第35話、変わる未来




 第一安全地区に戻ったシユウは、再度未だ疑惑の渦中にある魔涎粉を取り扱う骨董品屋へ向かう。


「店主、最近になって王国に現れた黒騎士の事だ。何か知っているのか?」

「か、勘弁してくれよ、シユウ。俺ぁ、探索者狩りも“コウモリ”も黒騎士も知らねぇってばよぉ……」


 かつて『コウモリ』と呼ばれた謎の人物が探索者狩りを煽動していた時、この店主が最も疑われていた。


 とある事件で王国側から追放されて公国に来たのだが、この男は同時に公国側にも恨みを持っていたからだ。


「……どちらにせよ前回の疑いも完全には晴れてはいない。行動には気を付けるんだ。こちらで追放ともなれば居場所がなくなるだろう」

「ご忠告どうも。……ようやく出禁もなくなって行きつけの店もできたんだ。あんまり騒がんでくれると助かるんだがね」

「約束はできないが、善処はしよう」


 震え上がるシユウの冷えた瞳を真っ向から見返して、店主は毅然な態度であった。


「ったくよぉ、さっきもさっきで別のクランに問い詰められて、散々だぁ……」


 付き合い切れないとばかりに背を向け、ペット達の餌やりへ向かう。


 しかし店を出たシユウは、


(……何かを知っているな。しかし協力するつもりはないし、黒幕という訳でもないというところか……)


