第37話、星夜の儀

 連絡

 ・今日か明日にもう一話更新するかもしれません。そこからが本番です。

 ・前とこれと次とかのどれかはコメント返信しようと思っています。



 〜・〜・〜・〜・〜・〜



 おのれ【キルギリス】め、最後の最後にあんなこと言うかなぁ。


『手に負えない悪党が目の前に現れた時、あなたならどうするんだ……?』


 訳はこうなる。


 てめぇ、覚えてろよ。お前だって、いつかお前を上回る悪党にギャフンと言わされるんだぞ。どうする? 怖いか?


 まぁ大体ニュアンス的にはこんなんだろう。直訳は俺達の身にもなってみろって感じだが、あの熱が込もった感じ……。


「……気付かないフリしてそのまま答えてやったわ」

「ん〜……いかにゃんだめぇ〜?」

「ごめん、半分寝たまま言うもんだから全く聞き取れなかったよ」


 レルガを抱っこしてバーの端に座り、『星夜の儀』に向かう子供達の招集を待つ。


「俺達はゾーンの近くで待ってるから、言われた通りのお弁当も用意したけどあまり早く食べないようにね」

「え…………クロードさま行かないなら嫌だけど」


 お前なに言ってんのって顔付きで見上げられた。まるで正気を疑っているかのようだ。


 眠たげに目を擦っていた君はどこへ。今やギョロっとした目付きで凝視している。


「おっじっさ〜ん、臭いからレルガちゃん連れて行っていいでしょ?」

「……意味不明だがまぁいいだろう」


 シーアがわざとらしく鼻を摘んでレルガを迎えに来てくれた。根はいい子なんだけど、ちょっと露出度が高いなぁ。寒いゾーンって知ってんのか……?


「――それでは『星夜の儀』のゾーンへ向かいますので、皆さん集まってくださ〜い!!」


 受け付け嬢のランさんの呼び掛けに、公国と王国の子供達が集まっていく。


 危険の少ない道中ではあるが今年はスパーク等の他にも熟練の探索者が四名も護衛に同行する。


「セキネー爺さん、あんたも行くのか」

「アレには世話になって来た。動ける内に言いたいことは伝えとかんとなぁ」

「ほぅ、律儀だねぇ」


 引退間近の年老いた方もいるが、もうあまり例の魔物に会える機会も少ない。別れの挨拶をという意味もあるのかもしれない。


『星夜の儀』からこれまで、『友よ、ありがとう』と。


 ………


 ……


 …



 レルガがいないと全くもって暇だ。


 雪解けの水が流れる子供達のいるゾーンより下のエリアにある小川で、川魚でも釣ろうと釣り糸を垂らしている。


 レルガを送ってからずっとやってるけど、一向に当たりはなし。


「あ〜〜〜〜……なんか熱ぃな」

「いや、ここ寒いし……」


 念の為に残れと調査に向かったシユウに言われたらしいが、何故か釣りにまで付いて来たロクウ。北国の初冬を思わせるちょっとマジかよっていうくらいに寒い時の気温を、熱いとかほざき始めた。


「――ロクウさん!!」



 ♢♢♢



「――うわぁぁぁぁああああーっ!!」


 マフラーを靡かせて、レルガは雪降るエリアを駆け回る。


『嫌だけど、嫌だけど』とクロードから離れなかった彼女はどこへやら。すぐ近くまでクロードにしがみ付いた状態で運ばれ、この幻想的なゾーンを見渡すまでは膨れっ面の状態であった。


