勇者のお仕事シリーズ

nikata

ごあいさつ編

さいしょ

「ふはははは! 残るは貴様ただ一人だ。勇者よ」


 闇の貴公子きこうし異名いみょうを持つ魔王が、勝ち誇ったように不敵な笑みを浮かべる。魔王の全身から放たれるオーラは黒く禍々まがまがしい。


 魔王の眼前では傷だらけになり、満身創痍まんしんそういの若者が剣を杖替わりに体を支えながらよろよろと立ち上がった。身に着けていた立派な甲冑かっちゅうも魔王との死闘で既にボロボロになっている。


「まだだ。ここで負ける訳にはいかない!」


 勇者と呼ばれた若者は自らを鼓舞こぶするようにそう叫ぶと、両手で剣を構えなおす。


 俺はこんな所で倒れるわけにはいかないんだ。ここに辿り着くまでに倒れていった共に戦ってきた仲間たちのためにも!


 若者が最後の力をふり絞り意識を集中させると、剣先が眩いばかりの輝きを放ち始める。光輝こうきなる剣。そのあまりの神々しさに魔王が思わずうなる。


「な、なんだと。ボロボロの貴様にまだそのような力が残っていようとは!」


「うぉぉおおおお――!」


 勇者は雄たけびを上げた。そして駆けだす。体中が痛い。しかし熱い。力尽きた仲間たちの声が聞こえてくる。体が加速する。俺たちは負けない!


「くっ。小癪な! たかが人間風情にんげんふぜいにこの私が倒せるものか!」


 自ら目掛けて飛び込んでくる勇者の気迫に圧されながらも、魔王は全魔力を自らの両腕に注ぐ。両腕を包みこむように帯電たいでんした漆黒しっこくの球体が形成され、バチバチと身震いするような音を立てながら見る間に巨大化していく。まるで勇者の放つ光を飲みこもうとするブラックホールのようだ。人間風情と揶揄やゆしたその若者が、向かってくるのを待ち構える。


 勇者が跳躍ちょうやくした。


 その体は今や剣の発する光に包まれ、天の化身のような輝きを放っている。


「これが、俺たちの力だーー!」


 勇者が剣を振り下ろす。


 祈り。希望。未来。


 世界中の民の想いを一手に引き受けたその渾身の一振りが魔王の放つ魔法と対峙たいじする。衝撃波が巻き起こり周囲に飛散ひさんする。少しずつ、しかし確実に、剣先が魔王の身体に近づいていく。かつて、何人たりとも触れることの叶わなかったその身体に。拮抗きっこうしていたバランスが徐々に勇者に傾いていく。


「ば、ばかな! 貴様のような人間ごときにこの魔王たる私が敗れるとでも言うのか!」


「これは俺一人の力じゃない。俺を信じてくれる世界中の皆の力の結晶だ!」


「ぐ、ぐあああーーー」


 めり込んだ剣が魔王の中心から光を放つ。悪しき闇の力を全て消し去るように。

 ぜ、爆風が巻き起こる。衝撃に勇者の体はね飛ばされ、地面に強く打ち付けられた。魔王の身体は既に消滅していた。


 戦いは終わったのだ。




 旅の回想を背景にスタッフロールが画面下からフェードインすると、次いで主題歌が流れ始める。回想シーンは勇者の旅立ちから始まり、次に仲間たちとの出会い、王女との約束、魔王との死闘、そして魔王亡きあとの世界に暮らす人々の順に切り替わっていく。観客はスタンディングオベーションで拍手を続けている。中には感極まって涙を流している人も見受けられた。




 感動的なエンディングが終わり、スクリーンが暗転したところで、司会の女性が口を開く。


「いやー。実に感動的な作品でしたね。さあ、会場にお集まりになられた皆さま、いかがでしたでしょうか」


 女性が試写会に集まった観客たちに向かって投げかけると、また一段と大きな拍手が巻き起こる。観客の反応は上々だ。


「さあ、それでは、ここからは出演者の皆さまに質問のお時間を設けております。ご質問のある方は挙手をお願いします」


 女性が促すと我先にと客席から手が上がる。一般客の他には報道関係の人間も多数詰めかけている。指名されるのを待つ集団の中から、司会の女性が一人の若い女性を指名する。マイクを持ったスタッフが駆け寄ると、女性は緊張きんちょうした面持おももちでその場に立ち上がり質問する。


「今回の作品で一番苦労した部分はなんですか?」


 女性の質問を聞き終わると司会者は、最初の質問としては完璧ですね、とめ、壇上だんじょうに並んで座る出演陣と監督に視線を向ける。


「さあ、この質問には誰がお答えいただけますか? あっ、進んで手を上げていただきましたね。それでは魔王さんお願いします」


 司会者に解答を託された魔王が少し照れくさそうに、自らの前に用意されているマイクの位置を調整する。観客席の至る所から黄色い歓声が飛ぶ。


「えっと、苦労した点ですよね」そう言ってから思い出したように「あ、どうも、魔王役の魔王です」と、先ほどの質問者に爽やかに会釈をした。質問者の女性は自分に話しかけてもらえたことが信じられないというように、口元を抑えて興奮を隠そうとしているのが伺える。おそらくこの女性は魔王のファンなのだろう。


「苦労した点は、そうですね。クライマックスの勇者さんとの一騎打いっきうちですかねえ」


 魔王がそう言ってはにかむと隣席りんせきの勇者が「あれ大変でしたよねー」と合いの手を入れる。


「勇者さんが最後に皆の力を剣に集めて僕に向かってくるんですけど、あの時僕も最後の魔法を放つためにかなり魔力を集めてるんですよ。で、アレ結構本気で疲れるんですけど、あの場面でセリフ噛んで何度かNG出しちゃってて。実は何回か撮り直しになっちゃったんです。一番苦労したのはそこですかね」


 魔王が話し終わると司会者がうんうんと頷く。


「なるほど。闇の貴公子きこうしとの異名を持つ魔王さんでも、流石にあれだけの魔力を何度も溜め直すのは骨が折れた、ということですね。ありがとうございます。他の方で『こういうことに苦労した』という方は居ますでしょうか?あっ、それでは勇者さんお願いします」


 自ら挙手した勇者が客席に向かって手を振る。魔王の時とは違い、今度は主に少年たちが歓声を上げる。


「ども。勇者役の勇者です。僕の場合は物語の最初の方なんですけど、スライムさんたちと戦闘になるシーンですかねー」


「意外ですね。物語の最序盤さいじょばんの『病気の母親のために村の近くの洞窟に一人で薬草を取りに行った幼馴染おさななじみが夜になっても帰ってこないので様子を見に村の外に一人で出かける』というシーンですよね? 一体どのように苦労されたんでしょうか」


「はい。あの場面は序盤なのでまだレベル1という設定だったんですけど、加減を間違えちゃうと一撃で倒してしまうので、その辺はスライムさんや監督さんと細かく打合せをしながら何とか良い絵が取れたって感じでしたね」


「なるほど。えて苦戦を強いられているように見せないといけなかったというところが苦労された部分なんですね。ありがとうございます。さあ、続いて質問のある方はございますか? じゃあ、そこの女性の方」


 司会者に指名された女性が立ち上がる。

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