第34話、情けは人の為ならず……?



『――――』


 突如として、理解から逸脱する。


 獲物目指して降下にあった自分から何もかもが失われる。


 全身に漲っていた力みも、踏めば蹂躙できた身の重みも、愉悦も、思考も、生も、抜け落ちる。


 死を悟ったからなのか無意識に力みが最大限に達し、本能で音波の鎧を発し、打撃を無効化する皮下脂肪と合わさり――


「――ッ」


 頬骨辺りに発生した何か・・によって、無力と化す。


 姿が掻き消え、遠方の岩壁が爆発する。


 刹那に化け物らしく力強い変貌なるも、襲い掛かった『力』の前にはどうしようもなく儚く……。


 巨影を殴り飛ばした小さな影が水音を立てて着地する。


『……………ギッ!!』


 鬼の形相で途端にパンプアップし、身体が不自然に筋肉質となって膨張する。


 自分の眼下にも関わらず背を見せる人間を前に、力比べで負ける筈がない。


 全身に走る血管を浮かび上がらせ、姉を上回るパワーと重量で足を踏み下ろす。


 振り向き終わった頃にはゾーンごと踏み抜き、下のエリアへ共に堕ちてしまおう。


「――――」

『ぎょワン!?』


 虫を除けるように振り向き様に踵をはたかれ、右脚ごとくるりと左へ流される。


 訳も分からず尻餅を突く形でストンと腰を下ろす。


 ……前に、重心のある骨盤へと横合いから拳槌が外に払うように打ち込まれる。


『ッ――――』


 無造作に打ち飛ばされた【卑劣な一家】が少しの失速もなく、残る妹の左上方の壁に打ち込まれた。


 失速どころか加速していると思える程だ。


『…………』


 僅か五秒の出来事に、残された妹は大きく口を開けて呆然と固まる。


 あの無敵の姉達が、未知の存在に殺されてしまった。


「…………」


 か弱き筈の人間が、こちらへ視線をくれる。


『っ、いやぁぁぁぁぁああああああ!!』

「五月蝿いよ?」

『イイッ!?』


 胸の奥から這い出た恐怖に上がった耳をつんざく絶叫にも取り合わず、時を飛ばして目の前へ出現した。


 理を砕く超越者の手から彼女を救ったのは、母から譲り受けた悪辣な頭脳であった。


 既に本当に意図せぬ内に、蠍の尾が毒液を飛ばしていた。


「っ……!?」


 本人が自覚していない上に行動の予兆もなく針先から飛んでいた液体に、この存在ですら虚を突かれる。


「ッ――――」


 少しも迷わず再び毒液降り掛かる同族の前へ現れ、立ちはだかる。


『い、いひぃ、ひイイッ!!』


 また【卑劣な一家】も同じく無意識に身体を動かし、這うように無様に空洞へと逃走する。



 ♢♢♢



 高速で戻るも、目前まで迫り来る毒液。


 〈黒の領域〉の展開を考えるも倒れる者達の負担を考え、別の選択肢へ切り替える。


 瞬時に、躱すではなく蒸発させる方向で技を構成する。


 黒騎士のガントレットを手に生み出し、魔道具を使い発生させた炎に魔力を込めつつ黒炎を作成する。


「っ…………」


 あまりの灼熱に男の周りは歪み、熱気受けた意識朦朧とする女性の視界は更に霞がかる。


 掌全体に宿し、魔力操作法を応用して飛び掛かる毒液へと突き出す。


 込めてあった魔力と黒炎は広げた手の形に飛び出し、前面へ広がりながら大きく燃え上がり壁の如く立ち塞がる。


 毒液は押し出された巨大な掌に受け止められ、音も微かに難なく蒸発してしまう。


 そして程なく、魔力を失い黒炎の掌は消え入る。


「……逃げられたか」


 安堵に一息吐くことなく姿を消した【卑劣な一家】を確認するも、やがて【キルギルス】の女性等の元へと歩み寄る。


「……どうやら全員、息はあるみたいだね。良かった……」


 かなり手酷く弄ばれ、骨折などの怪我は多数あれども鍛え上げられた紫山級ということもあって命に関わる者はいない。


「……くろーど、さん」

「こんにちは。運搬者さんに手伝いを頼んでくれてありがとう。まだそう遠くには行ってないだろうって聞いたから、お礼を伝えに来たんだ」


 レルガへ向けるような柔らかな笑みを浮かべられ、助かった実感を覚えて安堵する。


 とても信じられないが、どうしてだろう……身の危険を全く感じない。


 目尻に涙が溜まり、静かに溢れる。


「応急処置みたいなのはちょっと怪我が多過ぎて自信ないから、誰か呼んで来ようと思ってる」

「いたっ……」

「ちょっと我慢してね。下の人もしんどいだろうから」


 ゆっくりと動かされる手に身を委ね、バッグを枕にして水に浸かる砂利の上へ。


 暫く仲間達の状態を確認し、元気付ける為か話しかけるなどしていると、


「……おっ、誰か来るみたいだ。ツイてるね」

「…………」


 心地良い声音と流れる水音を耳にしている内に、意識はふと途切れていた。



 ♢♢♢



 気を失ったか。


 口ではああ言ったけど、命に関わるかを完全に見極められる訳じゃない。


 ちゃんとした人に診てもらいたいところだ。


 ……ていうか、クロードがやったとか思われないよな。


 王国の上位探索者を倒したことにしてるけど、大丈夫だろうか。


「一応、通りがかった事にしとくか」


 どこでも便利な黒騎士に変わり、遠くから来る二人組に備える。


「あ、今のうちに……」


 これが“情けは人の為ならず”というものなのかもしれない。


 治療費や活動できない期間も出て来て大変だろうから、折角の厚意だったがお返しさせてもらおう。


 女性の懐を探るのはマズいので、男性の懐からお財布を取り出して心ばかりのお礼と共に運搬者費用を入れておく。


 明らかに多額なのできっと気付いて使い道を悟ってくれるだろう。


 俺もあなた方を見習って、これからも思い遣りの気持ちを大事にしよう。


 気持ちのいい探索者達に、一礼。


「――おい……」

「ん……?」


 爆走していたロクウとふわふわと浮く少年が背後にいた。


 だがロクウはこめかみに血管を浮かばせて何故かお怒りの様子。


「王国の黒騎士って野郎か? てめぇ、いくら公国と仲が悪いからって病人から金抜くたぁどういうつもりだ!?」

「えぇっ!?」

「礼までしてふざけやがって。懐は温かくなったか!? 頭を下げりゃ許されるとでも思ってんのか!?」

「ぎ、逆だっ。金を入れたんだ!」

「そんなバカがいるわけねぇだろうがぁ!!」

「普通はねっ? 普通はそうだけどっ!!」

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