第38話、後夜祭は突然に

 

 正式に探索者として歩み始めた子供達には、親や師から贈り物が送られるのが通例だ。


 上質な長方形の木箱を開け、笑みを抑え切れないターテンがすぐにシーアへ差し出す。


 ランを通して調査は万全。肩透かしにはならないだろう。


「ふふっ、ほうら二人とも。パパ達から星夜の儀おめでとうのプレゼントだよぉ?」

「あのお洒落な短剣じゃんっ! 欲しかったやつっ。パパ、ありがと!」

「いいのいいの、パパはその笑顔でうんうんうんうん」


 喜ぶシーアにデレデレとなるターテンが、大きな顔と身体を屈めてハグする。当のシーアは紅い片刃と黒い持ち手が美しいダガーに夢中だが。


「いつも頑張り屋のリーアにはこれにゃ!」

「新しい盾っ!!」


 目の色を変えて新品の盾に飛び付くリーアを、クラン中が微笑ましげに見守る。


 あまり物を強請らないリーアだから特にそうであった。


「奮発した甲斐があったニャア……」


 涙目のニャオは痛めた懐の傷が癒えるのをしみじみと感じているようだ。


「ダメだな、ありゃ……」

「凝り固まった憎しみでやったってだけの犯罪者だからね。歳とかも関係してるのかなぁ……。衛兵に引き渡してからも訳の分からないことを喚きっぱなしだし、仕方がないよ」


 星夜の儀で事件を起こした犯人を国の兵に預けたスパークとテオが、疲労感を滲ませながらも温かなクランの空気を察する。


「へぇ、一流が使うようないい盾だね」

「本当ですかっ? 良かったです……形もデザインもすごくいいなって思ってて」


 ターテンとニャオで数日間も悩んだだけあり、余程いい物のようだ。


「シーアも良かったじゃん? ダガーなんて探索者の必需品をそんないいもん貰っちゃってぇ」

「期待上回ったわぁ。……よしっ」


 白い饅頭のスイーツで機嫌を取り戻したレルガを連れ、クラン『タダの方舟』へ戻って来ていたクロードへとシーアが歩み寄る。


「グラスが空いちまった……マスター、何かいつもと違う俺の好みっぽいものとかくれないか。フレッシュなやつがいいな」

「は〜い、おじさんの好きな若い女の子だよ?」

「フレッシュ過ぎるの来たけど。危険なことを言うのは止めてくれ、ダンディが乱れる……」


 クラン内が静まり返り、ギョッとした目付きでシーアを凝視する。


「ん〜〜……?」

「これ、カッコいいでしょ」


 プレゼントに買ってもらった新しいサングラスを曇らせ、スープパスタの麺を見失い、食べるのに苦戦するレルガ。この隙に独占しようとクロードを挟んで反対側の席に座る。


 座り……短剣を見せびらかせながらクロードの腕に抱き付いた。


「あ、あぁ……」

「これからは色んなこと教えてもらおうかな。……ね、嬉しいでしょ?」

「はぁ……はぁ……」


 背後から呪い殺さんばかりのターテンとニャオの眼光を受け、クロードは滝のように汗を流す。


「ぷっ、なに息荒くしてんの? 今から興奮しすぎだってぇ……ヘンタイ」


