アプリゲーム編

さいしょ

 召喚の間にて、優しく微笑びしょうたたえるのは女神エアリース。彼女は誕生の泉に手をかざして魔力を注ぎ込む。すると、たちまち泉の水は生命が宿ったように眩いばかりの輝きを放ち始める。


 魔力を伴った聖水に変換された泉の水は、女神が触れていないにも関わらず、水面に小さな波紋はもんを起こす。その波紋は徐々に水面全体を揺らし、また新たな波紋を生む。


 波は少しずつ、だが確実に大きなものへと変わり、やがて重力に逆らう奔流となり、勢い良く女神の手元へと引き寄せられた。そうして引き寄せられた水の色が無色透明なものから青色へと変わる。それを確認したエアリースが祝福するように、勢いよく両手を広げた。


 この世界に、また新たな、女神の祝福を受けた戦士たちが、召喚された。




 ☆1 名もなき戦士

 ☆1 名もなき戦士

 ☆1 名もなき盗賊シーフ

 ☆2 遊び人

 ☆1 名もなき戦士

 ☆2 ドワーフ

 ☆3 魔法使い

 ☆1 名もなき戦士

 ☆2 ドワーフ

 ☆1 名もなき戦士




 召喚された十人のヒーローを目の前にした勇者と魔王が、信じられないといった表情を浮かべた。


「これガチャの排出率はいしゅつりつ渋すぎじゃないですか?」


 そういったのは勇者だ。声に張りが無く、絶望に打ちひしがれているのが傍目はためにも伺える。


「……十連引くのにどんだけクエストこなしたと思ってるんだよ」


 日頃温厚な勇者にしては珍しく愚痴ぐちっぽい。物語終盤のダンジョンの宝箱にただの薬草が入っていたがごとき愚痴りようである。


「ま、まあまあ勇者さん。少し落ち着きましょうよ」


 眼鏡を掛けた魔王が勇者をたしなめる。『出番が無い日は基本眼鏡派』な魔王は、虹彩異色オッドアイ用のカラーコンタクトを今日は装備していない。長時間付けていると目がシパシパするため魔王はカラコンを嫌っている。ちなみに魔王の視力は裸眼らがんで左右共に〇.二である。裸眼でドラゴンなんかに乗るとたちまち結構偉い人に相当怒られる羽目になる。


「いや。魔王さん。流石にこれは冷静じゃ居られないですよ? こんなの普通なら賢者けんじゃさんでもブチギレますって。多分賢者さんならとっくに今出てきた人全員バシ○ーラでどこかに飛ばしてますよ」


「賢者さんはそんなに短気じゃないですよ。それに、これに関しては彼らが悪いわけじゃないですし」


 仲間を何処どこに飛ばす気なのかはさておき、なおもなだめようとする魔王に対して、勇者が憤懣ふんまんやるかたない様子でさらに苦言を呈する。


「大体、女神さんの魔力の注入が弱すぎだと思います」


「え!? 私ですか!?」


 それまで泉の前で本編ほんぺんでの唯一の出番を無事に終えてニコニコ微笑んでいた女神が、急に自分に飛んできた口撃こうげきに驚いた表情を浮かべる。完全に八つ当たりという名の流れ弾である。


「だってそうじゃないですか。本来レアキャラ出る時って泉の色が赤とか金に変わるんですよね? でもここのところずっと青色のままじゃないですか。明らかに手抜いてますよね?」


「私は別に手は抜いていませんよ。これはあくまでも確率の問題で――」


「確率の問題っていえば許されるみたいな風潮ふうちょうがおかしいんですよ。大体僕が知る限りこのプレイヤーさんもすでに百回ぐらいガチャ引いてますけど、最高レア出たのなんて一番最初に出た魔王さんぐらいじゃないですか」


 そう言って勇者が魔王を見る。心の中で女神エアリースに謝りながら、最高ランクの☆5である魔王は流れ弾に被弾ひだんしないように、ツイ、と勇者から視線をそらした。


「だからそんなこと私に言われても困ります! そもそも最高レアの排出率なんて二パーセントしかないんですから、次に引いた時に二体目が出たら表記されている確率にほとんど収束しゅうそくするじゃないですか!」


 女神エアリースも勇者に応戦する。その怒れる姿はとても女神には見えない。しかし今日の勇者はいつもと違う。


「はい、出た収束。収束出たよ。得意技。はい収束いただきましたー。……ていうか収束って言っておけば収束するみたいな風潮も止めません? だいたい収束収束って言いますけど本当に収束するんですかねー? カジノにあるスロットとかだって打ち続ければいつかは収束するって言われますけど全然そんなことないじゃないですか。結局キャラガチャもカジノも胴元どうもとが勝つように出来てるんですよ。ねえ? 遊び人さん?」


 勇者はそう言って今しがた召喚されたばかりの☆2遊び人に問いかける。やさぐれた勇者に急に振られて☆2遊び人が緊張気味に答える。


「ど、どうですかねー。カジノにあるスロットなら僕が☆5になって『運』のステータスがマックスになったら百回中九八回は勝てると思いますけど」


「チッ」


 同調を得られなかったのが不服だったのか、勇者が舌打ちした。そのあとで再び遊び人に向かって訊ねる。


「じゃあ今の☆2の状態だったら勝率はどれくらいなんスか?」


 その質問に少し☆2遊び人が考えたのち、口を開く。


「そ、そうですねー。百回やったら九十回は負けますかねー」


「遊び人さん」


「はい?」


「就職したほうが良いんじゃないっスか?」


「……」


 意味もなく、言葉の刃に☆2遊び人が切り捨てられる。今日の勇者は切れ味が半端なかった。勇者の猛攻もうこうはさらに続く。

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