 今では冷気に頬を赤らめ、お祭り気分で大人達が装飾した建物やモニュメントを巡る。


「参加できて良かったわ。あのおっさん、きっとレルガちゃんが離れると思ってなかったのかもねぇ。おもしろ」

「今のうちにレルガさんから色々と聞き出してみないと」

「…………追い付けるの? あれに」


 シーアが指差すレルガは灯り漏れる王国式の建物や点々と光る木々に夢中になって疾走している。


 他の子供達のように楽しみながらも隠された剣を探そうという意思が全く感じられない。


 建物に入っては駆け回り、出て来てはまた違う建物へ猪の如く突っ込んでいく。


「てか寒〜〜〜〜っ……、もっと着込んでくれば良かったぁ」

「私は忠告したのに、“お洒落は我慢”なんてよく分からないことを言うからでしょう……よいしょ」


 小さめの探索者用リュックを下ろし、中を漁る。


「……はい」

「お、やっぱ持って来てくれてんじゃん」


 リュックに入れて持って来ていたシーアの上着を取り出し渋々差し出して、初めから当てにする妹へ不満げな視線を向ける。


「そんな顔しないで早くいこ。レルガちゃん、見失っちゃうじゃん」

「もう……」


 黒に群青に水色に、混ざり合った細かな発光石が高い天井を彩り、思い起こすのはふと見上げた地上の夜空のようであった。


 巨大な樹を中心にした六区画のそこかしこで上がる宝探しに熱中する子供達の声。ちらほらと響いている鈴の音。雪積もる建物からは淡い灯りが漏れ、三十一人とは思えない活気を感じさせている。


 ここには大昔から人間に対して友好的なとある魔物がいる。


『雪の精サーター』である。サーターはゴブリンよりも醜いと言われ、長い間を同族のみで生きていた。戦闘に秀でた訳でもなく、冷気以外に求めるものもなく、日々寂しさに心痛めるサーター達。