 艶のある笑みで猫のように身体を擦り付けるシーアを目にしたならば、過保護な父は目を血走らせて男へ迫る。


「マ〜ジでクロードくん、わたしにもたくさん教えてもらいたいなぁ」

「勉強熱心結構。ニャオにも教えてくれニャいか……?」

「い、いいですけどでも俺が教えれるのって、二毛作レベルのことだけなんだよなぁ……」


 声を震わせて両肩を掴まれ、爪を立てられ、ダンディを楽しんでいただけなのにとクロードの顔色は悪くなるばかりだ。


「ち、ちょっとシーア!! どうしちゃったの!?」

「なんかさぁ、このおじさんはカッコイイおじさんだったわ。しかも良いおじさんだなってなったわ。相手がおじさんだったら、早い内に若さで売り込んどかないとね〜」

「あなたはおじさんを何だと思ってるの!?」


 心底困るクロードを前に繰り広げられる姉妹喧嘩。


 だが呆気に取られる周囲もシーアの急変ぶりに驚きを隠せない。


「どうしちゃったんだろ……」

「いやホント、女心は分からねぇよ……ん?」


 そんなスパークの前を、ある女性が横切っていく。その姿には覚えがあり、直近の噂から考えてもどうしても気になってしまう。


青髪のポニーテール、生真面目であるのが一目で分かるきっちりとした身なり。犬系の獣人女性で比較的身長も高く、身のこなしは上級者のそれだ。


「……あの仕事ができそうなお綺麗なお姉さんは?」

「えっ……、カリンさんっていうお友達ですけど……」


 今の今まで彼女が話していた受け付け嬢のランにスパークが訊ねた。芽生えた小さな疑問を確認しておくべきだ。


「……カリンさんって言うのか」

「えぇ、よくお酒やご飯を一緒させてもらってるんですよ?」

「俺っちの気のせいじゃなかったらさ。あれって【卑劣な一家チェイサー】に襲われたチームの人じゃなかったかなぁ……って思っちゃったんだけど?」

「そうですよ? 私も驚いちゃって、急いでお見舞いに行ったんですけど……」


 おかしい。


「……カリンさんだけは擦り傷で済んだみたいなんです。でも心配しないでくださいね。皆さんご無事みたいで、本当に安心しました」

「…………へぇ〜、それはホント奇跡だなぁ。あの【卑劣な一家】二匹に襲われて……」


 懐疑的であったスパークの感じる違和感がここに来て強まる。


「素敵なお姉さんだねぇ。なんつうか、仕事の出来るクールな美人って感じ?」

「えっ……え、えぇ、そうなんですよっ!」


 身体付きからも一目瞭然であったが、やはりカリンは疑う余地もなく女性だ。


 本能として【卑劣な一家】は雌を生かしておかない。


 黒騎士が救助したなどという話も聞くがその際にも、もう片方の女性は殺されかけていたという。


「どんな人? 友達って感じなんだろ?」

「…………えっと、二年前くらいに【キルギリス】が魔窟ここにやって来てから……少ししてお知り合いになって、ニウース地底魔窟について色々教えてくれないかって。それで常識的なことから日常のほんの些細なことまで話すようになったんです」