 正規の衛兵でもないシユウは公然とは強引な手段に出られない。


 やはり黒騎士に会う必要があるだろうと、歩みを始めた。


「……おっ、いたいた。お〜い、けぇったぞぉ」

「ロクウに……シス。今日までに予定されていた特異種は狩れたのか?」


 飄々とした様子で歩んで来るロクウの背後から、どこか膨れた顔付きのシスがやって来た。


 目の下の隈が濃い。言い方は悪いが普段から陰気な雰囲気を持つ少年だが、今はいつもよりも疲労感が強く思える。


「ロクウが五月蝿すぎる。居なかったら継続してやってた。一度こいつをあんたに返しに来たんだ……」

「まぁうだうだ言ってっけど、つまるところ楽しかったってよ」

「そんな事、一言も言ってないだろっ……」


 シスにとって少しの間でさえロクウと行動を共にするのは労力を倍近く使うに同じとなった。


「頭ん中どうなってる……。割って確かめてやろうかっ、このサル……!」

「言ったな、言っちゃったなコラァ……。ケツ赤くなるまで引っ叩いてやろうか」

「ぷふっ……お、お尻が赤いのは猿だからお前だろ」

「あぁダメだ、ああっ! 怒り過ぎてクラクラして来た! いよいよやったんぞクソガキコラァ!!」


 瞳に魔法陣を光らせて浮遊していくシスを、真っ赤な顔をしたロクウも棍を手に睨み上げる。


「止めるんだ、二人共。ここは短気でいていい場所ではない。一般人もいるんだぞ」

「…………」

「ちっ……」


 嘆息混じりのシユウの正論を受け、渋々矛を収める。


「それより問題が発生した。詳しくは拠点で話すが……可能性の一つとして、噂の黒騎士と戦闘になるかもしれん。その覚悟はしておけ」

「…………」

「…………ん〜」


 端的に説明するも二人は互いに顔を見合わせて何か思うところがあるような素振りを見せる。


「……どうした。何かあるのか?」

「おいらはまぁ、やれるんならやるけどな。ていうか、やらせろ」


 そう言いはするロクウも、シユウのニュアンス通りの戦闘には気乗りしない様子だ。


「シス、何があった」

「……それが――」



 ………


 ……


 …




 黒々と燃え上がる煉獄の手が迫る。


 水面からは湯気が上がり、砂利を熔解させる程の火力。火の魔神が罰するが如きそれは、拡大しながらロクウを襲う。


「ッ、ふぅ――――!!」


 地に刺した棍先の炎を吹き付け、火の魔神が突き出した掌を遥かに上回る大火炎で打ち消した。


 黒騎士はすかさず足元の片刃剣を拾い上げ、駆け出す。


 未だ黒炎と火炎の散らつく中に飛び込み、同時に駆けていたロクウの二老棒と打ち合う。


「ッ……!!」

「よぉ〜お!!」


 かつて、大都市に“悪童”がいた。


 騎士ですら手の付けられないその暴れん坊は、捉え所のない体捌きと身体能力で数年に渡り暴れ回っていた。


 飯を奪い、衣類を盗み、やりたい放題。強さのみならず障害物もなく壁を登り、建物から建物へ大きく跳び、まさに自在に逃げ回る。


 更に大人になる頃には武術も身に付け、強敵を求めて魔物の巣窟たる魔窟へ潜る。


 されど魔物と言えど暴れん坊は手に負えない。敗北知らぬその者は、僅か一年で黒雲級へと至ってしまうのだった。


「――よぉい!!」

「ッ……」


 パワーと技巧で勝る黒騎士の片刃剣をロクウは軽やかで独特な体捌きで受け流し、お返しにと仰け反った姿勢で棍を突く。


 更に棍はあらゆる攻撃を可能とする。突き、振り、薙ぎ、払い、前後もなく両端での絶え間ない攻めもある。


「おうおうどうしたぁ!! 高めた武はぶつけて光る!」

「やるじゃないかっ」

「大物狩りは探索者シーカーの本望よぉ!! うらうらうらうらうらぁ!!」


 高く跳んでから打ち下ろす棍は一際強力で、片手両手と回転させての連撃は黒騎士を下がらせる。


「うらぁ!! おっ……!?」

「――――」


 腹を薙ぐ剣を受け止めたロクウの目に付いたのは、黒騎士の左手にある複数の魔力の玉。


 足元に発生させた小規模の魔力のモヤから左手の平に集め、五つの弾を生成していた。『捻出』、『集束』、『形成』を一拍で終らせ、『維持』の段階を省いて最速で放つ。


「――ふっ!!」

「増えたところで、そいつはもう見たぜ!!」


 棍を地に突き、逆さまに宙へ飛び上がって放られた散弾を回避。ロクウは己が天性の動体視力のみで、初見の黒の弾丸を難なく見切ってしまう。


 だが、


「ぬっ――――」

「――――」


 天地が逆の景色の中でロクウが見たのは、黒騎士との間で回転するもう一つ・・・・の剣。


 この【キルギルス】の剣が落ちた位置まで、気付かせないで移動していた。


「――キキキッ」


 悪童時代を思わせる笑みと目付きで、足先で跳ね上げた剣を掴み取り双剣となった黒騎士と真正面から殴り合う。


 手数の優位は破られた。ただでさえ剣術の腕は背筋が震えて鳥肌が立つ完成度であるのに、もう一本なのだ。


 だからこそ真っ向からだ。だからこそ叩き甲斐がある。


 水面と砂利が合わさる剣と棍の一撃一撃の空圧によりどんどんとかき分けられていく。薄く半球状に分かれ、しかし男と男のぶつけ合いは尚も激化していく。


「……暇だなぁ」


 それを遠くから眺めるも暇を持て余すシスが、魔眼にて黒騎士の動きを止める。早々に決着してもらわないと退屈は募るばかりだ。


「ッ…………」


 突然の驚愕に、眠たげな目が見開かれる。


