第36話、【黒色の頭脳】



 魔窟内に二つしかない雑貨屋に、リーア達の姿があった。


 繁盛している比較的大きな店で基本的には窃盗防止を考え、カウンター越しに店員へと指差して示して購入する形だが、取り寄せも可能だ。


「……いいね、やっぱり新品の眼鏡は世界が違って見えるよ。これなら少しの異変も見逃さないよ? どこからでもかかってくるといい」

「さっきまでのと同じにしか見えねぇんだわ……」


 地上から取り寄せた眼鏡にご満悦のテオに、縁のないスパークは退屈そうに告げた。


 店内は賑わっている。今日の為に鈴や白い綿毛に派手な装飾と装飾も拘ってあり、店だけでなく安全地区全体でお祭り騒ぎとなっていた。


「あら、テオ君。新しい眼鏡を奮発したのね、“グレートスマッシュ”じゃない。最新版ねぇ」

「グレートスマッシュ!? 眼鏡の名前が!? しかも最新版……!? シリーズ化してんの!?」


 通りすがりの婦人の言葉に、スパークは目を剥いて驚いた。


「えぇ、最近は妙な事が続いていますから。ここは一つ気を引き締める意味で新調してみました」

「そうなのぉ……ねっ、そう言えばロビンソンさんのところの旦那さんが帰還予定日に帰って来てないんだって。何かご存知?」

「……本当ですか? あ〜、でも確か昨日とかですよね。なら一日とか二日は下で過ごすとズレたりするので――」


 すっかり井戸端会議となってしまったテオに溜め息を吐きつつ、今日の催しの担当となった不運を嘆く。


「あ〜あ、こういう日にランさんとデートしたいのにさ。今日もガキのお守りって、とほほのほほほ……」

「そんな事言ってもいいのかなぁ? あたし、今日明日のランの予定を訊いてあげてるんだけどなぁ〜」

「シーアは愛弟子みたいなとこあるから、好きなもの買ってやるぞ? 何がいい? ん?」


 誘導するように弾んで歩き出す悪戯盛りのシーアを追って、財布を取り出したスパークが跡を追う。


「リーアちゃんとニャオさんの本もついでに持って来たんだけど…………あれ、リーアちゃんだけかい?」


 婦人同士で談笑を始めた一団から抜け出したテオが入れ違いに戻って来る。


 眼鏡の他に注文していた、両手に余る程の書物と共に。


「はい、スパークさんに何かを買ってもらうつもりみたいです。シーアはこういう時にお小遣いを節約して物をねだるのが上手ですから」

「あはは、そうだね」


 この後には『星夜の儀』関連の予定があり、テオとスパークは行かなければならないところがある。


 リーアは飄々としたシーアと違い、どこか落ち着かない様子だ。


「う〜ん、なら…………うん、今のうちに餌を買い足しておいていいかな」

「あ、保護した魔物のですか? 私も見たいです」


 稀に魔窟内に放置された親なき魔物などを保護しているテオの一言に、リーアは関心が移る。


 以前から偶に世話の見学をしていただけに将来は自分もと考えていた。


「いいよ? けど並んでいるみたいだから急ごうか」

「はい。……もうキューちゃんを放して随分経ちますよね。今も元気でしょうか」

「キューちゃん、キューちゃん…………ん〜〜、あ、思い出した。イップクハマキザルの赤ちゃんだね」

「おっきくなってるといいんですけど……」

「こればっかりは僕達にはね。やれるのは独り立ちの手助けだけで、自然に放った後は彼等次第だから。でもそうあるべきだとも思うんだ」


 自分よりも保護魔物に入れ込むリーアへ、苦笑いを浮かべて釘を刺しておく。