 しかしある時、心優しき人間の子により手編みの衣服を贈られ、サーターは恩返しに雪を降らせた。


 地上を恋しく思う人間や子供達は、サーターに――


「――おい、あの剣どこ? ちょっとほかのヤツらが先に見つけちゃうかもって思ってきたから、こそっとならレルガに言っていいよ」

『…………』


 白髭を顔のほとんどに蓄え、赤い服と帽子に身を包む小さな小さな魔物の一体がレルガに捕獲されていた。


 ゆらゆら揺らされて、胸元のベルが心地良い音を鳴らしている。


「れ、レルガさんっ!! そんな扱いは可哀想です!!」

「へぇ、これがサーターかぁ。ちっちゃ〜い」


 リーアに保護されてそっと降ろされたサーターは気を悪くした様子もなく、膝下程度の身体をいっぱいに使って歓迎を表す。


『っ――――』

「……お前ら、サーターさんを使って不正すんな。やっぱり公国もんは卑怯だな」


 王国側から参加する子供達の一組が、サーターの前に立ってシーア等を睨む。背後の四人も同様だ。


「恥ずかしくないのか」


 獣人……誰よりも前に立ち、大門前の騒動で仲間を庇っていた男の子だ。


「はぁ……? してないし、意味分かんないし、話しかけて来ないで欲しいしぃ」


 父であるターテンとニャオの王国嫌いに影響され、姉妹もまた王国にいい印象はない。シーアもあからさまに反抗的に返した。


「……フセイってなに?」

「えっと、ズルってことですね」

「ズル!? ……シーアはそんなやつじゃないっ!!」

「えぇっ!?」


 咎められている本人が庇っていたシーアを庇う様に、すっかり当惑して取るべき行動を見失う。


「レルガはしってる。シーアはそんなことしない」

「い、いや、俺はお前――」

「許す?」

「え…………」

「許してあげてほしい。たぶんいいヤツだから、なかよくしてあげてほしい」


 真正面から可愛げあるレルガに見つめられ、顔を赤くした男の子が頬をかいて言う。


「…………まぁ、そんなに言うならいいけどな」

「えぇ……? あたしがやった事になったんだけど、なんなん?」


 自分だって可愛いのにと不満げなシーアだが、おろおろと狼狽えていたサーターは一安心とばかりに雲を呼び出してそれに乗っかる。


『――――』


 気を取り直して探索を再開しようとでもいうのか、公国と王国の子供達な頭上を飛び回りながら粉雪を降らす。


「うきゃぁぁーっ!!」

「れ、レルガさん……!? 落ち着いてっ!!」


 再び火の着いたレルガが塀に壁に柵にと、縦横無尽に跳び回り始めた。


「凄い……」

「あれが公国の探索者かよ……」


 獣人にしても驚異の身体能力を見せるレルガに吃驚する王国の子供達だ。


 黒雲級に到達する超人というのは、このような者のことなのかもしれないと誰もが胸の内で感じ取る。


「……出番にならなくて良かったよ。レルガちゃんに感謝だね」

「力任せだったなぁ……。何もかもがあらぬ方向からの力任せだったぜ?」


 陰から諍いなどを見張るテオとスパークも、子供達の繊細な問題だけに介入にも慎重となっていた。ここで起きた出来事をそれぞれの国へ持って帰るのだから将来への影響も否めない。