 情報収集だろうか。大型クランの受け付け嬢であるランの元には多くの情報が集まる。それは確かだ。


「……他には?」

「他は…………二ヶ月間隔くらいかな? 定期的に地上に上がっているくらいしか。律儀な娘なのでお土産もよくいただきます」

「お土産って、そんな頻度で旅行に行ってんの? 精力的だねぇ、俺っちもそんなのしてみたいぜ」

「いえ、出てすぐの街みたいですよ?」


 これだって流石におかしい。イベントでもなければ出口のある街にそのように何度も赴く用などない。安全地区のみで全て事足りる。


 考えられるのは、誰かに会いに行っているなどだ。


「家族とかは? 結婚してんの?」

「…………あまり自身の話は聞きませんけど、お父さんはお亡くなりになっているのだとか」

「それは可哀想に……」


 不機嫌なランの様子にも気付かず、スパークはカリンが去って行った出入り口の扉を睨む。


 受け付けに浅く腰掛け、深まる疑惑に思考を巡らせてみる。


「…………ごめん、ランちゃん。今日の食事の約束はまた今度にしてもいい?」

「え…………わ、分かりましたっ」

「ごめんねっ、ホント埋め合わせはするからさ!!」


 憤慨するランに頭を下げつつも、生まれた可能性に気を取られるスパークは騒々しく『タダの方舟』を出て行く。


「……スパークは何をあんなに急いでるんだ?」

「テオさん、私は何も知りません。少しの間は話しかけないでください。カリンさんに声を掛けに行ったんだと思いますけど」

「こ、怖い……」


 パスタ料理らしき皿を片手に戻って来たテオが、苛立ちに眉間に皺を寄せるランに慄く。普段は温厚な者が怒ると、他の者よりも増して怖く思えてしまう。


「いやっ……いやでもスパークはそんなんじゃないと思うな。きっと、あのぉ…………仕事関連だよ」

「…………」

「は、初めて無視された……」


 ………


 ……


 …



 その後にスパークがどこへ行っていたのかを誰も追求はしなかった。けれど次の日に朝早く戻って来たスパークはテオを呼び出した。


「…………」


 クランにてフレッシュな果物のジュースを飲みながら待っている間も、随分と前に初老の男と密談していたという地上で得たカリンの目撃情報が脳裏から離れない。


「………………あん?」


 ふと入り口付近を見れば、カリンがやって来ていた。


 リーアとシーアに声をかけて何か会話をしているようだ。挨拶などではなく相談や願いの類に見受けられる。


「っ…………よっ、何をそんな真面目な顔して話してんだい?」

「あなたは……スパークさんだったか」

「知っててくれたんすか!? 嬉しいなぁ……!」


 その時には扉を開け、計ったようなタイミングでテオがやって来る。急な呼び出しで、早朝ともあって非常に物言いたげである。


 すると仕草で『先に仕事関連の言伝をして来る』と示し、受け付けからスパークを睨むランの元へと通り過ぎて行った。


 小包でも預けるのみの様子で、すぐに帰って来るだろう。


「なんかさぁ、この人がゆっくり話したいんだってさ。うちらと誰もいないとこで」

「あぁ……悪いんだけどこいつらは狙われたこともあるし、物騒な事件も多いしで、諦めてくれる?」


 不吉な予感が膨れ上がる。


「……だが、あなた方と一緒ならいいんだろう? 行けるところでいい。どこか他の人のいない落ち着ける場所……この人数なら安全地区以外でどこかないだろうか」

「いやその前に話の内容くらいは教えてくれよ……。なぁ、テオ」


 戻って来たテオに助力を求め、何とか察してくれと密かに願う。


「……そうだね、たしかに内容も分からず魔窟には潜れないなぁ。最近は特に物騒ですから」


 場の雰囲気を察したのか願いが届いたのか、少し顔付きの引き締まったテオは欲しかった答えをカリンへ告げた。


「…………分かった。むしろ都合が良い」

「…………」

「クロードについて話がしたい。きっと……そちらにとっも有益な話もあるだろうからな」


 強気な笑みで返って来た答えに、不安と同時に好奇心を刺激されたのは隠しようもない事実であった。


「テオ、どうする……?」

「…………そうだね――――」



 ………


 ……


 …




『――ゾーン二十二なら、人も魔物もいません。直ぐに帰れる場所でもあります』


 間もなく口から出たリーアの提案であった。


「この先って『鏡の迷宮』だろ? たしかに観光にはいいな。用があることなんてないから滅多に行かねぇし、人も魔物もいないし、何より綺麗だしな」

「届いた本にあったんです。すぐに思い付きました」


 先日にリーアがテオの勧めで購入した『ニウース地底魔窟攻略法その三』という本。