「脅威となるようなら、その種だって倒すこともあるんだ。あの…………あまり私情を挟まないようにね?」

「っ……すみません。……もう探索者ですもんね」

「その通り。でも今日に会う魔物みたいに特別友好的なものもいる。あれは例外だから楽しみにしてるといいよ?」





 ♢♢♢




 あ〜、どうするかなぁ……。


「ちゃんと“いかく”した?」

「い、威嚇? でもいきなり殴られたから意味ないんじゃ……」

「そんなことない。レルガが教えたげる」


 第一安全地区を公国と王国側で二分する鋼鉄の大門前の喫茶店で、俺の脚に向かい合って座るレルガ。


 どうやら威嚇の手本を見せてくれるらしい。


「がぅぅ……!! ……これ。こうやって、つよいぞって見せないといけない」


 険しい顔で見上げ、牙を剥いて唸るも可愛いとしか思わない。本人的には怖がらせていると得意げだけど。


「がるるぅぅ……これでもいい」

「…………」

「…………早くやるっ」


 やってみせろと急かされてから、遊んで欲しいのだと気が付く。


「なんだ、また誰かに絡まれたのか。次からは俺の名を出せばいい。相手がロクウでもなければ引き下がるだろう。遠慮は無用だ」

「おいらでもそこらの奴に喧嘩なんか売らねぇよ、犬畜生じゃねえっての」


 仕方なしにレルガと睨み合って遊んでいると、対面に座るシユウと殴って来た本人のロクウがお茶を飲みながら何か言ってくる。


 なんか奢ってくれるっていうからホイホイ付いて来たら、厳つい門の前のテラスでお茶と来た。


「お待たせしましたぁはぁ〜い“白雪饅頭”二つですねぇ周りのフワッとしたクリームはお好みでどうぞぉではごゆっくりぃ」


 なんかいま通った?


 っていうくらい流れるように作業的にスイーツの皿を二つ置いていった店員さん……早くも次のテーブルへ料理を運んでいる。玄人クラスとみた。


「俺は甘味に目がなくてな。レルガちゃんにもこれを食べて欲しくて予約しておいたんだ。季節限定だから食しておいて損はない」

「うまっ!」


 シユウの説明が始まる前から、クリームで顔を汚しながらデザートを味わうレルガ。


 魔窟生活を満喫しているようで俺もほっこりしてしまう。


「この白いのおいしいっ。食べる?」

「うん? いや、俺は今はいいや」

「わかった!」


 再びデザートに夢中になるレルガを置いて、俺は深く……それはもぅ深〜く熟考する。


 ロクウとの戦闘の最中、確かに視線を感じたのだ。【キルギリス】の女性から。その時は黒騎士、気絶する前に話したのはクロード。これはマズイ……。


 だが今のこの時までなんの音沙汰もない。助けたのは黒騎士であったと報告はしているらしいが。


 考えられるのは何だろう。本当ならセレスに泣き付きたいところではあるが、なんとか堪えて俺は二つの可能性を見出した。


「ひげ〜、おひげ〜」


 黒騎士にビビっているか、俺を脅して金を要求しようとしているか、この二つだ。


 公国と王国の関係性から黒騎士にビビっているという可能性と、公国側で黒騎士が何をしたいのだか分からないがバラされたくなければ何かくれ、的な可能性。


 どちらにせよ、俺に取れる手段は限られる。


 通常は『脱出』。あとは人間的にどうなのと思う『脅迫』だろう……つまり『脅迫』一択だな。


 天秤の男の情報なんてまだ一つもないし、もう秘密を漏らすなと思いっきり脅迫するくらいしか魔王的解決策を思い付かない。レルガがデザート食い終わったら、やってやるぜ……。