 一応は探索者としての訓練としての体をとった催しだ。基本的に全て自分達での判断で行われる探索となる。


 探し回って空腹となると、暖炉のある家屋などで食事を取る者達が出て来る。


「やっと見つけられましたね、空いてる家を……」

「食べたら代わってよ、マジさぁ……。あったかい家の中で遊び始めたら本末転倒じゃん」


 辿り着いたのは小さな一軒家。


 既に重箱を広げて手を付けているレルガに続き、腹の虫が鳴きそうな姉妹も持って来た弁当を食べ始める。


 サンドイッチにミートボール、ししとうの焼いたものなど、マスターが用意したものは二人の好物ばかりだ。


「むぐむぐむぐむぐ」

「……レルガちゃん、すっごいね。誰に作ってもらったの?」

「クリョードしゃま」

「え、マジ?」


 頬張って次々と食していくレルガの二段の重箱を目にして、食事の手が止まる。


 一段目の半分はおにぎり、もう半分は卵焼きとトンカツ三枚。二段目には豚肉の生姜焼きにフライドチキンにローストビーフ。


 要望通り、レルガ仕様の品揃えであった。


「……レルガさん、クロードさんとはどこで会ったんですか?」

「んぅ……?」


 小さなフォークで小さな口にローストビーフを押し込むレルガに、リーアが意を決して質問した。


「むぐむぐんぐんぐっ…………レルガはつよいけど、たくさんのヤツらに殴られて負けたときがある。そんとき」

「殴られたっ!?」


 強靭なレルガを乱暴な手段を用いて大人数で捕獲したという。


「そしたら閉じこめられた。あいたときには…………あの変なヤツが蹴ってきたっ!!」

「蹴られた!? そんなっ、なんて酷いことをっ!」

「リーア、それたべたい」

「あ、どうぞ……」


 愕然とするリーアの弁当の中を指差し許可を貰うと、ミートボールをどうにか二つフォークに差し込もうとする。


「それから……っ、どうしたの?」

「ん……? なにがぁ?」

「閉じ込められて、蹴られた後はどうしたのって」

「…………」


 ミートボールに夢中でどこまで話したかウヤムヤである。


 しかし蹴られたと聞いて思い浮かぶのは、自分を蹴り飛ばした憎き男を圧倒したクロノの痛快な蹴り技だ。


「ぶっとんだ。それからずっとクロードさまといる」

「「…………」」


 自慢げに語るレルガだが、その顔もあって姉妹は混乱するばかりだ。


 捕獲したのも蹴りもクロードで、暴力的な手を用いて連れ去ったのだろうか。しかし手の込んだ弁当もクロードが作ったという。趣味なのだろうか。


「…………っ」


 困惑するリーア達を他所に握り締めたチキンを温めようとでもいうのか、握ったそれを片手にレルガが暖炉へと駆け寄る。


 それを何となく眺めるシーアとリーア。


 ——誰かが言った。


 “空に目あり、壁に耳あり、全ての生命はその囁きを知る……”。


 黒色の囁きは誰にでも浸透する。いつ、誰に、どの程度、それ等の一切が謎のままに、思考を支配してしまう。


「あったまれ〜……――――――」


 横合いから煉瓦の壁を破り、レルガの背丈程もある手が生える。


「ッ――――!?」


 吹き飛ばされたレルガが壁を突き破り、外へ飛び出した。


「はぁ!? なにっ……!?」

「レルガさんっ!!」


 突如として突き込まれた手は引っ込み、その持ち主が立ち上がる。


「っ、【卑劣な一家チェイサー】だと!? どっから入りやがった!!」

「…………誰かが正門を開けたんだ」


 憎々しげなテオの視線は、資材を運搬する為に大きな門を取り付けられた上階層への入り口に向けられていた。


 いくつかの建物を越えた先に、少しばかり開いている門を目にできる。


 あれならばこの個体のように小さな【卑劣な一家】ならば入って来られるだろう。誘導でもしなければこのゾーンへは来られないだろうが……。


「子供達の避難はリーアちゃん達に任せて、スパークは時間を稼いでくれっ! 僕はロクウさんを呼びにいく!!」


 胸元の魔検石が紫色を示しているのを確認し、指示内容を伝える。


「サーター達もできるだけ手を貸して欲しいっ!!」

『っ……!!』


 焦るテオの走りながらの願いに、雲に乗るサーター達も子供達を守る為に鹿のような角を持つ小柄な【卑劣な一家】に向かう。


 できるのは飛び回り撹乱することのみ。


 しかし、


「ベントォかえせぇぇーっ!!」

『ぐりゅ!?』


 異常な跳躍力で矢の如く跳び掛かったレルガの蹴りに、【卑劣な一家】の身体が仰け反る。


「ガルルルゥ……」

『…………?』


 ただ子供を食べる為にやって来た自分にここまで怒るレルガを前に、蹴られた頬を撫でて興味深そうに首を傾ける鹿角の【卑劣な一家】。


「コロス……コロスッ!! レルガは好きなやつは初めに一口、あとは最後にとっとく派だぞっ!!」

「……ほ、本気でつえぇ」


 楽しみにしていたチキンの恨みに怒れる蹴りで【卑劣な一家】とやり合い始めたレルガへ、サーターとスパークも急いで加勢に向かった。