 とても重要な話で秘匿性の高さを強調され、魔物のいない珍しいゾーンへの見学という形を取り許可を得て魔窟内を行く。


「……なぁ、そろそろいいんじゃないか?」

「そうだな。では――」


 弓を所持するカリンへ、警戒を一切緩めないスパーク達。


 整備されていた歴史でもあるのか、自然的なものなのか、真四角な洞窟の真っ平らな床を歩く。


 松明持つカリンを先頭に背後をスパーク、姉妹、後方警戒はテオが担当している。


 シーアやリーアはそこまで構えてはいないが、常に攻撃の手を加えられるよう自分達で備えていれば良いだろう。


「――クロードをどう思う」

「どうって…………」


 俯くリーアが表している。隣で爪に塗った塗料の具合を見るシーアは何かしらの影響を受けて、彼への態度が急変していた。


 これで不信感を持つなというのは難しい。


「はっきりと言うと、私は奴が【黒色の頭脳】だと確信している」

「えっ……!?」


 愕然としてカリンを見上げるリーアには、どこか得心が行く点でもあったのかもしれない。


 しかしシーアはそうではない。


「それはないって。だって――」

「黒騎士だからか?」

「っ…………」


 意味ありげに仄かして終えるつもりであった。


 打たれると思っていなかった核心を突かれ、さしものシーアも言葉に詰まる。予想もしていなかったリーアならばその驚きは計り知れない。


「本当ならそれはたしかに興味深い話ですね」

「なんだって……? クロードが黒騎士ってマジか?」


 最後尾を行くテオもこの所の違和感に思いを馳せていた。


「仲間はそう言っている。しかしあまりにおかしいことだらけだ。わざわざ獣人を連れ、わざわざ素っ頓狂な悪党を演じ、わざわざ必要もないだろうに私達に関与した。見舞いにも来たのだが、私には脅迫にしか聞こえなかった言葉も仲間達は有り得ない程に好意的な反応を見せたんだ」


 振り向いて語るカリンはどこか悔しげで、心底憤った様子であった。


 大した深さも流れもないながらも立派な石橋がかかる川へ差し掛かり、探索者の鉄則通りに一人ずつ……と言うこともなく全員で渡る。


 何の支障もないことは、一目で分かる重厚さであった。


 向こう側からはもう壁や天井から床まで鏡らしき物質に変わり、川のせせらぎが聴こえなくなる頃には完全に迷宮入りできるだろう。


 そして渡り終えるなり一度カリンは足を止め、落ち着いてから続ける。


「感情も意識も操り、認識を裏返してしまう。これこそ【黒色の頭脳】、コウモリと見るべきだろうと確信した。だから同じく奴を疑うテオさんとリーアさんや急に考えを変えたシーアさんにも話を聞き、是非協力して欲しいと考えた次第だ」

「て、テオさん……」

「……テオ兄はどう思う?」


 どうしていいのか分からないリーアに、それでも疑ってみせるシーア。


 予め彼女に疑いを抱くスパークはどちらかと言えば、否定的であった。


 もしかするとこの疑心暗鬼になっている現状こそが【黒色の頭脳】の証なのではとさえ思え、無意識にカリンへと視線は向かう。


「いや、違うよ。クロードさんは違う。カリンさんと違って僕には根拠があるから、これ以上は聞く必要がないよ」


 誰もがテオの強気に過ぎるこの言葉には驚いた。迷いのない面持ちからも本当に確信を持っているようだ。


 頼りにしたい時に頼りになる。流石はテオだ。


 となると納得がいかないカリンだろう。口調を強め、柳眉を寄せて反論を口にする。


「……根拠? あのコウモリに根拠? ある筈がないだろう。今まで誰一人としてその存在を垣間見たことすらないのだぞ」

「いや……いや、そう言われると自信を失ってしまうんですけど……まぁでも聞く価値はあるんじゃないですか?」


 空気を読まない呑気な物言いが鼻に付いたカリンが、歩み出そうとする足を止めて眉を顰めて振り返る。


「空に目あり、壁に耳あり、全ての生命はその囁きを知る……」


 最後尾から告げられるその文言は、途中から完全に別人の声音となっていた。感情らしき起伏も失われ、老齢化するように著しく落ち着いたものへと変貌する。


「……潜入したばかりの君が、没する直前のお父上から授かった言葉だ。呪いの、言葉だ」


 呆然とする視線を一身に受けつつ、探索者のテオであった人物が盾を川へと放り捨てた。


 誰の発言も差し込む隙もなく懐から魔術師の手袋を取り出して手を入れ、すかさず魔術を編む。


 第五階梯の魔術を受け…………大きな石橋が木っ端微塵に砕け散る。


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