「……来たか」

「わざわざ見張らなくてもいいだろうによぉ……」


 シユウとロクウの視線が重い音を立てて緩やかに開く王国との扉へ向けられた。


 なんでも『星夜の儀』に参加する王国の子供達を迎えるのだとか。


「…………」

「…………」


 な、なんか王国の人達と公国の人達が睨み合ってる。キスしそうな距離だ。そのリスクをまるで恐れていない。やるじゃないか……。


「……お前ら王国もんは入れさせねぇ。儀式に参加する子供だけだ」

「ふざけんな。下品な公国もんなんかに子供達を渡せるかよ」


 そんであ〜だこ〜だと口喧嘩を始めてしまう。今にも殴り合いに発展しそうな感じ。


 武装なんかしてる探索者が集まっていた理由が分かった。扉向こうの王国側にもびっしりだもの。


「すまないが、王国民の探索者狩りがいた以上は調査中故、立ち入りを制限させてもらう」

「の、【昇り龍】……」

「互いに血を流すのは本意ではない。……そうは思わないか?」


 シユウは子供達を連れる探索者等ではなく、その向こうの神父のような装いの青年へ視線を向けて問うた。


「えぇ、勿論です。シユウさんの言ならば安心ですしね」

「あぁ、誰にも危害は加えさせない」

「と言う事ですので、何の心配もなくお預けします。さっ、皆さん」


 笑顔の眩しい神父さんが、渋々従う王国の探索者等を引き連れて閉まる扉の向こうへ去っていった。


「直ぐに君達を先導する者が来るだろう。暫し待つといい」


 そう子供達に言うと、シユウはすぐに帰って来ちゃう。


「っ…………」

「…………」


 取り残された子供達に容赦なく浴びせられる公国探索者達のプレッシャー。身の危険を感じるに十分過ぎるものだ。


 可哀想に、すっかり怯えちゃってるよ……。


 ウチのクランの姉妹が狙われた事も影響があるのかもしれないけど、これじゃあイベントを楽しめないではないか。


 仕方ない、ここは一つ俺のところで庇うとしよう。レルガにお願いして一緒に遊んでもらったら彼等にもいい思い出となるかもしれない。


「あ、おいっ!」


 ロクウが余計なことをするなとでも言いたげに声を上げるも、俺は我が道を行くのだ。いつ何時も。基本的にその土地土地の文化を尊重するようにはしているが、これはあんまりだ。