【黒色の頭脳】がある一つの事実を確かめる為に書いた筋書きである。


 この【卑劣な一家】は紫山級では倒せないまでも、大した結果は残せない。


 本命は別にあり、黒色の囁きによる仕込みの一つが花開く。


「黒雲級がいる東の門の方向に逃げて!!」

「あっちです!! 早く!!」


 大人に混ざってシーアやリーアも黄犬級の務めを果たし、激しい戦闘音轟く大樹周辺を背に子供達へ避難を呼び掛けていく。


「っ……そっちじゃないって!! ねぇ!!」


 声を張り上げるシーアが気付く。


 来たばかりの際に言い合いになった王国の子供達が、あらぬ方へ駆けている。いや、何かから逃げているように見受けられる。


 現れた姿を目にして……その顔を目にしてゾッとする。


 ………


 ……


 …



「はぁ、はぁ……!!」

「早くしろっ、逃げなきゃ殺される!!」


 怯える王国の子供達が建物の隙間を走る。


 本物の殺意を向けられた恐怖に縮む鼓動が邪魔をし、震える脚は余計な疲労を蓄積させる。


 故に、


「――こらこら、脚が悪いんだからあまり歩かせないでおくれ」


 故に老人の脚でも追い付いてしまう。


「昔から幾度となく小競り合いはあった……。しかしその度に決着は回避され、うやむやになるばかりで」

『ッ……!?』


 公国側で探索者人生を貫いて来た老人の炎弾魔術が、いち早く子供達の危機を察して守ろうと飛び交うサーターを牽制する。


 未だに熟練の探索者から子供達が生き長らえているのは、サーターが服を燃やしながらも老人を邪魔して飛び回っているからだろう。


「お前達にはうんざりだ。最後までガッカリさせられてばかりだぞ。王国の子供にまで愛想を振り撒いて、みっともない……恥を知れっ!!」


 幼い頃からのサーターへの鬱積した念が爆発する。金切り声で裏返るのも構わず、サーターへ激憤をぶつけた。


「……セキネーさん、何やってんの」

「シーアちゃんか。私はね、今まで無念に散っていった探索者の恨みを背負っているんだよ。昔の王国もんはそりゃあもう今よりずっと狂ってやがったんだよ?」

「今の子達が何かやったわけじゃないじゃん……」


 焦げ臭い煙を上げて醜い身体を少し露出させつつ落下したサーターを庇い、声震えるシーアが老人へ立ちはだかる。


「同じ国で同じ価値観で同じことは繰り返されるものさ。……シーアちゃんを傷付けたくはない。お帰りなさいな」


 人生の終えりを見据え、セキネーはどうしてもこの『星夜の儀』の存在を認められない。


 公国と王国が足並み揃えて同じ場で、探索者として歩み始めるとするこの瞬間が、どうしても耐えられなかった。


「バカっ、さっさと逃げろよ!! そいつはイカれてるしヤバ過ぎる!!」

「っ、こんなに守ってくれてるサーターが殺されそうなのに、置いてけるわけないじゃん……!」


 子供の言い合いの最中にも無言で赤い魔術式を編む紫山級のセキネー。多くの王国探索者を葬ったその紛うことなき殺意は、涙混じりのシーアでさえも……。


「……ターテン等に似ていれば、このような事にはならなかったのに残念だ」

「ッ――――」


 憎悪により烈火の炎弾が撃ち出される。見事な精度に、見事な速度。


 躊躇わず撃ち出されて心臓が強く跳ねた時、本当はただの脅しなのではないかと、どこかで甘い期待をしていた自分に気付く。


 しかし視界を染める炎の渦に、肌を焼く熱気が強く死を悟らせる。背後のサーターも王国の子供達も抗い難く死に行く。


「――――」


 ふわりと身体が浮かび上がった。まるでサーターの雲に乗せられたようだとでも言えばいいのか。


「――ふんっ!!」


 セキネーも含め、これまでの人生で最も力強い動作であった。


 地面が跳ねる程の爆発的衝撃で、何か黒く大きな盾を思わせるものが打ち下ろされた。


 大きな黒い物体には闇色の魔力が纏わり付き、高位の炎魔術を呆気なく押し潰す。


 塔でも建ったのかと見紛う威圧感を放つ、少しの不安も消し去る雄々しき漆黒であった。


「何だ、何の術だっ? っ――――グァッ?」


 大鎚のように炎へ打たれた黒い全身鎧が霧散した後には、高速で炎の術式を編もうと試みたセキネーの肩が撃ち抜かれる。


 瞬きのような瞬間を終え、抱えた自分を下ろして疾走するその背中には見覚えがあった。


「クロードっ……、何をしてくれる他所もんがぁぁ!!」

「俺が言いたいよ。——何してる」


 怪我などお構いなしに暗殺術を思わせる素早さで短剣を突き出したセキネーの手を払い、右首筋に手刀、鼻へ掌底、左足を軸に回転した後にコメカミに肘を打ち込む。


「がひゅ!? っ、カハッ……!?」


 流麗で無駄のない格闘術に、恐怖などはもうない。素人目にもあまりに安心して見ていられる練度である。持ち得る技量を見てしまえば男の敗北する光景などまるで想像がつかない。


