたが女なのに【卑劣な一家】に狙われてほぼ無傷だったから……変に地上にも上がってたし、なんか企みでもあんのかと……」

「あぁ、いけない。クロード君が来る前に仲間割れが起きてしまいそうだ。違う違う、彼を責めてはいけない。悪いのはこちらだ」


 次の発言が、テオと呼称するしかないこの狂人の脅威を物語る。実際には、それでも表し切れないのだが……。


「あれは、こちらがあれ等にカリンだけは傷付けるなと命じた・・・のだから」

「…………は、は? 何を言って……」


 あの【卑劣な一家】に『命令』と言った。魔検石に黒や紫の反応を示すあの強大な特異種に、おそらく人間である存在が。


「命令権があるのだよ。当然だ、あれはこちらが造り出したのだから」

「ばっ……馬鹿なこと言うな!! 神でもないのにあんな魔物を造れるわけがないだろうがっ!!」


 また一つ、感情的になったスパークが禁忌の扉を開く。黒々と染まった悪辣なる扉を。


「……ラルマーン共和国の人造魔獣を知らないのか?」


 ゆったりと腕を組み、初めて理解ができないとばかりに問うた。


 無論のこと誰もが知っている。昔からラルマーン共和国をラルマーン共和国足らしめる主力の生物兵器なのだから。


 しかし今ここでその名を挙げることが如何に恐ろしいことか分かっているのだろうか。


「あちらでできていた事が、どうしてこちらでできなくなると思うのだろうか」


 悪なる天才は怖気というにも事足りない寒気をスパーク達に走らせた。


「ラルマーンで活躍するあれらも、こちらが造り出した。場所が異なるだけだ。ならば魔物や行方不明になる人間・・が多い魔窟でもできるだろう……」


 あまりにもすらりと出た悍ましき言葉に、理解が追い付くよりも早く音が鳴る。


 ……テオが手を叩き合わせていた。


「そう言えば、この機に君達だけでも訂正させて欲しい。あれ等の母をマザーと呼ぶのは止めてくれないか? こちらはアレを、“クイーン”と名付けているのだ」

「っ……どうでもいいっ!!」


 世界にあっても異質に過ぎる存在への恐怖を、利用された恨みで押し潰し、カリンが矢を放つ。


 しかし、


「どうでも良くはないだろう。シスや黒雲級はアレを狙っているのだろう?」


 抜き放つ瞬間すら分からない速さで、剣が矢を斬り落とす。


 腕前は誰が見ても明らかに紫山級ではない。


「……あぁ、丁度唯一の目撃者がこの場にいるじゃないか」

「ぇ…………」


 悪魔の頭脳を思わせるテオの視線が…………涙を流して慄くリーアへと向かう。


 黒色の悪意は止め処なく溢れ、ニウース地底魔窟にしかと浸透していた。


「――キューちゃんだよ。可愛がっていただろう? あれが【卑劣な一家】の母だ。クイーンの方が相応しくないか?」


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