「……ちょっといいかな?」

「な、なんだよ……!」


 先頭で震えながら仲間を庇う男の子に歩み寄り、笑顔で話しかける。


「俺のところにも君と同じ獣人の可愛い女の子がいるんだ。良かったら一緒に――」

「てめぇっ!! ふざけやがって、もう我慢できねぇ!!」

「え……?」



 ♢♢♢



 クロードがおもむろに立ち上がり、王国の子供達の元へ歩んでいく。


「…………」

「まさか……」


 明らかに王国の子供達へとその足は向かっている。


 ひり付く空気も気にも留めず、迷いもなく、先頭の獣人族の子へと一直線で歩むクロード。


「ちっ、あの野郎……!!」


 クラン『タダの方舟』に在籍するとある男が、辛抱堪らず激情のままに立ち上がる。


「……熱くなりやがって」

「…………」


 仲間の同僚達が息巻いてクロードへ向かうその背を見送る。


 数年前に事故で失った獣人の恋人が頭を過り、居ても立ってもいられないのだろう。


 自分達も気持ちが分からない訳ではない。


 熱心に指導された恩のあるエルフの失踪。魔物に喰われた獣人の後輩。親しかった事もあり、どうにも面影を見てしまう。


「てめぇっ!! ふざけやがって、もう我慢できねぇ!!」

「……何がかな?」


 金稼ぎに利用しようとしているのは明白であるにも関わらず惚けるクロードに、一層頭に血が上り――


「――っ、なんだぁそりゃあ!?」

「え、何が……?」


 拳を振り上げ、肩を掴み振り向かせた瞬間に思わず仰天した。


「その白いのは何なんだって言ってんだ!!」

「は……? 白い…………なんじゃこの白いの!!」


 こちらの視線を辿ったクロードが指先で頬骨辺りを撫で、顔中に白髭のように付けられたクリームに気が付いた。


「どうりでほんのり甘い匂いがしてた筈だよっ!! ……いや美味いけども!!」

「舐めるなっ、何してんだ!! お前という人間が怖くなった来たから帰れもう!!」

「くっ……!」


 何かで布で拭かなければ手に余るとしたクロードが顔を隠しつつ背を向けて叫んだ。


「覚えてろっ!! 俺は諦めないぞ!! 何としてでも戻って来てやるからな!!」

「よたよたしながら言うんじゃねえ!!」


 捨て台詞と共に先程のテーブルへと戻って行った。


「ちっ…………おい、あいつは獣人の馬鹿強ぇ女の子を使って荒稼ぎしてるクロードって悪党だ。お前等も目を付けられたみてぇだから気を付けるんだぞ」

「……あ、ありがとう」

「い、いや、俺は……」


 流れで自然に王国の子供達へと忠告するも、返って来るとは思わなかった感謝に戸惑ってしまう。


「……ほら、あの兄ちゃん等に付いて行きな。あいつらなら心配要らねぇからよ」

「うん……」


 いつの間にか到着していたテオとスパークを指差し、照れを隠しながら男は戻っていく。


「おう、優しいじゃねぇか」

「うるせぇっ……んぐっ、んぐっ、んぐっ!!」


 冷やかされて顔を赤くし、酒を煽って誤魔化す。


「……なんだか俺っちの予想とは違うなぁ」

「いいから仕事。……君達がそうだよね。案内役を任されたテオとスパークです。それじゃあ、早速付いて来てもらえるかな」


 軽くしゃがんだテオが視線を合わせ、柔らかい雰囲気で王国の子供達を先導する。


 関心も敵意も引いていき、すぐに平時の空気を取り戻した。


「レルガちゃん!? 何かな、これは!!」

「だから止めたのによぉ……」


 流石に叱ろうとでも言うのか滑り込む勢いでやって来たクロード。呆れて呟くロクウは付き合っていられないと、饅頭の最後の一口を手に取ってクリームをたっぷりと付けて食べる。


「あとでって言ったから、あとでペロってできるように付けといてあげた」

「後で……? 今はいいとは言ったけど……」

「おいしかったっ?」

「…………」


 朗らかな満面の笑みで『美味しかった、ありがとう』をこれでもかと期待するレルガ。


「……お、美味しかったよ。レルガは優しいね、ありがとう」

「いいよ!」


 泣き出しそうな面持ちで顔を拭くクロードは、シユウとロクウでさえも複雑な顔付きで見てしまう。


「クロードさまもおいしいやつだから、明日もたべるのがいい」

「賢くなっちゃって……、それで強引に食べさせたのか……」


 成長が早いレルガに置いて行かれそうだと嘆きつつ、明日のデザートの予約も行い、レルガを連れて【キルギリス】が入院する施設へ向かう。


「行くぞ」

「ゆくぅふわぁ〜〜……」

「……シユウのとこで寝てたら?」



 ♢♢♢



 療養施設は偶然にも公国と王国を隔てる門の付近にあった。


 治療に足りない物資などを国同士で補えるようにとの理想を掲げて建てられたと聞いている。


「――邪魔をする」


 返答も待たずに無粋に扉を開け放つ。


 中の気配を探り、誰も眠っておらず、着替えなどもしておらず、チームが揃っているのを確認するだけに留めてからの入室だ。


「く、クロードさん……」

「っ…………」


 慄く五名に構わず、窓際の椅子へと歩む。


 並ぶベッド二つに女性が二人、男性三人はその前に立ち並んでいた。武器は手前の女性と男二人が短剣を持っているのみ。だが囲むつもりはないようだ。


 一歩ずつ俺が歩む毎に、道を開けるように後退りする。


「…………見ていたのか?」


 歩んだ先で窓の外に目をやると、眼下には今しがたの門の前が見下ろせる事に気が付いた。


「……その、偶然に窓が空いていて――」

「忘れるんだ、今すぐに」

「っ…………」


 喉をクッてやって低い声で言うと、背後で息を呑む気配を感じた。


 醜態もついでに脅して黙らせる。これが魔王流だ。


「…………」


 とりあえずビビらせる為にコートを払ってバッと音を立ててから椅子に座り、横柄に脚を組む。威嚇の重要性をレルガに説かれたばかりだからな。


「…………っ、あの、お訊きしてもいいですか?」


 掠れ声で捻り出した問いかけにも無言で肩を竦め、感じの悪さでダメージを与えておく。


 おそらくこの後にはジャブ的な質問攻撃が来るだろうから気を引き締めねば。


「では、出身は王国でしょうけど何で――」

「俺は王国出身ではないし、そのような事は口にすべきではない。そうだろ?」


 ジャブどころか右アッパー打って来たかっ! マジ!?


