まんなか

「とりあえずここで一回CM挟むんで、一旦テープ止めますね」


 同行しているディレクターの指示にカメラマンが頷く。それを見た勇者がホッと胸を撫で下ろした。


「いやー。やっぱ結構緊張しますね」


 勇者が相好そうごうを崩す。身にまとった黄金の甲冑かっちゅうが、朝日を浴びてキラキラと輝いている。


「うーわ。マジでそれ着てるし」


 不意に、四ツ谷に日帰りしているの魔法使いが、隠れていた草むらから顔を覗かせる。


「ああ、魔法使いさん。お疲れさ……って誰!?」


 魔法使いの姿を一目見た勇者が驚愕きょうがくの表情を浮かべる。魔法のローブとマント、手にはアカシアの杖、赤みがかかったボブヘアの上にはいつもどおりトレードマークのとんがり帽子、というおなじみの出で立ちではあるが、


「なんか顔いつもと違いません?」


 かなり引き気味で勇者が訊ねる。勇者は変わり果てた魔法使いの相貌そうぼうをまじまじと見つめる。厚塗りのファンデーション、アイメイク、チーク。口紅に至っては唇の原型が分からないほどに紅く塗りたくられている。これでは魔法使いではなく『魔女』である。


 これはアレか? ね○ねるか? 二代目ねる○るのCM出演とかを狙ってるのか? と勇者は考えずにいられない。しかし、そんなことは意に介した風もなく、魔法使いはニッコリ微笑ほほえむ。


「やだー。勇者ったら何言ってんの? いつも通りじゃない♪」


 本気で言ってんのかこの人? と勇者は震えた。同時に、ラ○の鏡で映せばショックで鏡の方がぶち割れてしまいそうなご尊顔そんがんで笑う魔法使いを、勇者は初めて怖いと思った。そして、


「いや、『平熱大陸Xの流儀』の撮影だからって明らかにいつもより化粧盛ってますよね?」


 勇者はズバリ指摘した。ストレートに切り込まれた魔法使いがたじろぐ。


「や、やだなー。勇者ったら何言ってるのかしら!? 普段と同じナチュラルメイクじゃない」


「いやいや、ステータス画面に表示されている魔法使いさんと今の顔を見比べてみてくださいよ。こんなの詐欺ですよ? 同人誌の表紙詐欺でもここまで酷いのは見たことないですよ」


 勇者が苦言を呈する。魔法使いを気遣ってのものではない。こんな魔法使いさんの顔を公共の電波に乗せたら『勇者のお仕事のドキュメンタリーにル○ジュラが出演している』と苦情が殺到するだろう。そう考えると、ベンテンドーから裁判のお誘いが届くのは時間の問題だろうし、どうにかしてこのルー○ュラを野生に返却する必要がある。そういった思いからの苦言だった。しかし、勇者の言葉に気を悪くしたのか、魔法使いも反撃を開始する。


「それを言うなら勇者だってその装備してる黄金聖○士ゴール○セイントみたいな金ピカな鎧はなんなのよ? いつもは毎日毎日同じウニクロで買った鎧ばっか着てるくせに。絶対カメラ意識してるでしょ?」


「いや、ウニクロの鎧は昨日洗濯したらなんか生乾きぽかったんでたまたま手近にあったのを取ったら黄金○闘士ゴールド○イントだったってだけで別に変にカメラを意識したとかじゃないですよ? むしろ今日『平熱大陸Xの流儀』の撮影入ってたのなんて現場に来るまで忘れてましたもん。いや、ホントに」


「良く言うわよ。自分で洗濯した風に言ってるけどアンタ実家暮らしじゃない。毎日お母さんに洗濯してもらってるって言ってたくせに」


「あー! ちょっと!カメラ止まってるからって言っていいことと悪いことがあるじゃないですか! 僕のイメージが崩れるでしょーが!」


 一色即発いっしょくそくはつ五秒前の二人の争いにごうを煮やしたのか、一人の男がテントから顔を出す。

「あのー、私はいつまでこのテントの中に居たら良いんでしょうか?」


 いがみ合う勇者と魔法使いが同時にその声の主を振り返る。


「あっ! 顔を出したらダメじゃないですか遊び人さん! 遊び人さんはまだ夜のネオン街から帰ってきてないなんですから! 今日は『ぱ○ぱふ疲れ』で遅刻してくる予定だって昨日打ち合わせたじゃないですか!」