「……君は思っていたよりずっと肝が据わってるな。まぁ……レルガもか」


 無様に崩れる老人に構うことなく歩み寄り、起き上がってお礼を伝えるサーターに手を振りながらクロードは言う。


「…………」

「君みたいな子がレルガの友達で鼻が高いよ。……大丈夫?」

「う、うん……あの……ありがとう……」


 差し出された手を、しおらしく取るシーア。


「レルガとお姉さんの方も心配はいらないよ。暇を持て余してた悪ガキが向かったから」



 ♢♢♢



『ギィ、うぅっ! やっ、ウゥ……!?』


 殴り殺した筈の自分が、即座に殴り返されて三回転も転げてしまう。


「立てコラァッ!! ここのダチが世話になったなぁ……! 喧嘩と魔物狩りは探索者の花よぉ!!」

「たてコラァ!! チキンとビーフはレルガの宝だぁ!!」


 怒り心頭に発するロクウとレルガが人相悪く拳を鳴らして【卑劣な一家】に歩んでいく。


 辺りには傷付いたサーター達が転がっており、目にしたロクウの立髪も荒くなった気性を表して逆立っていた。


「望み通り喧嘩祭りだ、コラァァアアアア!!」

「まつりじゃ、コラァーっ!!」

『イィ!?』


 咆哮を決めた獰猛極まる獣が二人、【卑劣な一家】に襲い掛かる。


 あろうことか素手での殴る蹴るにて巨体が幾度となく転げ回り、今年の『星夜の儀』は過去最も騒がしいものとなった。


「え、もう兄妹じゃないのか……?」

「…………」


 そこそこにボロボロのスパークもキョトンとするリーアも、特異種とされる魔物と素手で殴り合いを繰り広げる二人に言葉を失う。



 ………


 ……


 …




 安全地区へ帰還したのは、それから三時間も後のこと。


「…………」

「今度またバーベキューでもしようか。お弁当ならまた作るし、ね?」

「…………」


 暴れ回ったレルガは弁当を失った悲しみから、クロードに抱き着いて離れない。


「どうやったらあんなに強くなれますか……?」

「わたし達の師匠も強いんですよっ、知ってます?」

「なんで公国にいるのっ?」


 そんな状態で入った大門前の茶店の端で、一部の王国の子供達から質問攻めに会う。


「考えながら練習することかな。君達の刺剣を見て分かったよ、元黒雲級のご婦人だよね」

「はいっ、最近はお休みしてるけど、優しくてすごく強い人です!」

「探索者育成に熱心らしいね、立派な人だ。それと……俺のことは絶対に秘密だ。もう、めちゃくちゃ重要な件だから。王女に知られでもしたらかなり危険だから」

「「「…………」」」


 真剣な面持ちで頷く子供達に満足し、レルガの背を撫でながら外で開きつつある門を手で指し示す。


「良かったね。悪い思い出ばかりじゃなくて、良い思い出も持って帰れて」

「は、はいっ!」


 獣人の男の子が抱える結晶剣に視線をやり、元気に手を振って帰って行く子供達を見送る。


「……あっ、おじさん、ありがとう!!」

「お、おぅ……」


 近くの同じテーブルで酒を飲んでいた男に気が付き、改めてきちんと礼を言う。


 男も酒を飲む素振りで照れ隠しをしながら、王国へ戻っていく男の子に手を挙げ返した。


「なんだ……?」

「なんかされなかったか? 乱暴とか、嫌なこととか……」


 王国の探索者は予想と大きく様子の違う子供達に戸惑いを隠せないでいる。


 やがて公国側から事情説明が行われると、襲われるも助けられたとあって感情複雑に門向こうへ消えて行く。


 施設の窓から一部始終を見下ろす【キルギリス】は、やはりかと心から感嘆していた。


 真横にて感心する仲間の声を聞き流し、カリンは消え入りそうな声音で呟く。


「……空に目あり、壁に耳あり、全ての生命はその囁きを知る……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る