 いきなり身元調査してくる!? 普通は『もしかして、あなたは黒騎士ですか?』みたいな攻め方だろうにっ。


 相手はかなりトリッキーなタイプとみた……。


「っ……そう、ですね。勉強になります……」

「……では次は俺から」


 次はこの怖そうなお兄さんか……。


「その……もしかしたあなたは、ある者を追って来たのだろうか……?」


 ええええええぇぇーっ!? なんで知ってるの!? だってっ、これ知ってるのレルガだけだぞ!?


 得体が知れないぞ、こいつら……。


 俺がセレスを見返すべく、天秤の男を追っている事まで知られていた事実に震え上がる。


「ふっ……」


 とりあえず鼻で笑い、返答を考えながら余裕ありげなところだけは見せておく。


「【黒色の頭脳】、貴殿はどのくらい知り得ているんだ?」

「…………」


 目を細め、唯一俺に猜疑心たっぷりの眼差しを送る獣人のお嬢さんを横目にする。


 ……魔王の呼び名が変わってる。カッコいいからいいけど、おいおい……統一してくれよ。名乗る身にもなってくれ、どうすればいいのか迷うじゃん。


「……それは教えられない」

「あなたはっ…………私達にも手伝えることがある筈です!!」


 ベッドのお姉さんが感情的に言う。一応は助けた恩を感じてくれている模様だ。


 しかしここで情をかけてはいけない。むしろ畳み掛けるのだ。


「必要ないと言っている。この事を誰かに話せば……どうなるか分かるな?」


 見渡し、鋭い視線で真正面から脅迫する。


 さっきは右アッパーに仰け反った形になったが、今度はお返しに俺からのケンカキックだ。


「俺達は……しかしあなたはそれでいいのかっ!?」

「当然だ。俺はいつでも俺の道を行くのみ……」


 この人達がかなり怖くなって来たので、とっとと帰ろうと立ち上がりながら告げた。


「うぅ……!!」


 泣いた!?


「っ……!?」

「このままでいいんだ。このままいけば、皆笑顔になれるさ。何事もなく終わる」


 お、お互いに干渉しなければいいだけだろうに。


 実は圧倒的ナイーブであったお姉さん。肩を叩いて心ばかりの慰めの声をかけてから、そそくさと去る事にした。


「じゃあな……」

「ま、待ってくれ! 最後にどうしても訊きたいことがあるんだ!」

「……言ってみなさい」

「手に負えない悪党が目の前に現れた時、あなたならどうするんだ……?」



 ♢♢♢



 クロードが訪れるより少し前。


「……本当か? あまりに、その……信じ難いが……」

「神様でもなきゃ、そんなこと……」


 不運な遭遇から二日が経ち、療養所の女性の部屋へ集まった【キルギルス】。


 女性……隊を率いるキサキの話はあまりに荒唐無稽であった。


「最悪の天才……あの【黒色の頭脳】と言われるコウモリを上回る知能など、有り得るのか? 人間が持ち得るものとは思えない。奴でさえ限界を超えているというのに」


 キサキの話ではクロードはなんとあの黒騎士で、しかもたった一人で【卑劣な一家】二匹を数秒とかからず討伐。その後にもロクウと戦闘していたと主張して聞かない。


 はっきりと不可能な【卑劣な一家】の話は、キサキも朦朧とした意識であったことからも時の経過感覚が損なわれていたと認めた。だが他の主張は頑なであった。


 しかし無視できないこともある。辻褄が合う点が多いのも事実であった。


 率先して嫌われ役を演じる。レルガの目を見張る強さ。魔窟へ来たタイミング。


 そして……。


「…………なぁ、あれを見てみてくれないか」

「ん? 門のとこに……あぁ、王国の子供達が来るのか。止めてくれ。公国を嫌いになりたくない」

「今年は違うようだ。俺も信じ難いけどな」

「はぁ……?」


 ……そして、窓下の一幕が飛び込む。


 確信を得るに十分な、“黒い筋書き”がまた一つ変わる瞬間を目にすることとなった。


 毎年恒例の『星夜の儀』に、王国の子供達がやって来た場面だ。


 門が開くなり武力的衝突も想定される公国と王国の睨み合いが始まる。


 張り裂けるであろう緊張の糸。ほぼ確定的に、探索者達の鬱積したものが弾けるだろうと見込んでいた。


 黒騎士が探索者狩りを指示していたという噂もあり、シユウが殴り込むのではとも言われていた。皆、その後に続き雌雄を決する腹を決めている。一目で察せられる興奮を秘めた顔付きをしている。