 手応えというものがない。少しも。


 中身が入っていないというよりは、中身はあれども掴めない。今まで魔眼を使って来たものとは別で、“あるべきではない全くの異物”という印象を受ける。


「…………」


 暫しの逡巡する素振りの後に、シスは先程に黒騎士が探っていた【キルギルス】の男の懐を漁ってみる。


 あるのは……ぱんぱんに詰まった皮の財布、そして……。


「っ……。…………ロクウさん、そいつの言ってることホントだよ。財布ん中にかなり入ってる」

「んな事ぁ、とっくにわかってんよ!!」

「は……?」


 浮遊して空中から話しかけるも、ロクウは一向に力の限りに振るう棍の手を止めない。


「こんな正々堂々とやり合える奴が銭泥棒なんてみみっちぃ真似する訳ねぇ!!」

「……じゃあ何やってんの?」

「つえぇんだよっ!! だったらやるし、やるからには負けられねぇだろうがぁ!!」


 棍の体重ごと押し付ける重なる突きを、交差させた双剣が頭上へ押し上げた。


「……へっ、お前も楽しんでんじゃねぇか」

「何も言ってないぞ」

「小細工やめたろ。やっぱり最後に行き着くところはガンガンの殴り合いだよなぁ」


 一つの剣はより研ぎ澄まされていたが、双剣になり美しい剣筋と振りざまに加えて押し潰そうという荒々しさも見られるようになった。


 棍は闘志に呼応して炎を宿し、炎耐性重視の一級装備も端々に火を宿していく。


「っ、やば……」


 立髪の逆立つロクウは徐々に本気になりつつあり、懸念したシスは怪我人達の元へ戻って行く。


「ぅ…………」


 念力に持ち上がる【キルギルス】の女性が薄っすらと目を開けると、映ったのは火と刃の向こうにいた黒い鎧。


「っ……」


 潜入中の自分達・・・・・・・の立場、そして王国の黒騎士。


 数瞬間の内に、女性は答えに至ってしまう。


「っ、うっ……!!」


 しかし鋭い痛みと酷い疲労感に、すぐに気は遠のいていくのだった。


 そして回避も小手先の技もなく、愚直に競い合う者達にも変化が起こる。


「取ったぁーっ!!」


 振るう左手の剣が僅かにブレるのを見切り、棍で柄頭を打ち飛ばした。


「これでっ――――」


 勇んだロクウの目に入った黒騎士は、次元が違った。


 既に格闘術らしき構えへ移り、体重移動も終え、左拳を胸前に・・・・・・置いていた。


 その姿は自然で剣術とも比較にならない程に美しく、何より憧憬となる程に力強い。


 練度として自分や師匠をも上回――


「…………」


 視界が霧がかり、地面が裏返る。


 構えに見惚れていたのだが、何故か身体の自由が効かない。ぞわぞわと足から脳まで痺れて思考も難儀する。


 時も分からず、夢現つの中を彷徨う。


「…………っ、ぐっ!!」


 顔を振るい意識を引き戻す。


 痛む顎を摩りながら周囲を確認する。姿のない黒騎士、時間の経過、どのような技であったのか、知りたい事は尽きない。


「っ……おい、おいって!!」

「…………」


 既にロクウを通過してシスの元へ歩んでいた黒騎士に気が付き、よろよろと追いかける。


「……あれからまだまだ強くなりそうだったから終わらせた。楽しいのは確かだが、それより怪我人を頼みたいんだ」

「今回はおいらの負けでいいっ。けどなぁ、またやんぞ!? 今度は余計なもん無しで、とことんだっ。約束だからな!!」

「分かったから……」


 双剣を【キルギルス】へ返却し、シスへ向き直る。


「この方々を頼んだぞ、少年。君ならそっと運べるだろ?」

「まぁ、いいけど……」


 ………


 ……


 …




 シスから話を聞き終えたシユウは二人の様子に得心がいく。


「……今の話の印象では、やはり噂で聞くような人物だな。探索者狩りに手を貸すとは思えない」

「ねぇな。あれだけ強けりゃ、やるとしても自分でやった方が早ぇだろ」

「……どこへ行く」

「飯屋。いつもんとこにいるから早く来いよ」


 薄暗い路地を上機嫌で行き、心地良い空腹感を満たそうと行きつけの店を目指す。


「鼻歌まで……黒騎士との戦闘がそこまで琴線に触れたのか。俺も武術家として興味が湧いて来た」

「あんた達、なんだかんだ言っても似てるよね」

「二度と口にするな」

「うわ、こわっ……そんなに嫌なの? あ、それよりさぁ……」


 睨まれたシスは【キルギルス】の男の懐にあった魔検石についてシユウへ伝えておく。


真っ黒・・・だったよ、それも二体共」

「…………」

「あれ、もしかしたら【卑劣な一家チェイサー】の長女とかかも。羽がある方は特にヤバそうだったんだよね」


 魔検石での魔物脅威判定の厄介な点として、“黒色”の幅が異常に広いということにある。


 紫色も広いが、黒への変色はそれよりも遥かに幅広い。どれだけ強いかは魔検石での判断は不可能とも言える。


 しかし黒雲級のシスの言ならば無下にはできない。


「……それを二体か。ますます興味が尽きないな」

「どうやって倒したのかもよく分かんなかったんだよねぇ。気になるよね……あ〜あ、僕もやっとけば良かったぁ」


 別の意味で槍を構えることになるかもしれないと、静かに昂るシユウは先程までとは心持ちを一転させていた。


 こうして、また一つ“黒い筋書き”が書き換わる。

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