 勇者が文句を言うと、それを受けて遊び人が嘆息する。


「勇者さん。……なんというか、これ設定的に無理がありませんか? そもそも私もう


 そう言いながら遊び人、もとい賢者がテントから這い出てきた。長い長髪は遊び人の時とそう変わらないが、賢者の杖を手に持ち、光のローブを装備したその神々しさすら漂う姿は、紛うことなき賢者の姿そのものである。テントから出てきた賢者はさらに勇者をさとすように言う。


「大体さっきのオープニングを見る限り、僕が遊びに出向いたまま帰ってこないという設定だけに留まらず、魔法使いさんを四ツ谷から通っているように見せたり、そればかりか戦士さんに関しては寝入ったタイミングで棺にぶちこんだりとやりたい放題じゃないですか。これ全部勇者さんの筋書きですよね?これはもう完全に『ヤラセ』ですよ?」


 やはり賢者になっただけあって賢さの数値が上がっているのだろう。的確に今の状況説明を織り交ぜながら、勇者の行おうとする非道を賢者は非難する。しかし、これまで死線をい潜ってきた勇者は動じない。


「遊び人さん、いや、賢者さん。これはヤラせとは言わない。これは、なんです」


「演出? これが演出だと言うんですか? こんな勇者さんの虚飾のためだけの老獪で姑息なヤラセを演出だと言うんですか? 本来ヤラセなど神に仕える我々が尤も唾棄すべき愚行の筈です! それを正義の使者たる勇者さん自ら惹起するなど当に跳梁跋扈甚だしいじゃありませんか!貴方のように普段磊磊落落とした風采を取り繕ったフリをしたところで――」


「あー! もう長いんですよ賢者さん! 校長か!」


 あまりに長い、賢者の熟語だらけのセリフまわしを、ウンザリした様子で勇者がシャットアウトする。


「賢者さん。確かに貴方の言うことは正しいのかも知れない。……ほとんど何言ってるか分かりませんでしたけどね。ただね、これだけは言えますよ? !」


 ビシリと、勇者は賢者を指差す。突然の指摘に賢者が驚き、思わずたじろぐ。


「な、慈愛に満ちたこの私に愛が足りないなどと一体どういう了見ですか!?」


「ちょっと賢者になって賢さがアップしたからって漢字にに偉そうに長々と……。あ、ちなみにさっきの賢者さんのセリフはこのあとで僕が要約するんでスルーしてもらって大丈夫ですよ」


「誰に何言ってんのよ」


 めんどくさーと思いながらも魔法使いがツッコむ。


「良いですか賢者さん? こんなファンタジーもどきをわざわざ観に来る人達が跳梁跋扈ちょうりょうばっこやら磊磊落落らいらいらくらくなんかをルビも振らずに読めると思いますか? 書いてる人だって良く分からず使ってるのに」


「だから誰に何言ってんのよ」


「大体さっきのセリフ回しだって要約すれば『勇者が悪い!』って言ってるだけですよね? たった五文字で事足りることを全校朝礼の校長のようにダラダラダラダラ……。もしこれ観てる皆が途中で貧血起こして観るのやめたらそれは絶対賢者さんのせいですからね!?」


 勇者は『ざれごと』を放った。


 かいしんの いちげき!


 賢者は 力尽きてしまった。


「そ、そんな……。私が間違っていたというのか……」


 誰に向けた何の保険なのか分からない勇者の戯言ざれごとを受けた賢者は、何故か膝を地につけてふさぎ込んでしまった。


「俺たちは負けない!」


「仲間を論破ろんぱして勝利ポーズするのやめなさいよ」


 片手で剣を天空高く掲げてポーズを取った勇者を、魔法使いが冷静にたしなめた。

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