らすと


「そういえば、こんなに話し込んでて大丈夫ですかね? このあと入ってる『サウンドノベル ゆうしゃたちの夜編』のアフレコ練習って皆さんしてます?」


「というか『ゆうしゃたちの夜編』の台本読んでて思ったんですけど」


 魔王の質問に対して、勇者が台本に目を落としながら言う。


「この『ゆうしゃたちの夜』って主人公が泊まる山荘を僕たち『ブレイブワーク』のメンバーも一般客としてたまたま利用していて、時々出てくる選択肢の中から主人公がどれを選ぶかによってルートが分岐するようになってるじゃないですか?それによって犯人役やエンディングが変わったりするゲームですよね? と同じ仕様ですよね?」


「そうですね。台本見る限りではそういう仕組みですね」


 魔王は本家というワードを無視して頷く。


「勇者さんの説明ってー、サウンドノベルを知らない誰かに説明してるみたいにとっても分かりやすいですねー」


 のんびりした口調で女騎士が勇者を褒めるが、勇者には特に他意は無いようだ。台本を見ながらいぶかしむ勇者に魔法使いがたずねる。


「で、それがどうしたのよ?」


「今更ですけど、なんかこれ僕じゃないですか?」


 なおも台本に目を落としたまま勇者が続ける。


「ざっと台本に目通しましたけど、なんかやたら僕だけ死亡フラグ立ち過ぎじゃないですかね? ここ見てくださいよ。十二ページの三行目の僕の台詞セリフ


 勇者にそう言われ、メンバー各々おのおのが自身の台本を手に取る。勇者が言っているその部分を魔法使いが声に出して読み上げる。


「えっとー、なになに、『「冗談じゃない!こんな殺人犯が居るかも知れない場所に居られるか! 悪いが俺は部屋に戻らせてもらう!」突然激高げっこうした勇者は魔王たちの制止を振り切り、一人自室に戻ってしまった』ってなにこれ? これ百パーあんた死ぬやつじゃない」


 そう言って魔法使いが笑い出す。


「他にもありますよ? 十三ページ七行目の『そ、そうだ! 金だ。金を出そう! い、一億、いや、二億でどうだ!?』とか十四ページ六行目の『へ、あんなヤツ、俺一人で倒してくるぜ』もそうですし、一五ページ十行目の『く、来るなでゲス! それ以上近づくと人質の命は無いでゲスよ!?』もそうじゃないですか。主人公の選択一つでページ刻みで僕のデッドオアアライブが決まるってどんなゲームですか!? ていうか僕のキャラ、ページごとにぶれまくりじゃないですか。なんで金持ちのオッサン風だったのにいきなり下卑げび雑魚ざこキャラみたいになってるんですか!? たった数ページで僕の人生に何が起こってるんですか!?」


「まー。そうですねー。主人公さんの選択次第で大きく内容が変化するのがー、サウンドノベルの醍醐味ですからねー」


「いやいやいや。そんなこと言ってますけど、女騎士さん。ここ読んでみてください」


 そう言いながら、勇者が自身の台本の一部を人差し指で示して女騎士に見せる。


「あー。これですねー。『ふっ。勝ったな。勇者君のあの流星閃空剣シューティングスターフラッシュを食らって立ち上がることは不可能だ!』あー。なるほどー。確かに私が言っちゃってますねー」


 自身の台詞の部分だけわざわざ律儀にキリッとした声音で発声してくれた女騎士に対して、勇者が「ほらね!?」とかぶせ気味に訊ねる。


「大体ああいった台詞の後って必ず相手立ち上がってくるじゃないですか!? これ女騎士さんが口にしなけりゃ敵さん立ち上がってこないやつですよ!? 案の定このあと『ぐへー』ってぶっ飛ばされて僕お亡くなりになってるじゃないですか!」


「ま、まあまあ勇者さん。一旦落ち着きましょう。シナリオはライターさんが書いてるわけで、女騎士さんに苦情を言っても仕方ないですし」


 不憫ふびんに思った魔王がなだめるが勇者は聞く耳持たず、


「というかなんで僕だけこんなに殺される役ばかりなんですか!? アレですか? さっき僕が偉い人のことをって言ったからですか!?」


「勇者さん、それ言っちゃうと時系列おかしくなっちゃうんで」


「というか推理モノなのになんで普通に戦ってるんですか!? これ何ゲーですか!? 無理ゲーだよ!」


 自分の質問に自分でツッコむ勇者を見ながら、確かに勇者さん死にすぎだな、と魔王は同情を禁じ得なかった。


「そもそもどうしてこんな破綻したシナリオでゴーサイン出す気になったのか僕には偉い人の考えが理解できんとです。どうせアレでしょ? 『奇抜なアイデア採用する俺カッケー』みたいに思ってるタイプでしょ? そういう人に限って『アサイン』とか『オポチュニティ』とかを意味も分からず多用してくるんですよ」


「いや、そんな人居ませんから」


 ゲーム内の己の悲運を嘆くようにクドクドと愚痴る勇者にツッコみつつ、これ、もうそろそろだな、となんとなく魔王は気付いた。すると、


「こんなところに居らしたんですね皆さん」


 と休憩室の入り口あたりから声が聞こえた。振り返ったメンバー全員は、声の主を見て(誰?)とクエスチョンマークを浮かべた。こちらを見ながらにこやかに微笑む中年男性は明らかにで手には何故か寿司の乗った皿を持っている。


「お、お疲れ様です」


 誰だかは分からなかったが、常識人の魔王はとりあえず席を立って挨拶する。


「あぁ、ブレスト中に申し訳ないね」


「「「「はい?」」」」


 四人は中年男性の言葉に首を傾げる。


「ああ。突然すみませんね。私販売元パブリッシャーの責任者の者です」

 四人は(パブリッシャーってなんだっけ?)と思いながらも、『責任者』という単語だけは理解できたようで、各々に頭を下げる。


「それで責任者の方が僕たちに何か御用でしょうか?」

 魔王が訊ねると、中年男性は不自然に多い毛量が乗った頭を「いやいや、用というほどじゃないんですが」と横に振った。


「一度皆さんにご挨拶を、と思いまして。今回皆さんのお力添えもあってUSPをマッシュアップしてスケーラブルなオポチュニティを得たわけですが、今後皆さんのコアコンピタンスな部分以外にも新規開拓してライトハウスケースをキュレーションしていけば、ステークホルダーともエンゲージメントしていけると思うので、是非ジャストアイデアでも良いので意見をコンセンサスさせながら良いトンマナを作って仕事にコミットしていこうじゃありませんか。もちろんファウンダーだけじゃなくワンチームでブラッシュアップやグロースハックしながらUSPを更にイノベーションしていくことが大事ですがね。もちろんASAPで。あっはっはっは!」


 男は豪快に笑ったあとで皿に乗った寿司を食べる。


「今この人なんて言ったんですか魔王さん?」


「さ、さあ。僕にもさっぱり……」


 小声で話す勇者たちの言葉は聴こえなかったのか、中年男性が腕時計を見る。


「もうこんな時間か。それじゃあ私は会議にアサインされているのでこれで。今度は是非アベイラブルな日にでもお会いしましょう。あっはっはっは」


 豪快に笑いながら不自然な毛量の中年男性は去っていった。




 残った勇者たちは、嵐が過ぎ去ったあとのように静かになったその場にしばらく立ち尽くした。そのあとで勇者が何かを確信した様子で、魔王に囁いた。


「ね? ……でしょ?」




 勇者たちの戦いは続く!

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