 しかしシユウは全くの冷静であった。


 淡々と両国の探索者を制し、何事もなく戻ってしまう。


 一段落するも残された子供達は顔を白くして怯え、身を寄せ合っていた。いくら王国民と言えど、子供のそのような姿は心が痛む。


「……一瞬で状況を変えてしまった」


 道化を演じるクロードの行動により、全てが反転してしまった。


 自分達の調査によれば、ロクウは黒騎士と戦闘してその腕を認めたのだという。おそらくシユウの変化はロクウから伝えられた印象などによるものだろう。


 つまり妄想とも思えるキサキの話が確信に足ると言う事だ。


 クロードは黒騎士で、かの【黒色の頭脳】の筋書きを書き換えているに他ならない。


「し、信じられない……あのコウモリを……」

「誰もそうと気付かず、どうしようもなかったというのに……」


 ニウース地底魔窟の探索者達は例外なく、いつからか【黒色の頭脳】により支配されている。


 やって来た次期も年齢も性別も不明、公国民なのか王国民なのかさえ、何も判明していない。


 しかしその者は魔窟の人々を巧妙に、そして容易に操り、数多くの犯罪に関わっているとされている。


 もっとも恐ろしいのは、本人が操られていると最後まで悟ることがない点だ。


 世には様々な人間がいるだろう。しかしどの色をした人間の感情もその者にかかれば手足同然に操作でき、苦もなく黒色に染め上げていく。


 白紙に墨が垂れ、取り返しが付かない黒に染め上げられるように……。


 その影が現れてより、いとも容易く公国と王国の緊張状態が作り上げられ、自らの存在を匂わせる余裕まで見せる異常性もある。


 公国が『明確な国の脅威』として認定し、軍から自分達のような精鋭の調査団を派遣するのも時間の問題であっただろう。


「二年以上、私達でも何も掴めなかったのに……」


 一度その気配を消していたのだが、ここに来て再び限界値まで緊迫した両国の状況は、明らかに【黒色の頭脳】によるものと推察できた。


 魔涎粉によるものも含め、増加する探索者狩り。偶然の範疇を出ないことからも、そうであると決めてかかるに相違ない。


 今度こそ魔窟は探索者により血で血を洗う戦場と化す。


 ……筈であった。


「――邪魔をする」


 扉を開いて現れたその風貌に、自然と気圧される。


 黒髪に渋みある面持ち、分厚く力強い身体付き。


 軽く自分達を一瞥し、これまでとは比較にならない圧を放ちながら通り過ぎていく。人柄を知らなければ威圧していると捉えかねない程度だ。


「く、クロードさん……」

「っ…………」


 ただ歩むその姿に、漲る闘志を感じる。


 この者に油断する時などなく、生まれ落ちてからの英雄なのだと誰もが察した。


「…………見ていたのか?」


 窓下を見下ろし、言葉少なく門での騒動を目撃したのか問う。


「……その、偶然に窓が空いていて――」

「忘れるんだ、今すぐに」

「っ…………」


 キサキが答え終えるのを待たずして、強い口調で切り捨てた。


 この一言がクロードの意思を示していた。最初の段階で既に、自分達の助力や介入をきっぱりと断ったのだ。


「…………」


 コートを払い、男らしく座る。脚を組んだその姿は見惚れる程に様になっている。


「…………っ、あの、お訊きしてもいいですか?」


 掠れ声になるも構わず問うと、クロードは肩を竦めて心良く了承した。


 流石に軍関係者と見抜き、理由などは語ってもらえるようだ。この点だけでも好感が持てる。


「では、出身は王国でしょうけど何故公国の――」

「俺は王国出身ではないし、そのような事は口にすべきではない。そうだろ?」

「っ……そう、ですね。勉強になります……」


 驚きに目を剥く一同だ。


 国籍など関係なく救われるべき人々を救う、そうあるべきだという。一切の迷いもなく、公国であっても自分は戦うと断じた。


 伊達な風貌と合わさって、胸に込み上げる感情に鳥肌が立つ。


「……では次は俺から。その……もしかしたあなたは、ある者を追って来たのだろうか……?」


 最終確認である。そうあって欲しいとの思いもあったのか、堪らず口をついて出ていた。


「ふっ……」


 言葉もなく、鼻で笑うのみ。今更なにを訊くのか、とでも言いたげだ。


「【黒色の頭脳】、貴殿はどのくらい知り得ているんだ?」

「…………」


 未だ納得のいかない獣人のカリンが、詳細を追求する。


「……それは教えられない」

「あなたはっ…………私達にもっ、手伝えることがある筈です!!」


 あくまで一人で、国家さえ操ってしまうであろう【黒色の頭脳】を打ち倒すという。


 緻密に張り巡らされた悪のシナリオを書き換え、見つけ出し、探索者達をコウモリの支配から解き放つ為に。


 その事実をこの広い魔窟の中で自分達しか知らない。


「必要ないと言っている。この事を誰かに話せば……どうなるか分かるな?」


 抗い難い強烈な視線に、完全に射竦められる。


 確かに少しでも情報が漏れれば台無しだろう。最悪の場合には正体も掴めぬまま【黒色の頭脳】は雲隠れする。


 邪悪なる天才にかかれば警戒して尚も、こちらの知り得る全てを引き出される可能性がある。


 事実として、かの頭脳を上回ったのは先にも後にもクロードただ一人。委細全てを任せるのが最も賢明であると誰しもが察していた。


「俺達は……しかしあなたはそれでいいのかっ!?」

「当然だ。俺はいつでも俺の道を行くのみ……」


 言うまでもないとばかりに素っ気なく返した。


 誰に知られなくとも、誰から嫌われようとも、どこの誰だろうと人を助ける事に変わりはない。


 彼が王国で讃えられる所以を思い知るばかりだ。


「うぅ……!!」


 一様に歯を食いしばり、涙を懸命に堪えるも……つい流れてしまう。


 憧れていた。強さにも、頭脳にも、有り様にも。


 何より不遇にも曲がらない真っすぐな信念に憧れ、胸が苦しい程に熱くなる。


「っ……!?」

「このままでいいんだ。このままいけば、皆笑顔になれるさ。何事もなく終わる」


 全ては民の笑顔の為に。


「じゃあな……」


 眩しい生き様を見せ、胸に焼け付く焦熱だけ残して扉へと向かう。


「ま、待ってくれ! 最後にどうしても訊きたいことがあるんだ!」

「……言ってみなさい」

「手に負えない悪党が目の前に現れた時、あなたならどうするんだ……?」


 本当に何がなんでも訊ねずにはいられなかった。


 今の自分達のような場合に、黒騎士がどうするのかを訊かずにはいられなかった。


 この男の返答ならば、それは誠に“正解”なのだから。


「――幸運ラッキーじゃないか」

「ぇ…………」


 困らせるだろうと思いきや、振り返ったクロードは間も空けずに答えてしまう。


「誰の手にも負えない悪がわざわざ俺の前に来てくれるんだろ? なら後は、――――倒すだけだ」


 痺れ上がる。


 曇りなど微塵もない絶対的な自信に、全身に雷が奔った。


 クロードの手に負えない悪党がという意味合いで訊ねたのだが、その可能性など思い付きもしていない。いや、察しはするも必ず倒すのだと自己の力に疑いがないのかもしれない。


「……それだけか?」

「あぁ、感謝する……!!」


 いずれにせよ、これ以上ない返答を頂戴した後に去っていくクロードを見送った。


「…………」

「一日だけでも、あのように生きてみたいものだ……」

「あぁ……あぁっ……」


 これで英雄に憧れるなというのは無理がある。


「…………」


 誰もが燻る情熱に黙り込む中で、カリンだけは冷えた心持ちで沈黙していた。


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